成分分析(componential analysis)
語の意味を、その意味を構成する原子的な要素へと分解するアプローチを意味論では成分分析(componential analysis)や語彙分解(lexical decomposition)と言います。
成分分析の方法を「父」「母」「息子」「娘」を例にとって考えてみます。これらは全て「人」ですが、性別が「男性であるか女性であるか」、「親であるか子であるか」という点で異なった成分を持っています。これらの成分は語の意味を構成する原子的な要素であり、意味成分や意味素性(semantic features)と呼ばれます。この3つの意味成分[±人][±男性][±親]を想定することで「父」「母」「息子」「娘」は次のように記述することが可能です。
[±人] | [±男性] | [±親] | |
---|---|---|---|
父 | + | + | + |
母 | + | - | + |
息子 | + | + | - |
娘 | + | - | - |
ここで使われている記号「+」はその成分を持ち、「-」はその成分を持たないことを表します。すると「父」は人であり、男性であり、親であると記述できますし、「娘」は人であり、男性ではなく(女性であり)、親ではない(子である)と記述できます。成分分析は語一つひとつを辞書のように正確に記述するのではなく、他の語とどのように関係しているのかに注目して、そこに共通する意味成分の観点からより一般性の高い意味を記述しようとします。
語と語の関係
語(あるいは形態素)はそれよりも小さい意味の束からなると捉えます。その意味をさらに分解する必要性は形態論的にありませんが、このような成分分析は語と語の関係や共起関係を見い出すものとして有用です。
(1) 父:[+人][+男性][+親]
母:[+人][-男性][+親]
(2) 上がる:[+上方向への移動]
下がる:[-上方向への移動]
「父」と「母」の成分分析ではどちらも[+人]という共通点を持ち、[人]は「父」と「母」を含んでいることが分かります。成分分析はこのような上下関係(包摂関係)を見い出すことができます。また、「上がる」「下がる」はいずれもある方向へ移動するという意味を持ちますが、[±上方向への移動]という意味成分で分析すると「上がる」は上方向への移動を、「下がる」は上方向への移動ではなく下方向への移動を表すことが分かり、移動の方向という観点から対義関係にあることも分かります。
(3) ようだ:[+まるで]
そうだ:[-まるで]
「ようだ」と「そうだ」は、前者は「まるで」と呼応関係にありますが、後者はそうではありません。「まるで」と共起できるかどうかという観点で成分分析をすると(3)のようになり共起関係の記述も可能です。
成分分析の限界
成分分析では「男性か女性か」「親か子か」などの二値対立で語の意味を捉えようとするため、二元的な概念であればその分析は有用です。しかし、私たちの認知は二元的ではなく、典型的なものを中心として非典型的なものが同心円状に分布するカテゴリー構造(プロトタイプ)で物事を捉えるため、そのような概念に対しては成分分析は適応しにくくなります。
[±背もたれ] | [±脚] | [±折りたたみ] | [±丸み] | |
---|---|---|---|---|
パイプ椅子 | + | + | + | - |
座椅子 | + | - | - | - |
丸椅子 | - | + | - | + |
風呂椅子 | - | - | - | - |
例えば、「パイプ椅子」「座椅子」「丸椅子」「風呂椅子」の成分分析をするとします。背もたれがあるかどうかという観点から分析すると、パイプ椅子と座椅子があり、丸椅子と風呂椅子はありません。脚の有無を見ると、パイプ椅子と丸椅子はありますが、座椅子と風呂椅子はありません。折りたためるかどうかではパイプ椅子だけがその性質を持っています。さらに、座るところの形状が丸いかどうかでいうと丸椅子だけが該当します。このように、この4つの椅子を分析するには様々な意味成分を想定する必要があります。そうして想定された意味成分は恣意的でありながらも確かに二値対立をとっていますが、結局は2つに分けたものをさらに2つに分ける、というような手法で記述するしかなく、そのほかの社長椅子や電気椅子なども含めた分析を行う場合にはますます際限がなくなります。加えていうと、脚がある座椅子や風呂椅子も探せばあるでしょうし、座るところが丸い座椅子や風呂椅子もないとは言い切れません。それを含めた場合は対応しきれなくなります。
参考文献
アラン・クルーズ(著)・片岡宏仁(訳)(2012)『言語における意味 意味論と語用論』261-289頁.東京電機大学出版局
小野尚之(2013)「語彙意味論」『日英対照 英語学の基礎』117-145頁.くろしお出版
二村慎一(2012)「語の意味」『意味論(朝倉日英対照言語学シリーズ6)』28-51頁.朝倉書店
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