属性形容詞と感情・感覚形容詞について
日本語の形容詞は「大きい」「丸い」「狭い」「若い」「親切」などの事物の客観的な性質・状態を表すものと、「眩しい」「痛い」「悲しい」「不満」「嫌」などの人間の主観的な感覚・感情を表すものに二分され、前者は属性形容詞、後者は感情・感覚形容詞(単に感情形容詞とも)と呼ばれています。この区別は形容詞が表す意味に注目した分類ですが、統語的な現象にも一定の説明力を有します。例えば、感情・感覚形容詞は「~がる」をつけられますが、属性形容詞はつけられません。また、感情・感覚形容詞はその感情・感覚を表す主体に必ず有情物を要求し、かつ平叙文でそのままの形で断定される場合は一人称のみ主格に据えられます。このような統語的な現象について、詳しくは後述します。
感情・感覚形容詞は「~がる」がつけられる
形容詞を動詞にする派生接辞「~がる」がつけられるかどうかは属性形容詞と感情・感覚形容詞を分ける一つの基準となります。(1)~(5)の形容詞は「~がる」をつけることができないのに対し、(6)~(10)はつけることができます。「~がる」は「人間が、形容詞の表わしている内的な気持や状態にあることを外的な態度・言動などに示すことを意味する」(※1: 23-24)ため、そうした人間の気持ちや状態を表す形容詞にはつけられ、そうでない形容詞にはつけられないようです。こうした統語的基準によって、「~がる」がつけられないものを属性形容詞、つけられるものを感情・感覚形容詞とすることがあります。
(1) 大きい → *大きがる <属性形容詞>
(2) 丸い → *丸がる <属性形容詞>
(3) 狭い → *狭がる <属性形容詞>
(4) 若い → *若がる <属性形容詞>
(5) 親切 → *親切がる <属性形容詞>
(6) 眩しい → 眩しがる <感情・感覚形容詞>
(7) 痛い → 痛がる <感情・感覚形容詞>
(8) 悲しい → 悲しがる <感情・感覚形容詞>
(9) 不満 → 不満がる <感情・感覚形容詞>
(10) 嫌 → 嫌がる <感情・感覚形容詞>
ただし、意味的に事物の属性を表すと思われる「汚い」「強い」「新しい」は「汚がる」「強がる」「新しがる」ということができるし、意味的に人間の感情を表すと思われる「好き」「嫌い」は「*好きがる」「*嫌がる(きらがる)」とは言えないなどの例外も見られます。この統語的基準だけをもって形容詞を属性形容詞と感情・感覚形容詞に分類するのはいくぶん問題が生じますが、意味的な分類と統語的な分類がおおむね一致するのでおおざっぱな区別には有効です。
※「強がる」「新しがる」の「がる」は「~ふりをする」に相当する意味を持っているので、上述の「~がる」とは区別する見方もあります。
感情・感覚形容詞は主格に必ず有情物を要求する
感情・感覚を表す形容詞が述語に置かれるとき、主格に据えられるその感情・感覚を持つ主体は必ず有情物でなければいけません。なぜなら「嬉しい」「悲しい」「痛い」「眩しい」などの感情・感覚を持ちうるのは主として人や動物などの有情物であり、「石」や「空」などの無情物は感情・感覚を持たないからです。一方、事物の性質や状態を表す形容詞はその事物が有情物であろうが無情物であろうが形容することができ、基本的に主格の位置における名詞に有生性の制約はありません。
(11) 彼は大きいです。 <有情物主語+属性形容詞>
(12) 部屋は大きいです。 <無情物主語+属性形容詞>
(13) 私は嬉しいです。 <有情物主語+感情・感覚形容詞>
(14) *石は嬉しいです。 <無情物主語+感情・感覚形容詞>
つまり、属性形容詞は有情物でも無情物でも主格にとれますが、感情・感覚形容詞の主格は必ず有情物をとるという主語の制約に関する違いがあります。(比喩的な用法を除く)
感情・感覚形容詞は無標の文で一人称主語のみを要求する
感情・感覚形容詞は主格に有情物を要求しますが、実際は特定の文で有情物よりも狭い範囲の名詞を要求します。例えば、感情・感覚形容詞「嬉しい」を述語とし、その主格に一人称「私」、二人称「君」、三人称「彼」をおいた3つの文(15)(16)のうち、非文にならないのは(15a)(16a)だけで、二人称と三人称を主語にとった(15bc)(16bc)は非文です。
(15)a 私は嬉しいです。 <一人称主語+感情・感覚形容詞>
b *君は嬉しいです。 <二人称主語+感情・感覚形容詞>
c *彼は嬉しいです。 <三人称主語+感情・感覚形容詞>
