6月8日(土)から音声学の短期講座がはじまります。

基本語順とは?

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基本語順とは?

語順

 語順(word order)とは、文の成分や成分を構成する要素の出現順序のことです。私たちは発声器官の性質上、一度に複数の音を発することができないので、どうしても時間に沿って順番に発声するしかありません。そのとき発声する成分や成分を構成する要素に順番をつけて並べる必要があって、それによって語順が生まれます。日本語の語順は自由だってよく言われますけど、そのときの語順は(5)のような文の成分と成分の語順のことを言っています。「波が人を飲み込んだ」と言ってもいいし、「人が波を飲み込んだ」といってもいい。かなり自由。

 (1) n / a / m / i
 (2) 波 / が / 人 / を / 飲み/ 込ん / だ
 (3) 大きな / 波
 (4) 捕らえ / られ /てい / た / らしい / ね
 (5) 波が / 人を / 飲み込んだ

 でも(1)のような音素の順序、(2)のような形態素の順序、(3)のような修飾成分被修飾成分の順序、(4)のような述語に後接する要素は不自由。nami と言えば「波」ですが、音素の順序を入れ替えたら「波」にはなりません。「波が」を「が波」、「飲み込んだ」を「込ん飲みだ」といってもダメ。「大きな波」を「波大きな」と言ってもダメ。「捉えられていたらしいね」を「捕らえたていられねらしい」なんて言ってもダメ。

基本語順

 文の成分を構成する要素は置いておいて、文の成分に関する語順を見ていきます。

 (1) 生徒が トイレを 掃除した。 (SOV)
 (2) 母が ご飯を 作った。    (SOV)
 (3) 彼が ドアを 直した。    (SOV)

 特定の文脈に依存せずに他動詞の平叙文を用いたとき、日本語は主語(Subject)、目的語(Object)、動詞(Verb)の順で述べられます。基本語順(basic word order)とは、ある言語における主語(Subject)、目的語(Object)、動詞(Verb)の無標の語順のことで、どの言語にも基本語順があると仮定した場合、日本語の基本語順はSOVであると考えられます。
 日本語の語順が比較的自由だと言われるのは、以下のようにSとOの順序を入れ替えても格助詞によって名詞が述語に対するどんな意味役割を担っているのか分かり、基本的な意味は変わらないからです。

 (1’) トイレを 生徒が 掃除した。 (OSV)
 (2’) ご飯を 母が 作った。    (OSV)
 (3’) ドアを 彼が 直した。    (OSV)

 とはいっても上記のOSVの語順は基本語順とは言いがたいはず。通常、述語は文の最後に置かれ、主語は基本的に文頭に置かれます。語順が比較的自由といっても、成分の出現には一定の傾向があるわけです。例えば(1’)~(3’)は主語を差し置いて特に「トイレ」「ご飯」「ドア」について述べたいときに使われる表現のように感じられます。これは特定の文脈に依存した表現だとみなすことができ、語用論的に有標です。こういうのは基本語順とは言いません。

 それから、当たり前だけど基本語順は言語によって違います。例えば英語はSVOの語順をとります。日本語とは違い、の表し方が語順と密接にかかわっているので語順を入れ替えると非文になってしまいます。

 (4) The student cleaned the toilet.
 (5) The mother cooked the meal.
 (6) He fixed the door.

世界の言語の語順

 S、V、Oの3要素を並び替えて考えられる順序はSOV、SVO、OSV、OVS、VSO、VOSの6通りあります。
Dryer(2011)は世界中の1376の言語を調べ、基本語順の割合を明らかにしました。

語順 言語数 割合
SOV 565 41.0%
SVO 488 35.5%
VSO 95 6.9%
VOS 25 1.8%
OVS 11 0.8%
OSV 4 0.3%
基本語順なし 189 13.7%
合計 1376 100%

 最も多かったのはSOV型で565。日本語の基本語順は世界でも最も多いものでした。それに続いて英語、中国語などのSVO型。上位2つで全体の80%に迫るほどです。窪薗(2019: 187)によると、OV型の言語は後置詞(postposition)、VO型の言語は前置詞(preposition)が用いられる傾向が非常に強いとのこと。また、OV型言語は「修飾名詞+属格+被修飾名詞」(ジョンの父)、VO型言語は「被修飾名詞+属格+修飾名詞」(the father of John)が用いられる傾向が強いらしいです。言語類型論はいろんな言語にまたがるところが面白いですね。

かき混ぜ

 (1’) トイレを 生徒が 掃除した。 (OSV)
 (2’) ご飯を 母が 作った。    (OSV)
 (3’) ドアを 彼が 直した。    (OSV)

 上でこれら3つの例文は基本語順ではないと言いました。こうした基本語順とは異なる文をかき混ぜ文(scrambled sentences)と呼びます。かき混ぜ(scrambling)によってもともと「掃除した」「作った」「直した」の直前にあった目的語を主語の前に移動してOSVの語順にしたと考えられ、そして、かき混ぜによって移動した成分がもともと居た位置には痕跡(trace)が残るとも考えます。痕跡はtで表されます。

 こうして痕跡(t)を想定すると他の文法現象を説明するときに役立ちます。
 例えば遊離数量詞の文法現象に関する説明に痕跡が用いられますが、ここでは語順と関係ないので省略します。詳しくは「遊離数量詞とは?」をご覧ください。

参考文献

 Dryer, Matthew S. 2011. Order of Subject, Object and Verb. Dryer & Haspelmath (eds.) Chapter 81 2023-06-05 閲覧
 斎藤純男,田口善久,西村義樹編(2015)『明解言語学辞典』91頁.三省堂
 窪薗晴夫(2019)『よくわかる言語学』172-175,186-187頁.ミネルヴァ書房
 森山卓郎,渋谷勝己(2020)『明解日本語学辞典』71頁.三省堂




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