平成23年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題7解説
問1 「誤用」の捉え方
この問題は第二言語習得研究のおおまかな移り変わりを問うています。大きく分けると、対照分析の時代、誤用分析の時代、中間言語分析の時代と移り変わってきました。
まず対照分析では、目標言語と母語の共通している部分は習得しやすく、異なる部分は習得しにくいと考えられていたので、二つの言語の類似点や相違点を見出そうとする研究が盛んになりました。これが対照分析です。しかし対照分析が進むと、学習者の誤用の中には確かに母語の影響を受けた音韻的な誤りもありますが、母語とは関係なく起きる文法的な誤用のほうがむしろ多いことが明らかになり、学習者の誤りは目標言語と母語との違いから完璧に予測できないことも分かりました。それに加え、距離が遠いはずの中国語と日本語の間では誤りの数が少なく、言語間の距離と誤りの頻度も一致しないという研究結果も得られています。こうした背景から、学習者の誤用そのものを分析しようとする誤用分析が主流になりました。ところが誤用分析にも問題が。そもそも学習者が自分ができない、自信がないと思った言語形式を回避したりすることがあって誤用が表に出てこないこともあります。表に出てこないと誤用研究のしようがありません。誤用だけを研究したとしても、誤用は学習者が産出した言語のごく一部なので学習者の能力の全体像が分かりません。さらに、誤りが言語間の誤りなのか言語内の誤りなのかはっきり区別することもできませんでした。こういう経緯があって、1970年代半ばには誤用も正用も一緒に分析しようとする中間言語分析が主流になりました。これらを簡単にまとめるとこんな感じ。
変遷 | 研究対象 | 誤りに対する考え方 |
---|---|---|
対照分析 | 目標言語と学習者の母語の違いを研究する | 誤りは排除するもの! |
誤用分析 | 学習者の誤用を研究する | 誤りは絶対生じるもの!誤りを繰り返して上達していく |
中間言語分析 | 学習者の中間言語(interlanguage)の発達を研究する |
1 これは対照分析の考え方。一番昔の考え方だから間違い。
2 これは対照分析の時代にあったオーディオ・リンガル・メソッドの考え方
3 誤用分析や中間言語分析の考え方で、近年の考え方
4 学習者の誤用を教育文法研究に? なにいってんの
答えは3です。
問2 非文
非文とは、文法的(音韻的、形態的、統語的)に誤りがあるために、どのようなコンテクストにおいても間違いになる文のことです。
選択肢1
イ形容詞「おいしい」と「と思う」の接続に「だ」は不要です。統語的に誤っているのでこの文は非文。
選択肢2
この文には音韻的、形態的、統語的な誤りは見られないので非文ではありません。
ただし、田中さんが目上の場合は要注意。目上に「話せますか」と能力を問うのは不適切になることがあります。これは語用論的な問題であって、非文とは関係ありません。
選択肢3
「陳さんと」を倒置したわけですが、これは話し言葉において許されます。これは非文ではありません。
選択肢4
この文には音韻的、形態的、統語的な誤りは見られないので非文ではありません。
ただし、普通は恩恵を表して「手伝ってくれました」と言ったほうがいいかもしれません。それは語用論的な問題です。
答えは1です。
問3 語用論的な適切さに関わる誤用
ここでいう語用論的な適切さに関わる誤用とは、文法的には正しいものの、特定のコンテクストにおいて不適切な表現になる誤用のことを指します。
選択肢1
日本語では通常この場面で「すみませんが」などの謝罪の一言を言うんですが、この学生は言ってません。また、場合によっては代替案を提示することも求められますが、それもしていません。非文ではありませんが、特にこのコンテクストにおいては不適切です。これは語用論的に不適当。
選択肢2
目上に対しては「手伝ってあげますよ」ではなく、「手伝います」「手伝いましょうか」などのより丁寧な言い方をしたほうがいいです。
しかしこの発言自体は相手が先生だから不適切なのであって、別に目下相手だったら許容されます。すなわちこの文は非文ではなく、語用論的に不適当。
選択肢3
「私にとって」というべき。統語的な誤りが見られるので非文です。
選択肢4
予定を聞くにしても「来ないつもりですか」だと詰問調になってしまうので、相手が目上だと気を付けなければいけません。
文法的な誤りはありませんが、語用論的な誤りが見られます。
答えは3です。
問4 ローカルエラーとグローバルエラー
ローカルエラーは意味が分かる程度の軽微な誤り、グローバルエラーは意味が分からなくなるほどの重大な誤り。各選択肢の誤りが意味が分かるかどうか見ていきます。
1 | 「に」だと与え手が「田中さん」になるし、「が」だと受け手が「田中さん」になってしまいます。この格助詞の混同は文の意味を大きく変えてしまうのでグローバルエラー | 「行っただろうから」と「行っただろうので」は前者だけが正しいですが、「から」も「ので」も同じく理由を表せます。その点でいうと意味が分かるのでローカルエラー |
---|---|---|
2 | 「かばん」を「高低低」と発音しても「低高高」と発音しても他の語と一切被らないので、どちらも「かばん」の意ではないかと予想できます。意味は伝わるのでローカルエラー | 「そうですか」を上昇調でいうと疑問になり、下降調でいうと納得などの意味になります。イントネーションが異なると意味が変わるので、この種のエラーはグローバルエラー |
3 | 「日本にたくさんある」と「日本でたくさんある」の「に」と「で」はどちらも場所を表します。意味は伝わるのでローカルエラー | 「書きてください」は意味が伝わるローカルエラー |
4 | 「つくえ」と「つぐえ」はどっちも「机」と聞き取れるのでローカルエラー | 「こにちは」と言えば「こんにちは」に聞こえるのでローカルエラー |
答えは2です。
問5 ロールプレイにおける、その場で訂正を行わない理由
ロールプレイ中に学習者が誤用を産出したとしても、その瞬間ロールプレイを止めたりすることはありません。なぜならロールプレイは正しい表現を使うことよりも、言語を使って課題を完遂することが目標だからです。とりあえず課題を完遂させて、そのあとに先生がフィードバックを入れるのが普通です。
答えは3です。
問6 コミュニケーション・ストラテジー
コミュニケーション・ストラテジーという言葉が出てきてます。これはコミュニケーション中に何か問題が起きたとき、その問題を切り抜けるための作戦のことです。一応分類があるので、詳しいことは「コミュニケーション・ストラテジーの分類」をご覧ください。コミュニケーション・ストラテジーには Avoidance(回避)というものがあります。これは意味が分からない単語を使わないようにしたり、意味が分からない会話を途中でやめたりするストラテジーです。これが下線部Eにあたります。
1 これが答え
2 コード・スイッチングは会話の中で同じ人が言語を切り替えて話すこと
3 コミュニケーション・ストラテジーに「省略」はありません。
4 スタイルシフトは、同一場面で同一話者がことばの丁寧さの度合いを切り替える現象
答えは1です。
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