提喩(synecdoche:シネクドキー)
提喩(synecdoche:シネクドキー)とは、カテゴリーの包含関係(類と種の関係)に基づいて起こる比喩です。喩えるものと喩えられるものが含む含まれるの関係にあり、上位概念から下位概念への指示対象のずれと、下位概念から上位概念への指示対象のずれがあります。最も有名な日本語の例として「花見」が挙げられます。「花見」の「花」は通常「桜」を指し、その他の花、例えば薔薇やアジサイなどを指すことはありません。このとき「桜」は「花」に対する下位概念にあたり、「花見」は上位概念で下位概念を指す提喩(シネクドキー)と言えます。
「学校-大学-A大学」というカテゴリー階層の包含関係で次の自己紹介例を考えてみましょう。
東京大学に合格しました。
大学での専攻は経営学です。 (「東京大学」を指して)
学校卒業するまでに資格とりたいです。 (「東京大学」を指して)
はじめの「東京大学」は固有名詞であり、東京大学そのものを指しているため比喩は起きていません。2行目の「大学」は下位分類である「東京大学」を指しており、カテゴリー階層間の提喩が起きています。さらに3行目の「学校」も下位分類である「大学」や「東京大学」を指し、これも提喩です。
上位概念から下位概念への提喩
上位概念で下位概念を表す(類で種を表す)提喩には次のようなものがあります。
(1) 花見に行く。 (花→桜)
(2) ご飯炊けた? (ご飯→お米)
(3) 親子丼を食べる。 (親子→鶏と卵)
(4) 式を挙げる。 (式→結婚式)
(5) 焼き鳥を食べる。 (鳥→鶏)
(6) もう年だから。 (年→高齢)
(7) 学校をサボる。 (学校→授業)
(8) お酒を熱燗にすると飲みやすくなる。 (お酒→日本酒)
(9) 向こうから男性が歩いてくる。 (男性→男性の人)
(2)において、「ご飯」は食事で食べられる様々な食べ物を指しますが、「炊く」と言っていることから「お米」を指していることが伺えます。(3)の「親子」は動物の親子を指すのに対し、ここでは動物の親子のうち、特に鶏のその卵を指しています。(4)のように「式」というときは通常「結婚式」を指すのであって、成人式や葬式は指しません。
(10) 今日はいつもよりご機嫌だ。 (ご機嫌→良い機嫌)
(11) 彼の絵は海外で評価されている。 (評価→良い評価)
(12) 明日天気だったら遊びに行こう。 (天気→良い天気)
(13) サザンは世代じゃない。 (世代→私の世代)
(10)の「機嫌」は良い機嫌も悪い機嫌も含まれる上位概念ですが、ここでは特に「良い機嫌」を指しています。(11)「評価」も同様に「良い評価」を、(12)「天気」も「良い天気」を指しています。「世代」カテゴリーの下位カテゴリーには様々な世代が含まれますが、(13)では特に「私の世代」を指しています。辻(2003: 117)は、上位概念から下位概念へのシネクドキーにおける下位概念について「上位概念にとっての『良い事例』という意味でのプロトタイプにあたることが多い」と述べています。上記の例などを見ても、「機嫌」で「悪い機嫌」を、「評価」で「悪い評価」を、「天気」で「悪い天気」を表すことは一般に考えられません。
下位概念から上位概念への提喩
下位概念で上位概念を表す(種で類を表す)提喩には次のようなものがあります。
(13) お茶でもどうですか?
(14) 筆箱
(13)の「お茶」は、実際には「飲み物全般」を指す言い方です。(14)の「筆箱」は筆以外の筆記用具を入れる箱であり、下位概念である「筆」が上位概念である「筆記用具全般」を代表しています。
参考文献
認知言語学なら、↑がおすすめ!はじめてでも分かりやすい。
辻幸夫(2003)『認知言語学への招待(シリーズ認知言語学入門(第1巻))』140-141,145-147頁.大修館書店
森雄一(2018)「第5章 レトリックはなぜ認知言語学の問題になるのだろうか?」『認知言語学とは何か-あの先生に聞いてみよう』97-100頁.くろしお出版
コメント