6月8日(土)から音声学の短期講座がはじまります。

令和5年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題6解説

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令和5年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題6解説

問1 行動中心アプローチ

 行動中心アプローチという用語は今回はじめて聞きました。今のところこれに関する参考文献にあたってないので詳しいことは分かりません。いったん後回し。

 答えは3です。

 

問2 真正性

 ここで言われている真正性とは、その活動が現実の言語使用状況をどれだけ反映しているかの度合いのことです。例えば、「役所の書類に必要な情報を書き込もう」みたいな練習をするとして本物の書類(コピーなどでも)を用意してそれに書かせたら、現実の場面で使うものを活動に取り入れているので真正性が高いです。ここで教師が作った架空の書類に書かせたら真正性は低くなります。

 1 メール普通はキーボードを使って書きます。手書きでやるのは真正性が低い
 2 ドラマの会話を書き起こす? そんな活動は現実の場面で行われないので真正性が低め
 3 現実場面に近い状況をロールプレイで生み出していますが、モデル会話を使うことで真正性が低くなってます
 4 これが答え。ニュースを見て映像などで内容を理解するのは、現実場面でもニュースを見る人なら全員やってること。真正性が高い活動と言えます。

 答えは4です。

問3 日中同形語

 日中同形語とはその名の通り、日本語と中国語の漢字のうち同じ形のものを指します。例えばよく挙げられる例として日本語の「手紙」は中国語の「手纸」があり、後者はトイペのことを指す点で比較されます。同形だと学習者は同じ意味だろうと思い、言語間の距離が近いものだと思い込みます。そうすると転移が生じる可能性が高まります。しかし日本語の「手紙」と中国語の「手纸」は同形でありながら意味が違います。そこで負の転移が起こり誤りが生じるわけです。
 (ここでいう「同形」は完全同形ではなく、ざっくり同形と呼べるというレベルの同形を指します。)

選択肢1

 中国語母語話者は初級の段階で有声音と無声音の弁別がしにくい傾向が見られます。例えば「ありがとう」を「ありがどう」と言ったりします。
 「たいがく」を「だいがく」と有声化して発音するのは中国語母語話者に見られそうな誤りです。
 しかしこれは「退学」という語が原因で生じているのではなく、有声・無声で対立しているか、有気・無気で対立しているかという音韻体系が異なることによる誤り、すなわち音韻に関する負の転移による誤りです。
 この選択肢は間違い。

選択肢2

 これが答えです。
 中国語では、例えば教室で先生に質問するときに「老师我有问题(先生質問があります)」と言い、先生も質問があるか聞くときに「有问题吗(質問がありますか)」と言います。一方、何か事態にトラブルがあったり、正常じゃない状態にも「问题」が使えます。例えば「他身体有问题(彼の身体は問題がある)」など。
 一方、日本語の「問題」は何か事態にトラブルがあったり、正常じゃない状態のときにしか使えません。先生に質問があるときに「先生、問題があります」と言うことはできません。
 この選択肢の学習者は、「問題」と「问题」は日中同形語だから意味も同じだろうと踏んでます。そして「問題がある」と言ってます。その表記が同形であることを原因とした語彙の領域に関する負の転移です。この選択肢は答えです。

選択肢3

 「一人」の読み方が「ひとり」だと知らなかっただけ。
 これは言語間エラー(負の転移)ではなく言語内エラー。「一人」の読み方についての勉強不足による誤り。
 この選択肢は違います。

選択肢4

 「効」と「效」は確かに日中同形語ですが、意味は同じなので意味的な誤用は生じません。
 表記に関する負の転移は見られますけど。

 答えは2です。

問4 帰納的アプローチ

 新しい学習項目を教えるとき、どうやって教えるかを帰納的アプローチ演繹的アプローチの2つに分ける見方があります。

 帰納的アプローチは、まず教師がたくさん例文を提示して学習者に文法規則を発見させるプロセスをとります。教師は直接文法規則を教えたりはしません。あくまで学習者に気づかせるようにします。例えば、テ形を導入するときに次のように辞書形とテ形を提示したとします。

