令和2年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題10解説
問1 自然習得環境
教室習得環境と自然習得環境についての問題。教室で指導を受けて第二言語を学んでいく場合と、教室以外のところで誰かに指導を受けることなく母語話者と接して第二言語を学んでいく場合とではその習得に差が出るというのは第二言語習得における定説です。詳しくは「自然習得と教室習得について」をご覧ください。
選択肢1
言語形式の正確さをより重視するのは教室習得環境。先生がいるから誤りは訂正されます。
選択肢2
簡単なものから難しいものに移行していくのは教室習得環境の特徴です。教師は易しいものから順番に提示していくから。
自然習得環境だと教室のような体系的な指導が全くないので、簡単とか難しいとかの区別なく場面が現れます。
選択肢3
これが自然習得環境の特徴です。教室ではその課の内容にしか触れることができませんが、自然習得環境だと様々。銀行に行けば銀行、コンビニに行けばコンビニの日本語などに触れられます。
選択肢4
これは教室習得環境の特徴で、いわゆるIRF/IRE型。教室では教師による発話(Initiation)→学習者の応答(Response)→評価/フィードバック(Evaluation/Feedback)の談話形式がよく現れます。自然習得環境ではまず現れない談話構造です。
教 師 : Aさんの趣味は何ですか?
学習者A : 趣味はマラソンします。
教 師 : 違います。「趣味はマラソンです」ですよ。
したがって答えは3です。
問2 プロンプト
以下は訂正フィードバックの分類です。訂正フィードバックは2つの視点から次のように分類されます。
一つは誤りの存在を明示するかどうか。はっきり明示するタイプは明示的フィードバックで、会話の流れを保ったまま自然な応答の中でさりげなく訂正するタイプを暗示的フィードバックと言います。
もう一つは正用を提示するかどうか。訂正フィードバックの中で正用を提示し、学習者に正用のインプットを与えるタイプをインプット誘発型、正用を提示せずに学習者にアウトプットを半ば強制させながら学習者自身に訂正をさせるタイプをアウトプット促進型(プロンプト)と言います。
プロンプトは学習者に正用を示すことはせずに、自己訂正を促すようなフィードバックです。
暗示的 | 理解確認 | 学習者の発話に対して、自分の理解を述べ、正しいかどうかを確認する。 | 正用を提示インプット誘発型 |
リキャスト | 間違っているところだけを正しく言い直して学習者に提示する。 | ||
明確化要求 | 言っていることが理解できなかったことを伝え、言い直させる。 | 正用は提示せず自己訂正を促すアウトプット促進型(プロンプト) | |
繰り返し | 間違っている発話全体や間違っている部分をそのまま繰り返す。 | ||
明示的 | メタ言語的フィードバック | 文法を説明したり、情報を与えたりして間違っていることを教える。 | |
誘導 | 途中まで文を与えるなどして、正しい言い方を引き出す。 | ||
明示的訂正 | 間違いがあることを指摘し、正しい言い方を提示する。 | 正用を提示インプット誘発型 |
選択肢1
正しい言い方を示すのはインプット誘発型で、プロンプトではありません。
また、正しい言い方を示すと効果的かどうかは学習者の特性によります。この選択肢は間違い。
選択肢2
学習者:富士山はとてもきれかったです。
教 師:「きれい」はナ形容詞ですよ。
学習者:①あっ、そうですね。とてもきれいでした。
②学習者: …?
