6月8日(土)から音声学の短期講座がはじまります。

隣接ペアの拡張とは?(挿入連鎖)

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隣接ペアの拡張(adjacency pair expansion)

 時間に沿って並ぶ最小の連鎖である隣接ペアは、それをベースとして隣接ペアと関連する発話や連鎖を生じさせることがあり、より大きな連鎖のまとまりを形成することがあります。これを隣接ペアの拡張(expansion)と言います。拡張が生じることができる位置は、ベースとなる隣接ペアのFPPの前、FPPとSPPの間、SPPの後の3つ考えられ、FPPの前に生じる拡張を前方拡張、FPPとSPPの間に生じる拡張を挿入拡張、SPPの後に生じる拡張を後方拡張と呼びます。

前方拡張(pre-expansion)

 (1) 01 学生: 明日午後はご都合いかがですか?       (Pre-FPP)
     02 先生: 4時から5時の間なら研究室にいると思います (Pre-SPP)
     03 学生: では (.) 午後4時にまた伺いますがいいですか (Base-FPP)
     04 先生: 分かりました (1.0) 4時ですね        (Base-SPP)

 隣接ペアのFPPが発される前に、そのための様々な準備を行うために生じる拡張を前方拡張(pre-expansion)、もしくは先行拡張と言います。例(1)においては、03行目で明日午後4時に伺ってもいいかどうか[質問]をし、04行目でその[応答]がなされる前に、01行目で明日午後の予定を伺う[質問]と、02行目でそれに対する[応答]が見られます。01行目と02行目は[質問]-[応答]の隣接ペア、03行目と04行目も[質問]-[応答]の隣接ペアですが、2つの隣接ペアはそれぞれ独立しているわけではなくお互い関係しています。つまり、01行目と02行目の隣接ペアで得られた情報を踏まえて、03行目と04行目で予定のすり合わせが行われているということです。このように、ある隣接ペアを行う前提条件が整っているかどうか調べるための隣接ペアを前置き連鎖(pre-sequence)といい、この連鎖における第1成分を前置き連鎖FPP(Pre-FPP)、第2成分を前置き連鎖SPP(Pre-SPP)と言います。

挿入拡張(insert expansion)

 (2) 01 学生: 先生 (.) トイレに行ってもいいですか? (Base-FPP)
     02 先生: あと5分我慢できますか?       (Ins-FPP)
     03 学生: (.) 無理そうです           (Ins-SPP)
     04 先生: 行ってきてください          (Base-SPP)

 隣接ペアのFPPとSPPの間に生じる拡張を挿入拡張(insert expansion)と言い、この種の拡張によってベースFPPとベースSPPの間に挿入される隣接ペア挿入連鎖(insertion sequences)と言います。例(2)においては、許可を求めている01行目に対してすぐさま応答することなく、どのようなSPPを返すか決めるための必要な情報を得るために02行目で挿入連鎖が開始されています。挿入連鎖は「ベースFPPに発見された問題を解決するもの」と「ベースSPPをどう返すかを決めるための準備をするもの」(平本 2017:97)の2種類あります。

 挿入連鎖における第1成分は挿入連鎖FPP(Ins-FPP)、第2成分は挿入連鎖SPP(Ins-SPP)と言います。

後方拡張(post-expansion)

 隣接ペアのSPPの後に生じる拡張を後方拡張(post-expansion)、もしくは後続拡張と言います。この種の拡張は、最小限の後方拡張と、最小限でない後方拡張の2種類に分けられます。

最小限の後方拡張

 (3) 01 A: 飲み物もらってもいい? (Base-FPP)
     02 B: いいよ         (Base-SPP)
     03 A: ありがとう       (SCT)

 ベース隣接ペアの第1成分、第2成分に続き、その後の第3の位置でベース隣接ペアの連鎖を閉じるように働く最小限の後方拡張を最小限の後方拡張と言います。ベース隣接ペアの連鎖を閉じるように働く第3要素(sequence closing third:SCT)はベースSPPの後に置かれ、全体として「Base-FPP+Base-SPP+SCT」の三成分で連鎖が形成されます。例(3)では、01行目で許可を求める連鎖を開始し、02行目でそれに応じていますが、03行目で「ありがとう」とSPPの内容に対する感謝を行い、隣接ペアと関連するような連鎖を展開しています。03行目はそれ自体に新たな連鎖を展開する働きはなく、ベース隣接ペアの連鎖を閉じるように働いているSCTです。

最小限でない後方拡張

 (4) 01 A: 電話は何時まで受け付けてますか? (Base-FPP)
     02 B: くじまで受け付けております    (Base-SPP)
     03 A: ろくじですか?          (Post-FPP)
     04 B: いえ (.) くじです         (Post-SPP)

 ベースSPPの後の発話それ自体がベース隣接ペアの内容と関連する新たな隣接ペアのFPPとなっており、その後に適合するSPPを要求するような後方拡張を最小限でない後方拡張と言います。この種の後方拡張はベース隣接ペアの後ろに内容的に関連する隣接ペアが後続するため、全体として「Base-FPP+Base-SPP+Post-FPP+Post-SPP」という連鎖が形成されます。例(4)では、01行目と02行目で隣接ペアをなしていますが、その後の03行目でベース隣接ペアの内容と関連する連鎖として、「ろくじですか?」と聞き返す修復を開始しています。03行目はそれ自体が[質問]のFPPであることから、聞き手にそれに対応するSPPを要求し、04行目の発話が産出されます。最小限でない後方拡張は、会話参与者の間で生じた何らかの不調和を解決する目的で後方に拡張されます。

参考文献

 平本毅(2017)「連鎖組織」『会話分析入門』89-頁.勁草書房
 高木智世(2016)「連鎖の組織と優先組織」『会話分析の基礎』109-140頁.ひつじ書房




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