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令和2年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題7解説

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令和2年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題7解説

問1 逆行

 逆行とは、第二言語習得過程において、一度修正された誤用が緊張や不安などを原因として再び現れることを指します。一貫して生じるエラーではなく、正用を産出できていたのに一時的にできなくなった場合のエラーなのでそれほど大きな問題にはなりません。

選択肢1

 語順の誤りで、一貫して現れるエラー

選択肢2

 アメリカ式の日付表記は「Oct 25, 2020」、イギリス式は「25 Oct 2020」のように書くようです。この誤り方は日本語の日付表記をイギリス式で書いたみたい。いわゆる言語転移

選択肢3

 ケアテイカースピーチ

選択肢4

 言えていた表現が言えなくなる。これが逆行です!

 答えは4です。

問2 文法的な正確さに関わる誤用

 言語には音韻的な誤り、形態的な誤り、統語的な誤り、語用論的な誤り、意味的な誤りなどいろんな領域における誤りがあります。このうち文法的な誤りは形態的な誤りと統語的な誤りを指します。語のレベルで正しい表現を産出できていなければ形態的な誤りであり、語と語の繋がりが適切でなければ統語的な誤りとなります。

選択肢1

 「新しい薬が風邪を治しました」には違和感。「新しい薬」を治す主体としてガ格ですえるのではなく、治す道具としてデ格ですえた「新しい薬で風邪を治しました」としたほうがより自然に感じます。「治す」は意志動詞なのに治す主体が意志を持たない「新しい薬」だとおかしく感じるのでしょう。でも、「新しい薬が風邪を治しました」と言っても文法的には依然として正しいです。母語話者は通常そのように言わないだけで、言ってはいけないという文法的制約はありません。
 この誤りは意味的な誤りで、文法的な誤りではありません。

選択肢2

 道に迷ったときはいくつかバリエーションはあるものの、おおむね「すみません、道が分からないのですが、〇〇はどうやって行きますか」のように聞くのが一般的です。そうではなく「私はどこにいますか」のように聞いてしまったことで表現として不自然になっています。
 しかしながら「すみません、私はどこにいますか」には文法的な誤りはありません。ただ適切な場面で適切な表現を使えないことによる誤り、すなわち語用論的な誤りであり、文法的な誤りではありません。

選択肢3

 「うち」と「とき」が似ているせいで混同してます。どういうときにどっちを使うべきか、その文法使用の正確さが欠如しているために起きている誤用なので、これが文法的な正確さに関わる誤用。

選択肢4

 自分の所有物が盗まれた場合は受身を使って自分視点で「私は誰かにパソコンを盗まれた」というのが普通です。しかしこの学習者は自分視点ではなく、盗んだ人視点で事態を描写しています。
 ただ、盗んだ人視点で事態を描写したとしても文法的な誤りはありませんし、そのように言ってはいけない文法的制約はありません。受身を使ったほうがいい場面で受身を使用しなかったのは適切な場面で適切な表現を使わないことによる語用論的な誤りであって、文法的な誤りではありません。

 したがって答えは3です。

問3 誤形成

 市川は誤用例文を以下の6つに分類しています。

脱落(omission) 当該項目を使用しなければいけないのに使用していない誤用。その項目がないと非文法的になる場合と、非文法的ではないが、適切でないという場合がある。
付加(addition) 脱落とは逆に、使用してはいけないところに使用している誤用。
誤形成(misformation) 「したがって」が「たしがって」になるなどの形態的な誤り。(活用、接続の仕方)
混同(alternating form) 「そして」と「それで」、「かならず」と「きっと」などのように、他の項目との混乱による誤り。
位置(misordering) その項目の文中での位置がおかしい誤り。語順による誤りも含まれる。
その他 上記に属さない誤用。

 この問題で出題されている「誤形成」とは、活用や接続の仕方の誤りを指します。

 1 「に対して」と「を」の混同
 2 「高い」の活用を誤る誤形成
 3 「が」の位置の誤り
 4 「から」と「を」の混同

 したがって答えは2です。

問4 母語の影響

 各国語からの母語の影響(言語転移)についての問題です。当該言語の知識がなければどのように転移したのか分かりようがないので、私はこの問題が解けません… 英語、韓国語、タイ語、スペイン語母語話者に対する日本語教育経験もないので予想もつかない状態です。もしよろしければコメント欄でご協力ください。

 1 
 2 
 3 タイ語には[h]の発音があるので、[h]は脱落しないのでは?とのこと…
 4 

 答えは4です。

問5 付加のストラテジー

 この問題で触れられている「付加のストラテジー」は迫田(2001)が提唱した概念で、学習者が言語を産出するときに、ある表現を独立した一つの単位とみなし、必要なところに付加して使う言語処理方法のことです。具体的には次のような例が挙げられます。

