自他の対応(transitive intransitive correspondence)
(1)a お皿が 割れる。 【自動詞】
b 彼が お皿を 割る。 【他動詞】
(2)a コップが 落ちる。 【自動詞】
b 猫が コップを 落とす。 【他動詞】
(1a)と(1b)のように自動詞の主格名詞と他動詞のヲ格名詞が同じで、自動詞と他動詞がお互いに意味的にも形態的にも関係を持つとき、この両者には”自他の対応がある”と言います。(1)では自動詞「割れる(ware-ru)」の主格と他動詞「割る(war-u)」のヲ格が同じ「お皿」であり、構文的にも「Xが自動詞」と「YがXを他動詞」で規則的な転換が可能です。また動詞の形態に注目するといずれも「war」が共通して含まれています。このような条件を満たす動詞の組み合わせを自他の対応があると言います。
自他の対応を認定するには形態的、意味的、構文的に関係していることが重要です。
(3)a コップが 落下する。
b 猫が コップを 落とす。 (形態的に不対応)
(4)a 手が 上がる。
b 彼が 手を 上げる。 (意味的に不対応)
例文(3)において「落下する」と「落とす」は意味的に対応していますが、形態的には対応していないので自他の対応は認められません。(4a)が挙手の意味を持っているのに対し、(4b)は暴力をふるうという意味で用いられています。原義から意味拡張して動詞が多義性を帯びた場合は意味的な対応関係を失います。少なくとも例文(4)の文脈においては「上がる」と「上げる」は自他の対応は認められません。
自他同形
(5)a ドアが ひらく
b 彼が ドアを ひらく (自他同形)
(6)a 録画が 開始する
b 私が 録画を 開始する (自他同形)
自他の対応が認められる動詞の組み合わせの中には、自動詞と他動詞が同じ形であるものがあります。「開く(ひらく)」は自動詞として主格を要求する場合もあれば、他動詞として主格とヲ格を要求する場合もあり、どちらの用法でも同じ形です。このように対応する自他動詞が同形のものを自他同形と呼びます。和語にはあまり多くないですが、漢語動詞や外来語動詞には比較的見られます。
ひらく、閉じる、伴う、吹く、解決する、解消する、オープンする…
※寺村(1982: 305)は自他同形を「両用動詞」と呼んでいます。
有対自動詞と有対他動詞
(7) 【自】埋まる -【他】埋める
(8) 【自】決まる -【他】決める
(9) 【自】乗っかる-【他】乗っける
自他の対応が認められる自動詞と他動詞の組み合わせのうち、自動詞のほうを有対自動詞、他動詞のほうを有対他動詞と呼びます。言い換えると、対応する他動詞がある自動詞が有対自動詞、対応する自動詞がある他動詞が有対他動詞です。(7)~(9)は自他の対応が認められる動詞の組み合わせあり、「埋まる」「決まる」「乗っかる」は対応する他動詞「埋める」「決める」「乗っける」を持つので有対自動詞です。対する「埋める」「決める」「乗っける」は対応する自動詞「埋まる」「決まる」「乗っかる」を持つ有対他動詞です。
※寺村(1982: 305)は有対自動詞を「相対自動詞」、有対他動詞を「相対他動詞」と呼んでいます。
無対自動詞と無対他動詞
(6) 【自】死ぬ - 【他】✕
(7) 【自】降る - 【他】✕
(8) 【自】遊ぶ - 【他】✕
(9) 【自】✕ - 【他】祈る
(10) 【自】✕ - 【他】殴る
(11) 【自】✕ - 【他】話す
全ての動詞が対応する自他動詞をもっているわけではありません。例えば「死ぬ」「降る」などにはそれに意味的、構文的、形態的に対応する他動詞はありませんし、「祈る」「殴る」などにはそれに対応する自動詞はありません。このように「死ぬ」「降る」などの対応する他動詞がない自動詞を無対自動詞、「祈る」「殴る」などの対応する自動詞がない他動詞を無対他動詞と呼びます。
※寺村(1982: 305)は無対自動詞を「絶対自動詞」、無対他動詞を「絶対他動詞」と呼んでいます。
無対動詞に対応する自他動詞の補完
物の落下を描写する場合、それが主体の意志によって実現した事態であれば他動詞「落とす」を使い、主体の意志とは関係なく自然に生じたのであれば自動詞「落ちる」を使います。対応する自他動詞があれば他動性の高低に応じて他動詞と自動詞を使い分ければよく、事態を描写する表現に困りません。しかし、対応する自他動詞がない無対動詞は一見すると無対ゆえに描写できない事態が存在するように感じられます。自動詞文「彼が死ぬ」に対応する他動詞文は無いように感じられるはずです。
自動詞 | 他動詞 | 自動詞 | 他動詞 | |
死ぬ | - | → | 死ぬ | 死なせる |
降る | - | 降る | 降らせる | |
- | 殴る | 殴られる | 殴る | |
- | 忘れる | 忘れられる | 忘れる |
対応する自他動詞がない場合は、受動態や使役態を使って臨時的に対応する自他動詞文を作ることが可能です。具体的には、無対他動詞を受身形にすると対応する自動詞になり、無対自動詞を使役形にすると対応する他動詞になります。
(12)a 彼が 死ぬ 【自動詞】
b 私が 彼を 死なせる 【他動詞】
(13)a 彼が 私に 殴られる 【自動詞】
b 私が 彼を 殴る 【他動詞】
「死ぬ」は主格のみ要求する自動詞ですが、使役形「死なせる」と活用すると主格とヲ格を要求する他動詞になります。「殴る」は主格をヲ格を要求する他動詞ですが、受身形「殴られる」では主格のみを要求する自動詞に変わります。
参考文献
庵功雄(2001)『新しい日本語学入門―ことばのしくみを考える』128-130,134-137頁.スリーエーネットワーク
鈴木孝明(2015)『日本語文法ファイル―日本語学と言語学からのアプローチ―』73-75頁.くろしお出版
寺村秀夫(1982)『日本語のシンタクスと意味Ⅰ』303-317頁.くろしお出版
日本語記述文法研究会(2010)『現代日本語文法1 第1部総論 第2部形態論』97-98頁.くろしお出版
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