6月8日(土)から音声学の短期講座がはじまります。

音便とは?

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音便

 単語中の一音が発音の便宜のために、母音の「い」「う」、撥音促音に変化する現象を音便と言い、音便が生じたあとの語形を音便形と言います。特に「い」に変化するものをイ音便、「う」に変化するものをウ音便、撥音に変化するものを撥音便、促音に変化するものを促音便と呼びます。動詞について見ると、音便が起こるのは現代のサ行五段活用を除く五段動詞に限られ、一段動詞には起こっていません。

五段動詞 基本形 四段活用と
ナ行・ラ行変格活用の連用形
音便形
カ行 書く 書きて 書いて(イ音便)
ガ行 嗅ぐ 嗅ぎて 嗅いで(イ音便)
サ行 貸す 貸して 貸して
タ行 勝つ 勝ちて 勝って(促音便)
ナ行 死ぬ 死にて(*1) 死んで(撥音便)
バ行 遊ぶ 遊びて 遊んで(撥音便)
マ行 噛む 噛みて 噛んで(撥音便)
ラ行 ある ありて(*2) あって(促音便)
ワア行 笑う 笑いて(*3) 笑って(促音便)

 (*1)ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の連用形
 (*2)ラ行変格活用の動詞「ある」の連用形
 (*3)ハ行四段活用の動詞「笑ふ」は、ハ行転呼によって「わいうえお」のワ行とア行にまたがって活用するようになり、現代のワ行(ワア行)五段活用動詞「笑う」となりました。それに伴い、連用形「笑ひて」も「笑いて」となり、さらに促音便が生じて現代の「笑って」になりました。

 現代日本語の五段動詞のテ形と呼ばれる活用形は、もともと四段活用、ナ行・ラ行変格活用の連用形から変化したものです。例えば、現代の五段動詞「書く」はかつて四段活用する動詞であり、その連用形は「書きて」でした。この語中の「き」が「い」に変わり「書いて」となっています。日本語教育では、「く」「ぐ」で終わる動詞は「~いて」「~いで」、「う」「つ」「る」で終わる動詞は「~って」、「ぬ」「ぶ」「る」で終わる動詞は「~んで」と教えます。なお、「す」で終わる五段動詞は音便が起こりません。

 (1) 書きて(CV+CV+CV) → 書いて(CV+V+CV) イ音便
 (2) 早く (CV+CV+CV) → 早う (CV+CV+V) ウ音便
 (3) 噛みて(CV+CV+CV) → 噛んで(CVC+CV) 撥音便
 (4) 折りて(CV+CV+CV) → 折って(CVC+CV) 促音便

 奈良時代の日本語においては、単独の母音(V)からなる音節語頭にしか立たず、語中語尾の音節子音母音の組み合わせ(CV)しか来ませんでした。しかし、イ音便やウ音便が生じたことでそれまでの日本語の音韻構造にはなかった「あい」「おう」のような母音連続が生まれ、また、撥音便と促音便が生じたことで母音を伴わない子音だけの新しい音韻「ん」や「っ」、つまり子音母音子音(CVC)の音節を発生させることになりました。

イ音便

 (5) 月立ち(つきたち) → ついたち
 (6) 泣きて(なきて) → ないて
 (7) 嗅ぎて(かぎて) → かいで

 単語中の一音が発音の便宜のために、母音の「い」に変化する現象をイ音便と言います。月齢の初日は「月立ち」と呼ばれていましたが、イ音便が生じて「一日(ついたち)」になりました。同じような変化が「四段活用動詞連用形+て/たり」にも起こり、「泣きて」が「泣いて」、「嗅ぎて」が「嗅いで」になりました。 

 「く」で終わる動詞は「書く→書いて」「解く→解いて」のように原則イ音便が起こりますが、「行く」は「行いて」とはならず、促音便が生じ「行って」になります。

ウ音便

 (8) 妹(いもひと) → いもうと
 (9) 買いて → 買うて(こうて)
 (10) 早く → 早う(はやう) → はよう
 (11) ありがたく → ありがたう → ありがとう
 (12) 言う → ゆう

 単語中の一音が発音の便宜のために、母音の「う」に変化する現象をウ音便と言います。現代の日本語標準語の動詞にウ音便は見られませんが、京都方言では「買って」に対応する語形として「買うて(こうて)」があります。また、京都方言では形容詞連用形に「はよう」などのウ音便形が普通に用いられています。一方、東京方言では「おはようございます」「よろしゅうございます」などの丁寧な言い方に取り入れられているだけです。

撥音便

 (12) 死にて → 死んで
 (13) 読みて → 読んで
 (14) 頼みて → 頼んで
 (15) をみな → 女(おんな)

 単語中の一音が発音の便宜のために、撥音に変化する現象をウ音便と言います。現代の日本語標準語の動詞のうち、「ぬ」「ぶ」「る」で終わる動詞は「~んで」となり撥音便が生じています。

促音便

 (16) 勝ちて → 勝って
 (17) ありて → あって
 (18) 笑いて → 笑って
 (19) 男人(おひと) → 夫(おっと)

 単語中の一音が発音の便宜のために、促音に変化する現象を促音便と言います。現代の日本語標準語の動詞のうち、「う」「つ」「る」で終わる動詞は「~って」となり促音便が生じています。

参考文献

 北原保雄(2003)『朝倉日本語講座〈3〉音声・音韻』43-60頁.朝倉書店
 窪薗晴夫(1999)『日本語の音声』40,152,153頁.岩波書店
 小松英雄(2001)『日本語の歴史 青信号はなぜアオなのか』139-166頁.笠間書院
 森山卓郎,渋谷勝己(2020)『明解日本語学辞典』22頁.三省堂




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