同化(assimilation)
同化(assimilation)とは、「音声連鎖において、ある音が隣接あるいは近接する音の影響を受けて、その音と同じか類似した音に変質すること」(服部 2012:73)です。例えば、古典語の「をとつい」は「をととひ」を経て現代の「おととい」になりました。「をとつひ」と「をととひ」の母音を比較すると、ooui から oooi になっています。もとの音だった o-o-u を o-o-o に変更することで合理的な調音運動を実現した、つまり平たくいうと言いやすくしたと考えられます。
(1) をとつい o-o-u-i
(2) をととひ o-o-o-i
同化は、影響を与える方向によって、順行同化、逆行同化、相互同化の3種類に分けられます。
順行同化(progressive assimilation)
前の音が後ろの音に影響を与える場合の同化を順行同化(progressive assimilation)、あるいは進行同化と言います。上述した o-o-u が o-o-o になる変化は、u がそれに先行する音 o の影響を受けたことで o に変わっており、順行同化の例です。
(3) おかあさん [okɑːsɑɴ] (ア列長音)
(4) おにいさん [oɲiːsɑɴ] (イ列長音)
(5) くうき [kɯːki] (ウ列長音)
(6) おねえさん [oneːsɑɴ] (エ列長音)
(7) おとうさん [otoːsɑɴ] (オ列長音)
日本語の長音も順行同化の例として挙げられます。日本語の長音はIPA表記で全て [ː] で表されますが、同じ表記だからといって全て同じ口の形で発音しているわけではありません。例えば(3)の長音は「あ」の口の形で1拍伸ばし、(4)の長音は「い」の口の形で1拍伸ばします。長音 [ː] は直前の母音に影響を受けてその発音を変える順行同化です。
逆行同化(regressive assimilation)
後ろの音が前の音に影響を与える場合の同化を逆行同化(regressive assimilation)、あるいは予期同化と言います。日本語では促音や撥音がそうです。
(8) いっかい [ikkɑi] ([k]の調音点 軟口蓋 で閉鎖して1拍)
(9) いったい [ittɑi] ([t]の調音点 歯茎 で閉鎖して1拍)
(10) いっさい [issɑi] ([s]の調音点 歯茎 で狭窄を作り1拍)
(11) いっぱい [ippɑi] ([p]の調音点 両唇 で閉鎖して1拍)
促音は後続音を発音する準備のために後続音の調音点と調音法の影響を受けます。例えば(8)では、「っ」の後続音は「か」の子音 [k] 軟口蓋破裂音なので、「っ」の時に舌を [k] と同じ軟口蓋に準備しておきます。次の [k] をスムーズに発音するためです。(9)(10)は後続音 [t] [s] の影響を受けて「っ」のときに舌が歯茎に位置します。(11)では後続音 [p] の影響を受けて両唇が閉じます。また、促音の後続音がカ行、タ行、パ行のような破裂音や破擦音の場合、後続音の調音点で閉鎖させて1拍となります。摩擦音のサ行が後続するときは「っ」も後続音の調音点で摩擦音を作り出し1拍となります。促音は仮名では全て「っ」で表記されますが、実は後続音によって変化します。
(12) サンマ [sɑmmɑ] ([p][b][m]の前で) → 両唇鼻音
(13) サンタ [sɑntɑ] ([t][d][n]などの前で) → 歯茎鼻音
(14) 参加 [sɑɲkɑ] ([k][g][ɲ]の前で) → 軟口蓋鼻音
日本語の撥音も逆行同化します。(12)の「ん」の後続音は [m] です。[m] の調音点は両唇のため、「ん」も両唇音になります。(13)も後続音 [t] の影響を影響を受けて歯茎音に、(14)も同様の理由で軟口蓋音になります。これらも結局のところ言いやすくするためと言えます。
相互同化(reciprocal assimilation)
前の音と後ろの音がお互いに影響を与える場合の同化を相互同化(reciprocal assimilation)、あるいは複合同化と言います。代表的な例として連濁と母音の無声化が挙げられます。
(15) ゴミ箱 [gomihɑko] → [gomibɑko]
(16) 学生 [gɑkɯseː] → [gɑkseː]
(15)は「はこ」が「ばこ」になる連濁の例です。[h] は有声音 [i][ɑ] に挟まれているため、[h] も周囲に同化して有声化し、 [b] になっています。(16)「がくせい」の「く」は実際の発話場面で母音「う」[ɯ] がはっきり発音されないことがあります。これも有声音 [ɯ] が無声音 [k][s] に挟まれているのがポイントで、[ɯ] は周囲に同化して無声化し、はっきり発音されなくなりました。前の音と後ろの音に影響を受けている相互同化の例です。
参考文献
城生佰太郎(2008)『一般音声学講義』118,238-241頁.勉誠出版
服部義弘(2012)『朝倉日英対照言語学シリーズ 2 音声学』73-75頁.朝倉書店
http://hkuri.cneas.thttp://hkuri.cneas.tohoku.ac.jp/articles/roncho/A22Jap_SokuHatsu.pdfohoku.ac.jp/articles/roncho/A22Jap_SokuHatsu.pdf
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