 掘 - 掘って
 勝 - 勝って
 買 - 勝って

 これを見た学習者は「る」「つ」「う」で終わる動詞はテ形で「って」になるんだ、という規則を発見できるかもしれません。先生はそういう発見をさせようと頑張ります。

 一方、演繹的アプローチは、教師がまず文法規則をちゃんと教えて、それから教えた文法規則を用いて練習をしたりします。テ形の例でいえば、まず「る」「つ」「う」で終わる動詞はテ形で「って」になりますよーって教えてから、じゃあ「狩る」は? 「知る」は? みたいな練習をさせます。

選択肢1

 これが帰納的アプローチの記述。答えはこれです。
 教えられるよりも自分で気づいたほうが記憶に残りやすいのはよく知られています。

選択肢2

 帰納的アプローチは分析的に文法を理解できますけど、モチベーションが高められるとするは言い過ぎ。
 帰納的アプローチが好きな学習者もいれば、文法規則先に教えてよみたいな演繹的アプローチが好きな学習者もいます。その好き嫌いによってモチベーションの高低が生まれるんじゃない?
 この選択肢は間違い。

選択肢3

 帰納的アプローチは文法説明をしませんので、文法説明にかける時間が短くて済むみたいな指摘はあたりません。
 この選択肢は間違い。

選択肢4

 帰納的アプローチは文法の説明をしないから、用意するのは文法の説明方法だけという内容は矛盾してます。
 この選択肢は間違い。

 答えは1です。

問5 社会と接点を持てるような具体的な課題

 「社会と接点を持てるような具体的な課題」ってのもなんだか… Y先生抽象的なアドバイスするなあ。

 1 国際交流団体との接点があるから適当
 2 これだけ新聞の要約文を書くだけで社会的な接点がない
 3 SNSとの接点があるから適当
 4 友人との接点があるから適当

 答えは2です。




コメント

コメント一覧 (6件)

  • 問1の行動中心アプローチは、「言語を用いて何をするか・何ができるのか」に焦点が当たっているので、文法が先に来ることはないと考えます。なので、文型というよりはある場面やタスク(課題)における日本語を中心に指導していくと私は捉えたので「3」にしたのですがいかがでしょうか…
    長文失礼しました💦

  • 1年間 このサイトをテキストにさせていただき本当にお世話になりました。
    解説が明確でいつもスッキリさせていただき
    ありがとうございました。

    速報で採点してひゃ~と悲鳴を上げているところです。(×が多くてへこみ中です)

    試験Ⅲ問題6 日中同形語 tuì//xué動詞 退学 を選んでしまいました。
    中国語は有声無声の区別がないため たいがくを だいがくと読むかもしれないと
    深読みしてしまいました。ひねりすぎましたか? 
    試験Ⅲ 難しかったです。知らないことばかり・・・😢

  • 私もこの試験を受けるまでは過去問の確認は基本的に先生のサイトを使用させていただきました。

    問3ですが、「質問がある」は中国語でよく「有问题」で表しています。これを日本語に直訳すると、「問題がある」になります。実際、学生から言われたりします。「一人」も答えになりそうで迷いましたが、あまり「いちにん」と間違えないような気がしまして、私は2を選びました。

    • 同じくです。2を選択しました。この問3は、ちょっと問題があるような気がします。
      「中国の観光地について話すことができる」という目標で「語彙を確認する」際に「日中同形語に注意する」とあります。
      中国語では、日本語の質問を問題といいます。そこで、中国人の学習者が「質問があります」という意味で「問題があります」と誤る可能性は十分あると思ったのです。
      「日中同形語に注意する」とは、日中同形語であるため同じ形なのに意味の異なる語彙を使用することに注意するという意味ではないでしょうか。「問題」は日本語にも同じ形の言葉がありますが、中国語での意味は「質問」なので、これらを取り違えると意味が通じなくなります。ただ、このことは中国語を学んでいないと知らないかもしれないため、そんなことを正答にするかなぁ、という疑問はあります。
      4の「効」と「效」はまさに同形語ですが、意味が同じなので問題は置きないように思います。でも、日本人にとってはよくわかる間違いですね。
      そういう意味で、この問3は、少し問題があるなぁと感じた次第です。(シャレではありませんw)

