6月8日(土)から音声学の短期講座がはじまります。

有標性とは?(無標、有標)

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有標性(markedness)

 ある一つの素性だけが異なる音韻のペアにおいて、弁別素性を持つ方を有標(marked)、持たない方を無標(unmarked)と呼びます。例えば [p](無声両唇破裂音)と[b](有声両唇破裂音)は声帯振動を伴うかどうかによって対立する音声で、その有声性によって2つの音声が弁別されます。このとき、弁別素性としての有声性を持たない[p]は無標であり、有声性を持つ[b]は有標です。もともとは音韻論の用語ですが、音韻だけでなく、形態や意味、統語、語用など言語学の様々な領域においても用いられる概念となっています。

有標(marked) 無標(unmarked)
音韻 [b]
雨ごい([ɑmɑ])
[p]
雨([ɑme])
形態 行って(*行いて)
went(*goed)
書いて
played
意味 絵描き(絵を描く人) ゴミ捨て(ゴミを捨てる)
統語 犯人が彼に捕まえられた 彼が犯人を捕まえた

 有標性(markedness)は複雑さに基づく概念なので、より一般的、典型的かつ標準的で複雑でないもの無標より特殊で非典型的かつ非標準的で複雑なもの有標であることを意味します。形態的な有標性でいうと、「く」で終わる動詞はテ形で「~いて」となるのが原則ですが、「行く」は例外で「行って」という形式をとります。「行って」は他のテ形には見られない典型性を有していないので有標とみなされます。複合語「ゴミ捨て」の意味は前項「ゴミ」と後項「捨て」の意味の総和からなりますが、「絵描き」は前項と後項には含まれない「人」という意味が現れる点で意味的に有標です。統語的には「彼が犯人を捕まえた」のような能動態は無標、「犯人が彼に捕まえられた」のような受動態及び使役態可能態などは有標といえます。このほか、口語では「どれも」「どっちも」などの形式がよく用いられますが、「いずれも」「双方とも」は現れる頻度が比較的低いことから、前者は無標、後者は有標です。

 また、性別の観点から対立する「医者:女医」「天皇:女性天皇」「アイドル:男性アイドル」などの対義語も有標性に関わります。
 男性の医者を指す場合は「医者」、女性の医者を指す場合は「女医」と呼ぶことがありますが、性別問わず医者を総称して指す場合は「医者」と言います。このことは、「男医」という語は通常用いられないことからしても、「医者」のほうが男性も女性も指すより一般的な意味で用いられる語(無標)であることを表し、「女医」がより特別な言い方(有標)であることを表します。性別の違いに基づく有標性は、それが一般的に男性が多いか、女性が多いかに関わりが深いようです。「アイドル」は一般に女性が多いと思われるので、男性のアイドルは「男性アイドル」と有標の形式で呼ばれることがあります。逆に、何かしらの特別な意味を持たせようとする文脈でない限りは、女性のアイドルを「女性アイドル」と呼ぶことはほぼ無いと思われます。

有標と無標の定義

 Rice(2007: 80)は有標と無標を、非音韻的基準を用いた(a)と音韻的基準を用いた(b)によって次のように定義しています。

有標(marked) 無標(unmarked)
(a) より自然ではない
より複雑
より具体的
一般的でない
予想外
基本的でない
より安定しない
少数の文法に現れる
習得が遅い
言語障害で早く失われる
implies unmarked feature
発音が難しい
知覚的により目立つ
smaller phonetic space
より自然
より単純
より普遍的
より一般的
予想通り
基本的
安定している
より多くの文法に現れる
習得が早い
言語障害で遅めに失われる
implies by marked feature
発音が容易
知覚的により目立たない
larger phonetic space
(b) 中和の対象
音が挿入される可能性が低い
同化のトリガー
形式の接続で残る
形式の脱落で保持される
中和の結果
音が挿入される可能性が高い
同化の対象
形式の接続で失われる
形式の脱落で失われる

参考文献

 Rice, Keren. 2007. Markedness in phonology. In Paul de Lacy (ed.), The Cambridge handbook of phonology, 79–97. Cambridge: Cambridge University Press.
 窪園晴夫(1999)『日本語の音声』9-13頁.岩波書店
 斎藤純男・田口善久・西村義樹編(2015)『明解言語学辞典』227頁.三省堂

 ※有標性については明快に理解したい場合は、窪薗(1999: 9)がおすすめです。英語の例を挙げて分かりやすく説明しています。




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