上の会話例は正用「きれいでした」は提示せず、メタ言語的フィードバックによって自己訂正を促すプロンプトです。①において学習者は「きれいでした」と正しく言い直したのでプロンプトの効果はありました。しかし②のようにもし無言だったら… 学習者が正しく言い直すことができなかったのでプロンプトの効果はなかったということになります。
プロンプトは自己訂正を促すタイプの訂正フィードバックなので、自己訂正がなされなかった場合は効果なし。この選択肢は間違い。
選択肢3
学習者の言語能力を超えた誤りはどんなフィードバックであってもなかなか難しいのでは。文法説明をしても伝わらなくて分からないし、ほのめかしても気づかないし。
選択肢4
学習者:富士山はとてもきれかったです。
教 師:「きれい」はナ形容詞ですよ。
学習者:あっ、そうですね。とてもきれいでした。
この学習者にとって既習の「きれい」が正しく使えず「きれかった」と言ってます。対して教師は「きれい」の品詞を説明して訂正(プロンプト)しました。その後学習者はナ形容詞の活用規則に則って「きれいでした」と正しい言い方を産出しています。
プロンプトは既に学んだことに特に有効で、逆に学んでいないことは自己訂正ができないので使いにくくなります。この選択肢が答え。
答えは4です。
問3 フォーカス・オン・フォーム
言語形式と意味・機能の何に焦点を当てて指導するかはこれまでの外国語教育の歴史の中で様々紆余曲折がありました。
はじめは文法訳読法、オーディオ・リンガル・メソッドに見られるように言語形式に焦点を当て、とにかく文法的な正しさを重視していました。しかしそれだと実際のコミュニケーションがあまりできなかったので、言語形式ではなく言語の意味・機能に焦点を当てた指導を行うコミュニカティブ・アプローチなどの時代が来ます。ところが今度はかえって言語形式がおろそかになってしまい、どっちつかずに。その後、意味・機能に焦点を当てつつ、必要があれば言語形式も指導するタスク中心の教授法などが出てきます。
この問題を解くにあたって覚えておきたいのは以下。
〇言語形式に焦点を当てる指導はフォーカス・オン・フォームズ(FonFs)
〇意味・機能に焦点を当てる指導はフォーカス・オン・ミーニング(FonM)
〇意味・機能に焦点を当てつつ、必要があれば言語形式にも焦点を当てる指導はフォーカス・オン・フォーム(FonF)
1 言語形式と意味を同時に重視するのはFonF
2 文法について話し合う? つまり言語形式重視ってことでFonFsかな。
3 意味を重視するのはFonM
4 文法項目を重視するのはFonFs
答えは1です。
問4 過剰般化
過剰般化とは、文法的な規則を他のところにも過剰に適用することによって起きる言語内エラーの一種です。
子どもが「得意じゃない」の意で「とくくない」などと言うことがありますが、これは過剰般化の例。ナ形容詞「とくい」に対してイ形容詞否定形の規則「~くない」を適用したことにより誤りです。
選択肢1
字形をちゃんと識別できていなかっただけの誤り。
選択肢2
母語や他の言語に言い換えてコミュニケーションをどうにか成立させようとするコミュニケーション・ストラテジーの一種。
選択肢3
五段動詞の末尾が「む」「ぶ」「ぬ」で終わるものには撥音便が生じます。
噛む → 噛みて → 噛んで (撥音便)
結ぶ → 結びて → 結んで (撥音便)
死ぬ → 死にて → 死んで (撥音便)
「泳ぐ」はイ音便化して「泳いで」が正しいんですが、この学習者は撥音便化して「泳んで」と言ってます。あるルールと別のところに適用しちゃう、これが過剰般化です!
選択肢4
似た別の語で表現したり、新しく語を作ったりしてなんとかコミュニケーションを成立させようとするコミュニケーション・ストラテジーの一種。言い換えです。
答えは3です。
問5 誤りの定着化
選択肢1
先生が間違った指導をし続けるとそれが正しいと思っちゃうので、誤りは定着化します。訓練上の転移と呼ばれます。
選択肢2
その通りです。
日本語も「強い雨」というから英語も同じだろうと思って “strong rain” と言うと誤りになります。正しくは ”heavy rain” 。母語の知識は誤りの定着化に関わります。
選択肢3
音声面にも文法面にも、誤りはどんな方面にも起きます。
例えば日本語母語話者は英語の r が言えないから、 r の発音をするときに一貫して音声面の誤りが生じたり。文法面の誤りは選択肢2などのようなこと。
誤りが起きれば定着化も起きる可能性があります。
選択肢4
どんなレベルでも誤りの定着化は起きます。
したがって答えは2です。
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