隣接ペア(adjacency pair)
「今何時?」のような発話に対しては、普通は「3時」のように現在時刻を応答することが求められ、「こんにちは」「いいですよ」のような応答は求められません。相手から投げかけられた言葉にはどんな言葉を投げ返してもいいわけではなく、そこには一定の規則があります。その規則は、会話の中に”そのように答えるのが自然で、むしろそのように答えなければ不自然に聞こえる、もしくは何か特別なことが生じていると認識される発話の連なり“をつくることがあり、そのように連なった二つの発話はお互いに強い結びつきを持つペア(対)と呼ぶことができます。会話分析では、上述した「今何時?」「3時」のような発話のカップリングを隣接ペア(adjacency pair)、もしくは隣接対と呼びます。
第1成分 | 第2成分 | ||
---|---|---|---|
挨拶 | こんにちはまたね | 挨拶 | こんにちはまたね |
勧誘 | 一緒に行きませんか? | 受諾(+)拒否(-) | いいですよ行きません |
提案 | Mサイズにしますか? | 受諾(+)拒否(-) | そうしますいえ |
依頼 | 電気を消してください | 受諾(+)拒否(-) | 分かりましたいやです |
不平 | うるさいですよ | 謝罪釈明反論… | すみません急ぎの連絡なんです黙ってください |
隣接ペアにおいて、発話の連なりを開始し、それに組み合わされるべき発話が生起する位置を作り出すはじめの発話を第1成分(First Pair Part:FPP、もしくは第1部分)、第1成分に連なる続きの発話を第2成分(Second Pair Part:SPP、もしくは第2部分)と言います。[挨拶]に対しては[挨拶]が続き、[勧誘]に対しては[受諾]もしくは[拒否]が続くように、第2成分は第1成分に依存して作られています。
選好(prefer)
[挨拶]-[挨拶]のような隣接ペアは、FPPに対して適合するSPPが1種類しかありません。[勧誘][提案][依頼]などのFPPに対して適合するSPPは[受諾]と[拒否]の2種類考えられます。[不平]のFPPに対しては[謝罪][釈明][反論]などの複数の適合するSPPが想定されます。このようにFPPに対してSPPが返される隣接ペアを観察すると、様々なタイプの隣接ペアが見られます。このうち、FPPに対して適合するSPPが2種類あるものに着目すると、SPPはプラス(+)とマイナス(-)の相反する極性を持った応答であることが分かります。プラスSPPはFPPが開始した活動の実現を促進し、マイナスSPPは促進しません。例えば[提案]の「一緒に行きませんか?」に対して「いいですよ」のように受諾(+)する場合は一緒に行くことの実現を促進することとなり、「行きません」と拒否(-)する場合はその実現を促進しないことになります。このことを、FPPはプラスSPPを選好する(prefer)、FPPはマイナスSPPを選好しない(disprefer)と言います。(「選好」は「優先」とも呼ばれることがあります。)
そして、FPPに選好するSPPは優先応答(preferred response、もしくは優先的応答)、FPPに選好されないSPPは非優先応答(dispreferred response、もしくは非優先的応答)と呼ばれます。
選好されるSPPと選好されないSPPでは、SPPの産出のされ方が異なります。
選好されるSPP(優先応答)
(1) 01 学生: 先生 (.) トイレに行ってもいいですか?
02 先生: いいですよ (.) どうぞ
(2) 01 佐藤: もしもし
02 山田: はい、もしもし
例(1)では、01行目のお願いに対して先生が直ちに、間を空けずに「いいですよ」とプラスSPPを産出し、例(2)でも「もしもし」に対してすぐさま「はい」とプラスSPPを産出しています。このように選好されるSPPは①直ちに、②簡潔に、③直接的に産出される傾向があります(平本 2017: 85)。
選好されないSPP(非優先応答)
(3) 01 佐藤: 日曜日の午後2時などいかがですか?
02 : (1.5)
03 山田: えーと (2.0) 午後2時は (1.0) 都合がちょっと良くないですね
(4) 01 佐藤: 日曜日の午後2時などいかがですか?
02 山田: そうですね. (1.0) その時間はちょうど別件がありまして
03 佐藤: そうなんですか
04 山田: はい (.) 2時はちょっと厳しいです
例(3)では、01行目の誘いのFPPのあとで1.5秒の間(02行目)が空き、03行目で「えーと」と産出しています。例(4)では02行目で「そうですね」といったん相手の言うことを受け入れたものの、その後に「その時間はちょうど別件がありまして」と理由を述べてから04行目でマイナスSPPを産出するに至っています。選好されないSPPは①遅れて、②複雑に、③間接的に産出される傾向があり(平本 2017: 85)、躊躇ととれるような沈黙による産出の遅延や非流暢な発話、間延びした言い方、言いよどみ、緩和表現、まず説明や言い訳を述べる、相手の言うことをいったん受け入れるなどの発話は非優先応答の代表的な特徴です。また、SPPにプラスとマイナスの極性がある隣接ペアにおいてSPPの産出が遅延することは、選好されないSPPが産出されることを相手に推測させる働きを持ちます。
参考文献
岩田祐子・重光由加(2022)「会話分析」『改訂版 社会言語学—基本からディスコース分析まで』233-235頁.ひつじ書房
平本毅(2017)「連鎖組織」『会話分析入門』77-88頁.勁草書房
高木智世(2016)「連鎖の組織と優先組織」『会話分析の基礎』95-109頁.ひつじ書房
高梨克也(2016)『基礎から分かる会話コミュニケーションの分析法』24-25頁.ナカニシヤ出版
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