 (1) *面白いじゃないです

 (1)のような誤用は、学習者が「静かじゃないです」「学生じゃないです」などの正用に見られる言語形式「~じゃないです」を否定の意味を持った単位とみなして、これを品詞と問わず否定したい場合に付加して使ったと考えます。
 迫田はこれともう一つ「ユニット形成のストラテジー」というのも提唱しました。これについて詳しく!という場合は参考文献をあたってみてください。

 というわけで上述のような付加のストラテジーを探しましょう。

選択肢1

 「~じゃない」を否定を表す一つの単位とみなして、本来接続できない動詞「ある」にもそれを付加しています。
 これが付加のストラテジー。答えはこれです。

選択肢2

 上で説明しませんでしたが、これはユニット形成のストラテジーです。迫田は、日本語学習者は次のようなユニット(語句と語句のまとまり)を形成してそのまま使う傾向があると分析しています。

 ●ソ系指示詞+抽象名詞(「こと」「感じ」など)
 ●ア系指示詞+具体名詞(「人」「先生」など)

 この学習者は「人」という具体名詞にア系指示詞「あの」を使っています。まさに上のユニットと一致。
 これは付加のストラテジーじゃない。

選択肢3

 これもユニット形成のストラテジー。迫田は場所の「に」と「で」に関しても次のユニットがあるのではないかと分析しています。

 ●位置を示す名詞(中・前など)+に
 ●地名や建物を示す名詞(東京・食堂など)+で

 この学習者は「家の前」という位置を示す名詞に「に」を使っているので、上のユニットと一致します。
 これは付加のストラテジーじゃない。

選択肢4

 「考えられる」が「考えれる」になるのはら抜き言葉。言語処理ストラテジーじゃないです。

 したがって答えは1です。

 参考文献
 迫田久美子(2001)「第1章 学習者独自の文法」「第2章 学習者の文法処理方法」『日本語学習者の文法習得』3-43頁.大修館書店




コメント

コメント一覧 (10件)

  • 問2の選択肢1は文法的にはあっていると思います。日本語は自分を主語にする傾向があるけれど、
    英語なんかはそうじゃないですよね。「新しい薬」を主語にしたのだと思います。
    母語の直訳、転移?だと考えました。
    選択肢4もそんな感じでしょうか。不自然な言い方だけど、1も4も文法的には間違っていないと思います。

    • >町川さん
      こちらのページはまず書籍を読んでから更新いたします。詳しい定義が分からないことには何とも… もう少々お待ちください。

  •  こんにちは!
    いつも解説を拝見しており、勉強させていただいています。
     問4に関してですが、スペイン語ではll(Lを2回)の発音をリャ、ジャ、ヤと発音します。また、yの発音もジャ、ヤと発音します。この問いで山と出てきますが、例えば、あなたの名前は何ですか?と聞く時に、Como se llama usted? コモセジャマウステッド? と言う人も、コモセヤマウステッド?と言う人もいます。どの地域かに住んでいるかによります。なので、この問いの答えは4番ではないかと思います。

    • >ゆきえさん
      スペイン語に関する情報ありがとうございました!
      内容をお借りして解説を更新したいと思います。

  • こんにちは!いつも拝見しております。試験勉強でもとても助かりました。
    問4の選択肢2の韓国語についてですが、韓国語は閉音節の最後の音がある指定された音(m,ng,k,d,b)で、そこにrが後続する場合、rをnで発音します。日本語は閉音節がほぼないので、このような誤用は起こりにくいかと思います。

  • こんにちは😃
    コロナもあり、家で細々と勉強しています。
    大変参考になります。ありがとうございます。

    問題7 問4
    タイ語について少しわかるので、書かせていただきます。タイ語にはHの発音があります。ですので、Hが抜けることはないと思います。

    • >こけたさん
      ありがとうございます!!
      コメントは参考にさせていただき、全体が判明しましたら解説を更新したいと思います。

  • いつもありがとうございます。

    発音の問題について

    「ベトナム人に日本語を教えるための発音ふしぎ大百科」という本の88ページに、ベトナム語ではhの摩擦が弱いので、日本語を話す時「はな」が「あな」になってしまうことがあるというようなことが書いてありました。

  • いつもお世話になっています。問題7問3の誤形成ですが、市川氏の日本語の誤用研究には形態的な誤りの例として「会いて→(会って)ください」となっていましたが、いかがでしょうか。

    • >たかしさん
      どちらの本に書かれていましたか、教えていただけますか。
      ぜひ参考にしたいです。

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