  • 「行動中心アプローチ」は2021年10月の文化審議会国語分科会「日本語教育の参照枠」報告中で示された用語だそうです:
    報告原文9ページの該当部分を以下引用します:

    「言語教育観の三つの柱

    ○ 「日本語教育の参照枠」では、6ページのとおり、言語教育観として三つの柱を挙げており、全ての指標はこの考えに基づいて示されている。
    1 学習者を社会的存在として捉える。
    2 言語を使って「できること」に注目する。
    3 多様な日本語使用を尊重する。
    ○ この三つの言語教育観の柱は、CEFRにおいて、社会的存在(social agents)、部分的能力(partial competences)、複言語主義(plurilingualism)として示されている概念を参考にしつつ、日本語教育の文脈から捉え直したものである。
    ○ これら三つの概念を基盤として、CEFRは、行動中心アプローチ(action-oriented approach)を示している。行動中心アプローチとは、多様な背景を持つ言語の使用者及び学習者を、生活、就労、教育等の場面において、様々な言語的/非言語的な課題(tasks) を遂行する社会的存在として捉える考え方のことである。
    ○ 行動中心アプローチにおける言語教育の目標とは、言語の使用者及び学習者がそれぞれの社会で求められる課題を遂行できるようになることである。したがって、学習者は、文法や語彙の難易度、言語活動間のバランスにかかわらず、課題を遂行するために必要な事柄から学ぶことができる。」

  • 念のため行動中心アプローチのオリジナルも引用しておきます。翻訳も載せましたが、私は英語が全くできないのでgoogle翻訳に任せました。すみません…

    The action-oriented approach
    (https://www.coe.int/en/web/common-european-framework-reference-languages/the-action-oriented-approach)

    The action-oriented approach is rooted in a constructivist paradigm and takes task-based learning to a level where the class and the outside world are integrated in genuine communicative practices. In addition, the approach emphasizes learner agency.
    The action-oriented approach promotes the organization of learning through realistic, unifying scenarios, which span several lessons and lead up to a final collaborative task/project.
    Action-oriented scenarios are usually developed through steps which involve communicative activities of reception, production, interaction, and the mediation of concepts and/or communication, inspired by CEFR descriptors. The final phase of the scenario is the collaborative production of an artefact or performance. Learners decide how to accomplish the task/project; teachers provide language input, resources, and support to class, group or individuals as required.
    There is a focus on autonomy and authenticity of materials, topics and practices. Learners may use sources in various languages and work in a plurilingual way. Self-assessment of results with selected descriptors is quite common.
    “Common European Framework of Reference for Languages: Learning,teaching,assessment. Companion Volume with New Descriptors”

    行動中心アプローチ

    行動中心アプローチは構成主義パラダイムに根ざしており、クラスと外の世界が、真のコミュニケーション実践を通じて統合されることを目指して、課題ベース学習を採用します。 さらに、このアプローチでは学習者の主体性が強調されます。
    行動中心アプローチは、現実的で統合されたシナリオを通じて学習の組織化を促進します。シナリオは複数のレッスンにまたがり、最終的に共同作業/プロジェクトにつながります。
    行動中心アプローチのシナリオは、通常、CEFR Can do記述文に従い、概念やコミュニケーションの受信、生成、対話、インタラクションといったコミュニケーション活動を含むステップを通じて開発されます。シナリオの最終段階は、成果物やパフォーマンスの共同制作です。 学習者はタスク/プロジェクトを達成する方法を決定します。 教師は、必要に応じて、クラス、グループ、個人に言語インプット、リソース、サポートなどを提供します。
    そこでは資料、トピック、実践の自主性と信頼性に重点が置かれています。 学習者はさまざまな言語のソースを使用し、複数言語で学習することができます。 選択したCan do記述文を使用して結果を自己評価することが一般的です。

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