新一万円札を「渋沢」と呼ぶ日が来るか?

 この間、渋沢栄一の新一万円札を「諭吉」と呼んでる人を見かけました。新一万円札にはもう諭吉は書かれてないけど、福沢諭吉が描かれている一万円札は、調べたら1984年から2023年まで刷られてたみたいです。実に40年近くもの間使われ続けていたので、1万円札=諭吉というイメージが定着してるんですね。

 それでいうと、旧五千円札を「樋口」って読んだり、旧千円札を「夏目」とか「野口」って呼ぶ例は聞いたことがないような。こういう表現は紙幣に書かれている人物で紙幣を指しているのでメトニミーという比喩の一種ですけど、メトニミーって私たちにとって目立つものを参照点として、それを経由して隣接するものを指そうとします。例えば道案内するときは、「あそこの銀行を右に」とか「あそこの交差点を左に」とか、銀行や交差点のような目立つものを参照点にして案内しようとするけど、よっぽど馴染みが無い限りは「あそこの石垣を右に」とか「あそこのマンホールを左に」みたいなことは言わないです。紙幣の中では一万円に書かれている人物が最も目立つから、一万円だけが「諭吉」というメトニミーを獲得したのかもしれません

 とはいっても今後渋沢の一万円札が使われ続けると、新一万円札を「諭吉」と呼べなくはなってくると思いますし、むしろもう呼びにくくなっているかもしれません。あるいはキャッシュレスが進んで新一万円札自体も見かけなくなってくれば、それを「渋沢」と呼ぶ日は来ないかもしれません…

 こういうメトニミーが日本の「諭吉」だけでなく、世界の紙幣でも見られるかどうか研究してみると面白そうですね。どなたか卒論のテーマとしてどうでしょうか。




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