令和2年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題13解説
問1 統語レベル
問題文によると、コミュニケーション上の行き違いは音韻レベル、統語レベル、意味レベルなどあるとのこと。
(1) あにがとう (音韻レベルの誤り)
(2) 重要なのは栄養を摂ります。 (統語レベルの誤り)
(3) 「箸置き」を「箸を置くこと」と理解する (意味レベルの誤り)
簡単に説明しますと、音韻レベルの誤りは音形、すなわち形態レベルの誤りで、語の形を間違えることによって生じる誤りです。(1)のように「ありがとう」の意で「あにがとう」と言ったりするのが音韻レベル(形態レベル)の誤りにあたります。
統語レベルは語と語の関係や文単位で生じる誤りです。(2)のように主語が「重要なの」と名詞句になっていて、文全体として名詞述語文を要求しているので、述語も「栄養を摂ること(です)」などと名詞句でなければいけません。
意味レベルは語や文の意味を取り違えることによる誤りで、(3)のような例が挙げられます。
誤りはこれらのほかに語用論的な誤りなどもありますが、この問題では触れられていないのでここでも省略します。
1 「あれ」の意味を誤解するのは、意味レベルの行き違い
2 「子猫の声」なのか「猫の小さい声」なのか、修飾関係は語と語の関係なので統語レベルの行き違い
3 「わ」と「な」の聞き間違いは音韻レベルの行き違い
4 「結構です」の誤解は意味レベルの行き違い
したがって答えは2です。
問2 高コンテクスト文化
文章中では、文化による行き違いとして以下の2つが挙げられています。
高コンテクスト文化 | 人々が世間一般の共通認識を共有しているので、その共通認識に依存することで最小限のことばで意味を伝えることができる文化のことです。発されたことばは表したい意味の全てを表しているわけではなく、その背景にある文脈から判断して意味内容が変わります。日本語はこの傾向があると言われています。 |
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低コンテクスト文化 | 人々が共通認識を共有していないため、伝えたいことをことばそのもので伝えようとする文化のことです。ことばの意味が高コンテクスト文化ほど文脈に依存せず、伝えたいことはことばで伝えなければ真意を相手に伝えられないことがあります。ドイツ語圏、アメリカ、カナダなどの歴史的に移民で成り立っている国にこの傾向が見られます。 |
1 共有されている前提をもとに会話をする傾向があるのは高コンテクスト文化の特徴
2 意見をはっきり言うのは低コンテクスト文化の特徴
3 直接的な話し合いをするのは低コンテクスト文化の特徴
4 文字通りの意味で解釈するのは低コンテクスト文化の特徴
答えは1です。
問3 否定応答
文章中に肯定応答、否定応答、回避等とありますが、
相手の発話内容に同意したり共感したりするのが肯定応答で、反対したり拒否したりするのが否定応答です。
相手の発話内容に肯定も否定もせず、無視するような応答を回避と言います。
「Tシャツかわいいよ」に対する反応として…
選択肢1
「かわいいよ」の話には触れられず、Tシャツについてうるさいことを述べて話題の中心をすげかえています。
回避です。
選択肢2
「かわいいよ」の話に触れず、ブランドに目がないことを述べて話題の中心をすげかえています。
回避の例。
選択肢3
「かわいいよ」という褒め言葉に反応して「そうですか?」と返答しています。そのあとに「肌触りも悪くない」とTシャツに関してもう一つ良いところを述べていて、「かわいいよ」に対して同意・共感しています。これは肯定応答の例です。
選択肢4
「かわいいよ」という褒め言葉に反応していますが、「セールで買った安物」とTシャツに関して悪い点を述べています。「かわいいよ」に対して同意しているようには見られないので否定応答です。
よって答えは4。
問4 規範の逸脱
ここで出題されている「逸脱」は簡単にいうと誤用のことです。母語話者は非母語話者が誤用を産出(逸脱)したときに、それに対してどのように評価してコミュニケーションの流れを調整するか、不適当なものを選びます。
選択肢1
非母語話者の発話が母語話者にうまく話が伝わらない場合、母語話者は「この人は日本語があまり上手ではない」と考えます。母語話者は当該コミュニケーションを円滑に進めるため、非母語話者のレベルに合わせてゆっくり話したり、簡単な言葉で話したりするようになります。この選択肢は正しいです。
選択肢2
非母語話者がうまく話ができないような場面では、母語話者が円滑なコミュニケーションを維持するために非母語話者をサポートしようとします。相手の言いたい単語を先取りして教えてあげたり、相槌で間を繋げたり。この選択肢は正しいです。
選択肢3
「社会言語的な逸脱」とは、語用論的な誤りを指します。