(16)a 私は頭がかゆい。 <一人称主語+感情・感覚形容詞>
b *君は頭がかゆい。 <二人称主語+感情・感覚形容詞>
c *彼は頭がかゆい。 <三人称主語+感情・感覚形容詞>
主語が省略された「嬉しいです」「かゆいです」などの文はその感情・感覚の主体が話し手自身であると一意に解釈されます。この事実は、感情・感覚形容詞が平叙文の述語にそのままの形(辞書形)で置かれて断定される場合、一人称(話し手)の感情・感覚しか表さず、したがってそのような無標の文では主語は一人称でなければならないという制約があることを示唆します。感情・感覚は全ての人が自分自身だけで体験すること、他者によって断定される性格のものではないことがこの文法現象に関係していると考えられています。
(17)a *私は嬉しそうです。 <一人称主語+感情・感覚形容詞+そうだ>
b 君は嬉しそうです。 <二人称主語+感情・感覚形容詞+そうだ>
c 彼は嬉しそうです。 <三人称主語+感情・感覚形容詞+そうだ>
(18)a *私は頭がかゆそうだ。 <一人称主語+感情・感覚形容詞+そうだ>
b 君は頭がかゆそうだ。 <二人称主語+感情・感覚形容詞+そうだ>
c 彼は頭がかゆそうだ。 <三人称主語+感情・感覚形容詞+そうだ>
話し手以外の人物(二人称・三人称)が話し手の感情・感覚を述べる場合、述語にはその情報源を示す言語形式が必要です。例えば、話し手の外的な様子を観察して感情・感覚を述べるなら「~がる」や「~そうだ」が現れ、このとき(17bc)(18bc)のように二人称・三人称主語の文が成り立ちます。このほか、終助詞「か」で疑問を表す場合、「~だろう」などで推量する場合なども成り立ちます。
(小説などで作者が作中の人物を描写するときなどの特殊な描写では上記の制約がなくなります。)
(19)a 私は性格が明るい。 <一人称主語+属性形容詞>
b 君は性格が明るい。 <二人称主語+属性形容詞>
c 彼は性格が明るい。 <三人称主語+属性形容詞>
一方、属性形容詞は有情物に関して人称制限はありません。
感情・感覚形容詞は主体の他に対象を取る
属性形容詞はその性質・状態を有する主体をガ格でとるだけですが、感情・感覚形容詞は原則として主体の他に対象が存在します(※1: 30)。したがって述語にどの形容詞を置くかで次のように構文が異なります。(主体のガ格は「は」になることが多い)
〈主体〉が 〈属性形容詞〉
(20) 地球は丸い。
(21) この部屋は狭い。
(22) 彼は親切だ。
〈主体〉が 〈対象〉が/に 〈感情・感覚形容詞〉
(23) 私はロックが好きです。
(24) 私は虫が嫌いです。
(25) 私は結果に不満です。
(26) 私は蚊の飛ぶ音がうるさい。
(27) 私は対向車のライトが眩しい。
「好き」「嫌い」「不満」などの感情形容詞はその感情を有する主体とその感情が向かう対象の2項をとり、「かゆい」「眩しい」などの感覚形容詞はその感覚を有する主体とその感覚が成り立つ対象の2項をとります。感情・感覚形容詞は対象をニ格でとる例(25)もあり、ガ格をとるかニ格をとるかは述語によります。この統語的基準も属性形容詞と感情・感覚形容詞をざっと分類するのに役立ちますが、感情・感覚形容詞の中には対象を明確にとらないものも含まれるため、注意が必要です。
(28) 私は蛙が好きです。 <対象が必須で常に明示される>
(29) 私は(遊ぶことが)楽しいです。 <対象が不明確で明示されないことも>
(30) 私は眠いです。 <対象がない>
「好き」「嫌い」「欲しい」のような感情・感覚形容詞は文脈に依存しない限り対象を省略することはできません(28)。「楽しい」「寂しい」などは具体的な対象が示されることもありますが、漠然とした対象ゆえに文中に明示されないこともあります(29)。「眠い」「だるい」などの一部は対象を全くとりません。感情・感覚形容詞は必ず対象をとるわけではありませんが、この統語的な現象はおおむね原則的です。
参考文献
(※1)国立国語研究所(1972)『形容詞の意味・用法の記述的研究』21-42頁.秀英出版
日本語記述文法研究会(2009)『現代日本語文法2 第3部格と構文 第4部ヴォイス』21-22頁.くろしお出版
森山卓郎・渋谷勝己(2020)『明解日本語学辞典』53頁.三省堂

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