令和元年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題10解説
問1 談話能力
文章中にもありますが、カナルとスウェインが提唱したコミュニケーション能力からの出題。コミュニケーション能力は次の4つからなると言ってます。
文法能力 | 音声、発音、単語、文法、綴り、語構成など、単一の文レベルで正確に使用できる能力。正しさ、正確さの能力。 |
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談話能力 | 文全体の意味や形式などを一致させ、前後の文脈を結びつけた分かりやすい談話を複数の文にまたがって作り出す能力。分かりやすさ(明晰さ)の能力。 |
社会言語能力社会言語学的能力 | その場の場面や状況にあったふさわしい表現を使用できる能力。 社会的に「適切」な言語を使う能力。ふさわしさ(適切さ)の能力。 語用論的能力ともいう。 |
方略能力ストラテジー能力 | 言語知識が不十分でコミュニケーション上の問題が起こった時にそれを乗り越えるための能力。コミュニケーション・ストラテジー(communication strategy)を使う能力。 |
この4つに照らし合わせて選択肢を見てみます。
選択肢1
目上の人を「すごい」等と評価するのは不適切になることがあります。場面に応じて適切な表現を使用できているとは言えないので社会言語能力が欠如しています。
選択肢2
目上の人に「~たいですか」は不適切。場面に応じて適切な表現を使用できていないので社会言語能力が欠如しています。
選択肢3
「面白いでした」にはイ形容詞の活用に誤りが見られます。文法能力が欠如しています。
選択肢4
天気の話題から論文の話題へと突然移り変わっています。談話を構成する談話能力が欠如しています。
したがって答えは4です。
問2 談話標識
談話標識(ディスコースマーカー)とは、談話において、その後の会話の流れがどのように続くかを知る手がかりとなる言葉のことです。例えば「すみません」は会話の切り出し、「ところで」は話題転換、「でも」は反論などが後件で述べられることを表す談話上の標識として機能します。読解や聴解などでもこれらの談話標識をうまく捉えることで全体の理解が促進できます。
選択肢2は談話標識の記述。「では、そういうことで」と言われたら話が終わったと分かります。談話の流れを決めている表現。
したがって答えは2です。
問3 スクリプトを考慮したモデル会話
ここでいうスクリプトとは、人が持っている一連の出来事の典型的な順序に関する知識のことです。
服を見るためにお店に入った。しばらくしたら店員が寄ってきた。
上の文章を読んでなぜ店員が寄ってきたのかを考えると、「接客するため」という模範解答が得られます。この文章を読んだだけでなぜそれが分かるのかというと、私たちには服屋に行った経験があり、服屋でどのような出来事が起こるかについての知識があるからです。お店に入ったら店員が寄ってきて、服を選んで、試着して、購入して、店を出るというような一連の出来事の典型的な順序に関する知識、これをスクリプトと呼びます。過去の経験が作り出した服屋のスクリプトによって、私たちはなぜ店員が寄ってきたのかに答えを出せるようになっています。
ただ、服屋に入ったことがない人はこのスクリプトを持っていないため、上述した問題には答えを出せない可能性があります。
スクリプトは日常生活でも読解においても、状況の理解に大いに役に立っています。
選択肢4の「出来事の典型的な順序や流れ」の部分がスクリプトの記述。
よって答えは4です。
問4 トップダウン的な会話活動
大きいものや抽象的なものから処理をはじめ、小さいものや具体的なものに向かっていくような処理をトップダウン処理と言います。言語処理について言えば、既に持っている背景知識やコンテクストから推測しながら文章の大意を理解し、その後に個別の言語形式に焦点を当てて理解していくような処理を指します。
選択肢1
語や定型表現を直接教えるのはボトムアップ的な活動。
トップダウン処理とは逆に、個別の言語形式がどのような意味なのかを把握して最終的に全体の理解へとつなげていく活動です。
選択肢2
文型を直接導入するのはボトムアップ的な活動です。まず個別の言語形式に焦点を当てて指導しているので。
選択肢3
映像を見せて説明することなく状況を把握させています。「推測」にかかわる活動はトップダウン的な活動です。
選択肢4
個別の言語形式を指導しているのでこれはボトムアップ的な活動。
答えは3です。
問5 語用論的転移
語用論的転移とは、母語の語用論的知識を転移することです。
例えば、私が中国語を勉強し始めてた頃… 知り合いくらいの中国人に対して出会い頭に「天气真好啊(天気いいね)」って挨拶代わりに言ってました。でもこれは中国語において語用論的に不適切。中国語母語話者には不自然な会話に聞こえていると思います。私は中国語でも日本語と同じく天気の話をするだろうと思ってそう言ったんですが、中国語ではそのようなルールはありません。中国語では「吃饭了吗(ご飯食べた?」などとご飯について言及するのが適当です。
このように母語の語用論的知識が転移したことによって不自然になったものを探しましょう。
選択肢1
これは過剰般化の例。文法的な規則を適用できない領域にも過剰に適用することによって起きる言語内エラーの一種です。
ナ形容詞の過去を表す形式は「(静か)ではない」で、これをイ形容詞に適用すると「安いではない」などとなってしまいます。
選択肢2
コミュニケーション・ストラテジーの回避です。自分の言語能力が不足しているときに生じるコミュニケーション上の問題を乗り越えるため、可能形という使い慣れない言語形式を回避して、より簡単で自信がある「動詞+ことができる」を選択しました。
選択肢3
語用論的転移の例。
たとえば中国語では「要吗?(欲しいですか、要りますか)」という言い方があります。これをそのまま直訳して日本語で言うと、特に誰かに物を勧めるような場面では語用論的に不適切になりがち。日本語では「欲しいですか」「要りますか」ではなく、「これはどうですか」みたいな言い方をして勧めるのがより自然です。
これが答え。
選択肢4
ある語をその語の使用範囲よりも広く使うことを「過大般用」と言います。例えば、扉、門、ドアは全部入り口にあって開けるものなので、それらを一様にドアと呼んだりとかする例が挙げられます。相手に関係なく習った尊敬語を使うというのも過大般用っぽい
したがって答えは3です。
コメント
コメント一覧 (7件)
こんにちは。今年の日本語教育能力検定試験を受けようと勉強している者です。毎日ブログ拝見させて頂いてます。どのサイトよりも分かりやすく、勉強が楽しくなりました。本当にありがとうございます。これからも参考にさせて頂きます!
>めいさん
コメントありがとうございます!
お気づきの点、または何か疑問点ありましたらコメントください。できる範囲でお答えします。
はじめまして
試験勉強の参考として利用させていただいています。
丁寧にまとめられており、とてもわかりやすいです。
ありがとうございます!
令和元年度の試験Ⅲの問題10、問5の選択肢4ですが、
言語発達期の「過大汎用」に少し似ているのかなと思いました。的外れな意見でしたら、すみません汗
>清水さん
過大般用、初めて知りました!
確かにこれに似ていますね。貴重なご指摘ありがとうございます。
初めまして、日本在住の中国人です。
今年検定試験にチャレンジするため、解説を参考させていただいています。とてもわかりやすく勉強になります。ありがとうございます。
>ZOU MEIさん
こんばんは、コメントありがとうございます!
何か疑問等ありましたら、いつでもコメント、ご連絡ください。
問4のトップダウン処理とボトムアップ処理を説明する表中の「演繹的」と「帰納的」の解説は逆ではないでしょうか?