「慢就是快」(遅さは速さ)という言葉を最近聞いて、まったく矛盾してんじゃんって思って調べてみたら、「NO.20:终于理解了【慢就是快】 – 知乎」のサイトである人がこのことばの解釈を説明してくれてました。簡単に翻訳します。 →撞着語法
この人はプラトンの『国家』を読んだときの気づきから「慢就是快」の理解を述べてます。
『国家』を読み始めて最初の100ページはすごく面白くて自分の中でいろいろ考え込んだりしましたが、だんだん読み進めるのが難しくなって辛くなってきました。そのうち考え方が変化して、行間もそんなに狭くなくて400ページほどしかないから一日で読み終えようと計画することに。朝から読み始めて午後3時になったころには半分読み終えたけど、読み終える目標を達成するためにはペースを上げる必要があり、それ以降読みスピードをあげました。自分の中の理解度が下がっていくのを感じましたが、「これは哲学書だから理解しにくのは当然だ」と理由をつけて、そうして自分を欺くなかで読むスピードはどんどん上がり、ほとんど読み飛ばし、10秒で1ページを読み終えるくらいにまでなってました。夜9時になって本を読み終えると、重荷が降りたような安堵感と喜びを感じましたが、その喜びは2分しか続きませんでした。机に座って、1日かけて読み終えたこの本を見ながら自分に「この本が言ってることは何だった? どのくらいの内容を自分は覚えてる?」と問いかけたら、頭の中は空っぽでまるで読んでなかったかのようで、そんな自分に恐怖を感じました。長い間、このような速読を行うことで「私はちゃんと勉強している」という満足感を得てきましたが、これがたくさん本を読んだのに役に立たないと感じる原因かもしれません。
根本的な原因は「急ぎ」の性格にあります。何かをするときにスピードを求めすぎた結果、質を落としてしまう。この成功や利益を得ようと焦っている(急功近利)心理状態は多くの時間とエネルギーを無駄にして、労力は大きいけど効果は少ない(事倍功半)状態になります。ある人が「慢就是快」と言いました。最初聞いた時は矛盾してると思いましたが、今は理解できるようになりました。「遅さ」は心的態度のことで、ゆっくりとした心の状態が物事の効率を保証します。読書でいうと、読み進めるたびにしっかり意味を理解することです。こうすると1冊の本を読むのに3、4倍も時間がかかるかもしれませんが、その収穫は速読よりも何百倍、何千倍も多いです。これが「慢就是快」の意味です。遅く見えるほうが最終的には先にゴールにたどり着くのです。
とっても分かりやすかった。
数日前に池井戸潤の「七つの会議」という映画を見たんですが、その中でもノルマ至上主義で目先の利益利益っていう動きをした結果、最後は不良品売ってたことがばれてリコール、会社もつぶれそうなくらいまで追い詰められました。なんだかそれを思い出しました。

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