音素(phoneme)
音素(phoneme)とは、その言語において意味の違いを作り出す最小の音声単位のことです。意味の違いを作り出す弁別機能を持った音の単位、ある言語において同じ役割を果たす音の集合、などとも説明されます。音素を理解するには別の言語の例を知るのがいいと思うので、英語の例で紹介します。
(1) cop [kάp] 警官
(2) cup [kˈʌp] カップ
(3) cap [kˈæp] 帽子
3つの英単語を挙げました。いずれも語頭は [k] 、語尾は [p] で終わっていますが、語中の母音が [ɑ] の場合は警官を意味し、[ʌ] の場合はカップを意味し、[æ] の場合は帽子を意味します。英語ではこの3つの母音を使い分けることで意味を弁別することができます。一方、日本語標準語の「あめ(雨)」「あき(秋)」など、「あ」の表記を用いた時は一般に [ɑ] で発音されます。しかし、標準だからといって必ず [ɑ] を用いなければいけないかというとそうではありません。
(4) あめ [ɑme] ※標準的な発音
(5) あめ [ʌme]
(6) あめ [æme]
日本語標準語にはない母音 [ʌ] や [æ] を用いて(5)(6)のように発音したとしても日本語母語話者の耳はどれも「あめ」と聞き取るでしょう。英語で弁別される母音 [ɑ] [ʌ] [æ] は日本語母語話者が聞くといずれも「あ」、または「あ」のような聴覚印象を受け、その意味を弁別しません。つまり、 [ɑ] [ʌ] [æ] は日本語において音声は違うけど同じものとして一つにまとめられそうです。それを図示したのが以下です。
日本語において [ɑ] [ʌ] [æ] は意味の違いを作り出さないので一つにまとめました。そうしてまとめたのが日本語の音素 /ɑ/ です。実際はもっとたくさんの音声が含まれますが、ここでは分かりやすく3つだけ示しました。英語では [ɑ] [ʌ] [æ] がそれぞれ意味の違いを作り出す音なので一つにまとめられません。一つひとつが異なる音素としてくくられます。
英語 | 日本語 | |
---|---|---|
[ɑ] | 音素/ɑ/ | 音素/ɑ/ |
[ʌ] | 音素/ʌ/ | |
[æ] | 音素/æ/ |
音声学では [ɑ] [ʌ] [æ] も異なる音声として区別しますが、ある特定の言語では異なる音声であっても意味を区別しないこともあります。そして、ある特定の言語において意味を区別しない音声の集合を音素と呼んでいるわけです。
音素は / / で書き表します。音声は [ ] に記号を入れて正確に書き表されますが、音素の場合は / / に入る記号は基本的に何を使ってもいいです。ただし、実際の音声とかけ離れた記号を使うと分かりにくくなってしまうため、通常は音声記号と同じもの、あるいはそれに近いものが選ばれて使われます。上記で示した音素 /ɑ/ は、日本語標準語の「あ」が [ɑ] なので、これと同じ記号を使って書き表しました。
日本語標準語の母音は [ɑ] [i] [ɯ] [e] [o] の5つあると言われますが、この5つの音声しか使えないわけではない、ということが音素から見えてきます。日本語母語話者は別の音声であってもこの5つの母音のいずれかに収束させるような聞き方をする。例えば、[ɑ] を発音するときと調音器官の形が似ているような音声は全て「あ」と聞き取るという具合です。赤線は大体で適当ですが、おおむね言えることとして、[ɑ] の周辺の音声は音素 /ɑ/ に含まれ、[i] の周辺の音声は音素 /i/ に含まれます。
日本語標準語の音素
人によって、地域によって若干異なりますが、現代日本語の標準語は母音音素5個、子音音素15個、モーラ音素3個の合計23個とするのが普通です。特殊拍は撥音、促音、長音の3つ。
母音 | /a/, /i/, /u/, /e/, /o/ |
---|---|
子音 | /k/, /s/, /t/, /c/, /n/, /h/, /m/, /r/, /g/, /z/, /d/, /b/, /p/ |
半母音 | /j/, /w/ |
特殊拍 | /N/, /Q/, /R/ |
参考文献
窪園晴夫(1999)『日本語の音声』66-70頁.岩波書店
斎藤純男(2019)『日本語音声学入門 改訂版』157-159頁.三省堂
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