ハ行転呼音
平安時代の音韻の変化として、語頭以外(語中・語尾)のハ行音がワ行音に転じる現象が見られます。これをハ行転呼音と呼びます。
(1) よそにのみ あはれとぞ見し 梅の花 あかぬ色かは 折りてなりけり
(『古今和歌集』巻第一 春歌上 37)
(2) 「めづらしく鳴くほととぎす聞くごとに、心つごきてうち嘆き安波礼の鳥と云はぬ時なし」
(『万葉集』4089)
『古今和歌集』の(1)にみられる「あはれ」の「は」は、現代において「あわれ」とワ行音で発音されるものですが、(1)よりもさらに古い奈良時代の文献『万葉集』の(2)には「波」と書き表されており、「は」とハ行音で発音していたのではと考えられます。ハ行音は、語頭では前代(奈良時代)と変わりなく [ɸ] ですが、語頭以外(語中・語尾)で母音に挟まれたハ行子音 [ɸ] が有声化してワ行音になったと推測されます。
(3) アハレ → アワレ
(4) カハ → カワ(川)
(5) カヒ → カヰ(貝)
『朱雀経音義』などの文献を見ると、10世紀後半から11世紀のはじめ頃にかけてハ行とワ行の仮名が混用が多くなり、その区別が失われたと考えられます。
参考文献
大木一夫(2013)『ガイドブック日本語史』117-120頁.ひつじ書房
沖森卓也(2010)『はじめて読む日本語の歴史』131頁.ベレ出版
山口明穂,鈴木英夫,坂梨隆三,月本雅幸(1997)『日本語の歴史』45-46頁.東京大学出版会
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