6月8日(土)から音声学の短期講座がはじまります。

トートロジー(同語反復)とは?

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トートロジー(tautology)

 「AはAだ」に代表されるような「仕事は仕事だ」「私は私」「よそはよそ、うちはうち」などの、あるものを同一のもので示す表現トートロジー(tautology)、あるいは同語反復と言います。トートロジーは論理学から言えば「A=A」であって真です。例えば、算数の「2+3=」という問題に対して「2+3=3+2」と答えたら、実際は紛れもなく「A=A」であって真なんですが、にかかわらず先生はバツをつけるはず。だってその答え方には何の意味もないから。でも自然言語には「仕事は仕事だ」のように真である表現が現れ、それにバツをつける人は普通いません。それは「2+3=3+2」とは違って意味があるからです。

 (1) 仕事は仕事だ。
 (2) 騙されるほうも騙されるほうだ。
 (3) よそはよそ、うちはうち。
 (4) 私は私。
 (5) あることにはある。
 (6) ダメなことはダメ。
 (7) そのときはそのときだ。

 上に示したのは「AはAだ」文型のトートロジーです。日本語には名詞句、代名詞、人称代名詞、動詞、形容詞、副詞のトートロジーがありますが、「英語には名詞句以外のトートロジー構文はあまりない」(古牧 2012)そうです。これ以外にも、「彼は、社長は社長だが、全く偉ぶらない」のような「AはXはXだ」文型もあります。

無意味に陥らないトートロジー

 典型的な名詞述語文「AはBだ」は普通、AとBを同定したり、AをBによって定義・説明するときに使います。主語を言葉足らずに陥ることなく説明するためには述語で何か新しい情報を述べなければいけません。(このような定義文は主語に対して説明をする表現だからトートロジーではない)

 (8) 田中は私たちのリーダーです。
 (9) 地球は太陽系の第三惑星です。

 でも、「AはAだ」の形をとるトートロジーはAをA以外のもので説明するわけではなくAで説明していて、新しい情報を述べていません。新しい情報を述べていないということは本来無意味になるはずなのに、実際は「仕事は仕事だ」のようなトートロジーを無意味だと思う人はまずいません。トートロジーは典型的な名詞述語文が示す情報構造のそれとは違います。瀬戸(1997)は、トートロジーは「『AはA』において、Aの意味がAの意味であってA以外の意味ではないという確認がときに必要になる」と述べています。同じ意味を繰り返すことは逆に「まさしくAだ」とか「A以外はありえない」といった主張につながり、無意味に陥らないということですね。

 (10) それはそれ、これはこれ。
 (11) 時間が時間だから、ごめんなさい。
 (12) ないものはない。

トートロジーと協調の原理

 トートロジーと聞いて思い出すのが協調の原理だったので、それについて少しまとめます。

 グライスは言外の意味を「会話的推意(conversational implicature)」と名付け、それがどのように生み出されるのかを説明するために、その基盤となるものとして協調の原理(cooperative principle)を提唱しています。協調の原理には下位規範として量の公理、質の公理、関係の公理、様態の公理の4つの会話の公理があります。このうち、トートロジーと関係するのは量の公理です。量の公理とは、簡単にいうと「必要とされている情報量を与えろ。情報量が少なくてもよくないし、余分でもよくない」みたいな会話に働く一種のルールです。ところがトートロジーはこの量の公理にあきらかに違反しています。

 (13) A:彼は人を殺したけど情状酌量の余地があると思う。
     B:犯罪者は犯罪者だ。

 例えば(13)の「犯罪者は犯罪者だ」は「A=A」の当たり前のことを言ってるようだけど無意味じゃないです。わざと量の公理に違反することで「犯罪者であることには変わらない」のような特定の会話的推意を生み出し強調しようとしています。逆に言うと、その会話的推意を表現したいがためにわざと量の公理をやぶっています。

 (14) A:新しく来た新人さん、めっちゃ良い人だった。
     B:どんなふうに?
     A:とにかくめっちゃ良い人でさ。

 ほかにも、(14)は「めっちゃ良い人」を反復していて量の公理に違反しています。これによって「新人さんは良い人だ」ということを強調しようとしたり、あるいは「詳しく言う必要がない」とか、「良い人ではなかった」という皮肉を会話的推意として表そうとしています。

 語用論の観点から言えば、トートロジーは当たり前のことを言って明らかに量の公理に違反することで逆に違反していないことを伝え、会話的推意を生み出す表現といえます。

参考文献

 小泉保(2001)『入門 語用論研究-理論と応用-』35-48頁.研究社
 古牧久典(2012)『認知言語学論考 No.10』「トートロジー構文から迫る認知語用論」1-67頁.ひつじ書房
 瀬戸賢一(1997)『認識のレトリック』 64-71頁.海鳴社
 山岡政紀・牧原功・小野正樹(2018)『新版 日本語語用論入門-コミュニケーション理論から見た日本語-』37-53.明治書院




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