プロトタイプ(prototype)
夏の風物詩と言えば「花火」、海外旅行の行き先と言えば「ハワイ」、山と言えば「富士山」というように、カテゴリーの中にはそのカテゴリーを代表するようなメンバー(member:成員)があり、それをプロトタイプ(prototype)と言います。プロトタイプは一つとは限りません。夏の風物詩として「花火」の他に「海」も「夏祭り」もあるでしょうし、海外旅行の行き先で「バリ島」を挙げる人もいるかもしれません。プロトタイプは個人によって異なります。また、あるカテゴリーのプロトタイプは必ずその下層のカテゴリーの成員から選ばれます。どのようなカテゴリーであってもプロトタイプは存在します。

プロトタイプはそのカテゴリーを代表する好例として高い典型性(らしさ)を持っていますが、カテゴリーの中には典型性が低くプロトタイプとはかけ離れた周辺メンバー(peripheral member)も含まれます。上表は私が思う「夏の風物詩」のカテゴリーです。カテゴリーはプロトタイプを中心として、周辺メンバーへと同心円状に広がる放射状の構造をしていると考えられています。外側のメンバーほど典型性が低くなり、「~と言えば?」の問いかけの答えになりにくいです。

カテゴリーのメンバー間に典型性で差があるとはいっても、メンバーは何らかの部分的に共通した特徴を有しており、その特徴をもってしてお互いに結びつき一つのカテゴリーを形成しています。例えば、ニワトリやダチョウは飛ばないにも関わらず「鳥」カテゴリーに属します。典型的な鳥は飛ぶものと認識されているので、飛ばない属性を持つメンバーは放射状構造の周辺に位置することになります。しかしながら、周辺メンバーである「ニワトリ」も「ダチョウ」もプロトタイプの「すずめ」や「カラス」と同じくくちばしがあり、羽があり、卵を産み… と部分的な共通属性を有しています。このような状況を家族的類似(family resemblance)と言います。
※上述した例は日本語母語話者である私の感覚に基づくカテゴリーです。当然ながら言語・地域・経験などによってどのようにカテゴリー化されるかは異なります。
プロトタイプ効果(prototype effect)
Rosch(1978: 38-40)は心理的従属変数に対するプロトタイプ性の影響(Effects of Prototypicality on Psychological Dependent Variables)として、いくつかのプロトタイプに関する性質を明らかにしています。これらの性質はプロトタイプ効果(prototype effect)と呼ばれ、私たちが中心となるメンバーから周辺を囲むメンバーへと同心円状に広がる放射状のカテゴリー構造を持っていることを示します。
反応時間
「スズメは鳥である」「ダチョウは鳥である」「ペンギンは鳥である」のように、「X(メンバー)はY(カテゴリー)である」という命題に対してその真偽を応答させる実験を行ったところ、プロトタイプ的と評価されたメンバーのほうが「真である」と応答する速度が、非プロトタイプ的と評価されたメンバーに比べて常に速いことが分かっています。
カテゴリーの習得順序
メンバーがカテゴリーに属しているか否か、つまり提示したメンバーが良いメンバーか悪いメンバーかを判定させる実験を大人と子供(10歳)に行ったところ、良いメンバーであると反応するまでの時間と悪いメンバーであると反応するまでの時間の差が、子どものほうがはるかに極端に開いていました。これにより、子どもは周辺メンバーよりもプロトタイプ的なメンバーを先に学習していることが分かりました。
プロトタイプの優先的な出力
あるカテゴリーのメンバーをリストアップするように求めたときに、最もプロトタイプ的なメンバーが最初に、最も頻繁に挙げられ、その頻度とプロトタイプ性の評価には相関があることが分かっています。
類似関係の非対称性
「ペンギンは厳密には鳥である」というのは正しいですが、「コマドリは厳密には鳥である」というのは間違ってます。なぜならコマドリは厳密に言う必要もなく、紛れもなくプロトタイプ的な鳥だからです。また、ピーマンとパプリカは形がよく似ていますが、ピーマンのほうが野菜カテゴリーにおいてよりプロトタイプ的だと感じる人にとっては「パプリカはピーマンに似ている」と言えますが、「ピーマンはパプリカに似ている」とは言いにくくなります。このように、同じカテゴリーに属するメンバーであったとしても、プロトタイプ的なメンバーを基準にして非プロトタイプ的なメンバーを捉え、その逆はできないという非対称性が見られます。
ポケモンで言うと…
「ライチュウはピカチュウに似ている」と言うことはできますが、「ピカチュウはライチュウに似ている」と言うことはできません。なぜならピカチュウはポケモンカテゴリーや電気タイプカテゴリーなどのプロトタイプ的なメンバーであって、これを基準にして類似したものを判断するからです。
文中での置き換え可能性
「朝、鳥の声で目が覚めた」などの文の「鳥」を「スズメ」に置き換えることは簡単ですが、「ダチョウ」や「ペンギン」のようなメンバーに置き換えることはほぼ不可能です。カテゴリーにおけるプロトタイプ的なメンバーは文中で上位語に置き換えやすく、周辺メンバーほど置き換えにくくなる傾向があります。あるメンバーが特定のカテゴリーにおいてプロトタイプ的であるかどうかの典型性評価は文中での置き換え可能性を予測することを示しています。
参考文献
大堀壽夫(2002)『認知言語学』29-72頁.東京大学出版会
児玉一宏・谷口一美・深田智(2020)『はじめて学ぶ認知言語学:ことばの世界をイメージする14章』61-76頁.ミネルヴァ書房
谷口一美(2006)『学びのエクササイズ 認知言語学』17-23頁.ひつじ書房
辻幸夫(2003)『認知言語学への招待(シリーズ認知言語学入門(第1巻))』101-04頁.大修館書店
籾山洋介(2010)『認知言語学入門』18-26頁.研究社
吉村公宏(2004)『はじめての認知言語学』30-46頁.研究社
Rosch, E.(1978) “Principles of categorization”. In : Rosch & Lloyd. 27-48.

コメント
コメント一覧 (1件)
先日「言語学の教室」を読んで、強く印象に残ったものの一つが「プロトタイプ」でした。古典的カテゴリーから、プロトタイプという観点からカテゴリーを考える新しい立場が出てきていると。典型例だけでなく、模範例やステレオタイプ、ファジー集合論、家族的集合論とか…へえーでした。
ですので、こんな授業受けられた方々を羨ましく思いました。