絶対敬語と相対敬語について

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絶対敬語と相対敬語について

 絶対敬語(absolute honorifics)と相対敬語(relative honorifics)は敬語が用いられる状況に注目し、その用法の面から敬語を分類したものです。絶対敬語は「一定の対象について、どんな人称の場合にも、また、どんな言語的場面においても、常に一定の敬語で表現されるという敬語のありかた」(西田 1987: 159)であり、例として韓国語がよく挙げられます。相対敬語は「人称や場面によってことばづかいを変える敬語」(西田 1987: 160)で、日本語は基本的にこれに該当します。詳しい例については後述します。

絶対敬語の例

韓国語の例

 韓国語は、話題の人物や聞き手が話し手よりも目上であれば、たとえその人と親しかろうとなかろうと敬語を使い、話題の人物や聞き手が話し手よりも目下であれば、たとえその人と親しかろうとなかろうと敬語は使わない(森下・池 1989: 11)という敬語の使い方をします。例えば、兄弟姉妹だったとしても30、40歳代を越えて礼儀を持って接しなければならない年齢、あるいは年齢差が開いている場合は、형(お兄さん)、누나(お姉さん)といった表現ではなく、형님(お兄さま)、누님(お姉さま)と敬称を使う必要があります(李ら 2004: 226-227)。また、自分よりも年上の人を「너(あなた、お前)」と呼ぶことは付き合いが長くても許容されません(李ら 2004: 219)。韓国語では相手と親しいかどうかは考慮されず、年齢が敬語を使うか使わないかを決定する最も重要な要因となっているので、人称によって敬語が使われるという絶対敬語のシステムをとります。

 ※ただし、白(1993)が論じているように、韓国語には、従来の規範で絶対敬語が使われるところで相対敬語を用いるような規範の逸脱が見られるので、全ての敬語使用において絶対敬語であるとは言えません。

日本語の皇室用語の例

 一般に、日本のマスメディアは社会的地位の高い人物、例えば外国の大統領であっても敬語を用いて報道することはほぼなく、中立的な立場をとります。しかし、皇室に関する報道をする際は皇族に対して一貫して敬語を用います。次のニュース冒頭には次のような原稿が読まれています。

 午前9時過ぎ、赤坂御用地を出発された天皇皇后両陛下。向かった先は、皇居にほど近いパレスホテルです。このホテルは、来日しているトランプ大統領が宿泊している場所です。

 天皇皇后両陛下に対しては敬語「出発された」を用いている一方、トランプ大統領には「日本にいらっしゃった」や「宿泊された」などの敬語を用いず、「来日している」「宿泊している」と読み上げられています。日本語では皇族というだけで敬語の使用が決定されるため、このような敬語の使い方は絶対敬語と呼ぶことができます。

相対敬語の例

日本語の例

 日本語は、話題の人物や聞き手が話し手よりも目上であっても、その人と親しければ敬語を使わず、話題の人物や聞き手が話し手よりも目下であっても、その人と親しくなければ敬語を使うという敬語の使い方をします。韓国語のように年齢が敬語を使い分ける要因となっているわけではなく、上下関係や親疎関係(ウチ・ソト)といった複合的な要因で敬語の使用を決定します。人称や場面による使い分けがなされる相対敬語です。

中国語の例

 中国語には日本語や韓国語のような体系的な敬語システムはありませんが、二人称代名詞には特段の敬意を含まない「你(あなた)」に対して、敬意を含んだ「您(あなたさま)」という形式が存在します。知り合いの中国語母語話者1名に聞いた結果…

相手が上司 相手が部下
相手が年上
相手が年下

 相手が上司または年上であれば「您」を使えますが、上司でないか、あるいは年上でない場合は「您」が使いにくくなるようです。

相手が取引先 同期
相手が年上
相手が年下

 相手が取引先の人であれば年上だろうか年下だろうが「您」が使えます。しかし、相手が年上の同期なら微妙(関係性による)で、年下なら「您」は使わないようです。
 このことから、中国語の「您」も日本語と同じように人称と場面で使い分けがなされる相対敬語のシステムと言えます。

参考文献

 竹内俊男・越前谷明子(1987)「新聞文章にみる特殊敬語(皇室用語)の形成」『言語文化論集』第Ⅸ巻 第1号 1-14頁.名古屋大学総合言語センター
 西田直敏(1987)『敬語』159-173頁.壮光舎
 森下喜一・池景來(1989)『日本語と韓国語の敬語』白帝社
 白同善(1993)「絶対敬語と相対敬語 日韓敬語法の比較」『世界の日本語教育 3』195-207頁.国際交流基金日本語国際センター
 李翊燮(著)・李相億(著)・蔡琬(著)・梅田博之(監)・前田真彦(訳)(2004)『韓国語概説』219-270頁.大修館書店




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