6月8日(土)から音声学の短期講座がはじまります。

異音の分布について(対立的分布、相補分布、自由変異)

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異音の分布について

 ある言語の音素を認定し、その音素異音の関係を探るためには、その異音がどのような音声環境(phonetic environment)に現れるかという異音の分布(distribution)を調べる必要があります。異音の分布は対立的分布、相補分布、自由変異の3つがあります。

対立的分布、対立分布(contrastive distribution)

 特定の言語で同じ音声環境に現れる複数の音が、互いに入れ替えたときに意味を弁別する場合、それらの音は別々の音素に属すると判定します。例えば、日本語には次のような単語があります。

 (1) 滝(たき) [tɑki]
 (2) 柿(かき) [kɑki]

 2つの単語には [ɑki] があり、それに [t][k] のどっちが前接するかによって意味が弁別されています。[t] が前接すれば「滝」に、[k] が前接すれば「柿」になります。それぞれの意味を弁別するのはたった一つの音 [t] と [k] だけ。このように、2つの音が同一の音声環境に現れ、かつ互いに入れ替えると意味も入れ替わるような関係対立的分布(contrastive distribution)といいます。対立的分布をなす音はそれぞれが別々の音素に属すると判定されるため、上記の例からは次のような日本語の音素が設定可能です。

 なお、(1)(2)のように一つの音だけが異なり、かつ異なる意味を持つ2語のことをミニマルぺア(minimal pair)と言います。

相補的分布、相補分布(complementary distribution)

 特定の言語で類似する複数の音が全く異なる音声環境にしか現れない場合、それらの音は同じ音素に属する条件異音(conditioned variant)と判定します。例えば、日本語の撥音などが良い例です。

 (3) 進歩(しぽ)  → [ɕimpo]
 (4) 反対(はたい) → [hɑntɑi]
 (5) 筋肉(きにく) → [kiɲɲikɯ]
 (6) 参加(さか)  → [sɑŋkɑ]
 (7) 缶(か)    → [kɑɴ]

 撥音は書けば全部「ん」なので、一般に日本語母語話者にはこれらの「ん」は全て同じものだと認識され、同じ音素に属するものとして扱われます。しかし、実際に発音してみるとそれぞれ違っています。(3)のように「ん」の後ろに両唇音が来れば [m]、(4)のように歯茎音が来れば [n]、(5)のように硬口蓋音が来れば [ɲ]、(6)のように軟口蓋音が来れば [ŋ]、(7)のように後続音がなければ [ɴ] で発音されているのです。「進歩」の「ん」は [m] で発音されますが、これが [n] や [ɲ] などに置き換わることはありません。その他の「ん」についても同様で、別の異音に置き換えることはできません。ある異音が現れる音声環境に別の異音が現れず、その逆もまた現れない、そんなふうに一方の音の分布が他方の音の分布と重ならないような関係相補分布(complementary distribution)と言います。相補分布の関係にある音は同じ音素に属する異音ですが、それぞれ現れる条件が異なるため、条件異音(conditioned variant)と呼ばれます。

自由変異(free variation)

 特定の言語で同じ音声環境に現れる複数の音が、互いに入れ替えたときに意味を弁別しない場合、それらの音は同じ音素に属する自由異音(free variant)と判定します。

 (8) 雨具(あま) → [ɑmɑgɯ]
 (9) 雨具(あま) → [ɑmɑŋɯ]

 例えば「雨具」という語で考えてみます。語尾の「ぐ」の子音を軟口蓋破裂音の [g] で発音したのが(8)、いわゆる鼻音化したガ行音の軟口蓋鼻音 [ŋ] で発音したのが(9)です。この2つの音は同じ音声環境に現れていますが、互いに入れ替えたとしても意味に変わりはありません。つまりこれらの音は同じ音素に属する異音と言えます。このように、同じ音声環境に現れ、両者を入れ替えても意味が分からないような関係自由変異(free variation)と言います。自由変異の関係にある異音はそれが現れる条件は特段ないため、自由異音(free variant)と呼ばれます。

異音の分布まとめ

分布 定義 音素と異音の関係
対立的分布 同じ音声環境に現れて
入れ替えると意味が変わる
別々の音素に含まれる異音
相補分布 同じ音声環境に現れない 同一の音素に含まれる異音
自由変異 同じ音声環境に現れて
入れ替えても意味が変わらない
同一の音素に含まれる異音

参考文献

 城生佰太郎(2008)『一般音声学講義』189-191頁.勉誠出版
 菅原真理子(2014)『朝倉日英対照言語学シリーズ3 音韻論』7-14頁.朝倉出版




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