非母語話者の部下が母語話者の上司に「ごめんなさい」と言う場面を考えます。目上に対しては「ごめんなさい」ではなく「すみません」などの言い方を用いるのが一般的です。この非母語話者は適切な場面で適切な表現を使えてませんから、語用論的な誤りをおかしています。
ただこのような場面では、母語話者は「ごめんなさい」が適切ではないことを知らなくてもしょうがないと思って誤りを見逃し、否定的な評価をしない可能性も考えられる一方、上司と部下という関係なので見逃されない可能性も多いにあります。「否定的な評価をしない傾向にある」とは言い切れません。この選択肢は間違いです。
選択肢4
その通りです。「鍵は入り口の壁であります」みたいに非文法的な発話をしたとしても、母語話者は意味が分かれば誤用自体をスルーして当該コミュニケーションを継続する可能性があります。この選択肢は正しいです。
したがって答えは3です。
問5 意味交渉
「意味交渉」という言い方が出てきています。この用語はロング(Long 1991, 1996)が提唱したものです。簡単にその背景を説明しますと…
クラッシェンは言語を習得するためにはとにかくインプットが大事、理解可能なインプット(i+1)が大事であって、アウトプットは不要だと言いました。しかし、これに対してロングは理解可能なインプットが重要なのは同意するけどそれだけでは十分ではないと反論。第二言語の理解と発達のためにより重要な要素はインタラクション(やりとり)の中で相互に修正されるインプット(interactionally modified input)だと言いました。この類のインプットはコミュニケーション上の問題が生じたときに学習者が意味交渉(negotiation for meaning)をする結果として生じるので、すなわち意味交渉することが重要だとしています。
意味交渉は、次の3つの方法によって生じると説明しています(Shawn Loewen 2020: 45)。
confirmation checks(確認チェック) | 学習者が<相手の前の発話>の意味を確認すること。「それはXのことですか?」など。 |
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clarification request(明確化要求) | 学習者が誤解を解消するために追加情報を求めること。「どういう意味ですか?」など。 |
comprehension checks(理解チェック) | 話し手が、相手が意図したメッセージを理解したかどうかを確認して誤解を回避しようとすること。「私の言ってることが分かりますか?」など。 |
これら意味交渉は学習者に”学習者自身が引き起こすコミュニケーション上のエラー”と”学習者が意図した意味を伝える目標言語での言い方”のギャップに気づかせます。
この3つの意味交渉を踏まえて各選択肢を見てみましょう。
1 コミュニケーション上の問題はなし
2 「東京を出たことがない」についてもう一度確認してます。確認チェックです。
3 コミュニケーション上の問題はなし
4 コミュニケーション上の問題はなし
したがって答えは2です。
参考文献
Shawn Loewen(2020) “Introduction to Instructed Second Language Acquisition” Routledge, pp.44-45.
コメント
コメント一覧 (4件)
問3応答について
基本的なことをお伺いします。
答は、4でいいと思うのですが、
「Tシャツかわいいよ」に対する反応として…
1 「かわいいよ」に対する応答はないので回避。
2 「かわいいよ」に対する応答はないので回避。→、「かわいいよ」には、反応しいていませんが、
着ているTシャツには、「わたし、この(Tシャツの]ブランドに目がないといっているのですが、かわいいに反応していと回避と考えるのでしょうか。
先ほどの問3への質問の最後、修文します。
「かわいい」に反応していないと回避と考えるのでしょうか。
「応答自体を回避するのが回避」→上記Tシャツへの反応は、応答ではないということでしょうか。
>明日から頑張ろう。さん
「Tシャツいいね、かわいいよ」に対する返答として、1と2は直接応答せず、何か話が別の方向に行っていると感じませんか。別の話が始まっているようです。これが問題文にある「肯定応答、否定応答、回避等」のうち、回避なのだと思われます。
「いいね、かわいいよ」に対する応答は、同意か不同意かの2種類考えられます。
同意は肯定応答(選択肢3)で、非同意は否定応答(選択肢4)です。
一方で選択肢1、2は同意も非同意もしていないように見えます。
早速のご返答ありがとうございます。
確かに、よく読むと、Tシャツのことではなく、そのブランドの話になって、[いいね、かわいいよ]から話が逸れています。
分かりやすい説明ありがとうございました。