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令和5年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題1(15)解説

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令和5年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題1(15)解説

(15)「については」の用法

 他動詞の対象は通常「を」で表されますが、複合格助詞「について」も同じく他動詞の対象を表すことができます。

 (1a) 豚肉のレシピ調べます。
 (1b) 豚肉のレシピについて調べます。
 (2a) 少子化問題話し合います。
 (2b) 少子化問題について話し合います。

 「について」を用いることで対象としての「レシピ」「少子化問題」の意味合いを強めています。このことから「を」に言い換えられるかどうかで各選択肢を見る方法がまず考えられます。

 1 ✕この案件、恐らく問題ありません。
 2 ✕講演会の会場、まだ設営が終わっていません。
 3 ✕この度の納品、ご迷惑をお掛けいたしました。
 4 〇その容疑者の身辺、現在調べを進めています。
 5 ✕こちらの商品、皆様にご好評いただいております。

 選択肢4は「を」に言い換えられましたが、それ以外はできませんでした。選択肢4「~について」は他動詞「調べを進める」の対象を表す複合格助詞のようです。順序としては、「その容疑者の身辺を」の「を」を同じく対象を表す「について」に変えて、さらに「その容疑者の身辺について」を主題化して「その容疑者の身辺については」としたのが選択肢4です。

 したがって答えは4です。
 うーん、これはむずい。

この問題の本質をもっと

 選択肢4以外は「を」に言い換えられなかったんですが、じゃあなぜ「を」に言い換えられないのかを見ていきます。

主題と主題化について(簡単に)

 選択肢4以外の「~については」は単に主題を表す形式と考えられます。まず主題や主題化について簡単に説明します。

 (3) 私が 8時に 買い物に 行きます。 (無題文)
 (3a)私は 8時に 買い物に 行きます。 (「私が」を主題化)
 (3b)8時には 私が 買い物に 行きます。(「8時に」を主題化)
 (3c)買い物には 私が 8時に 行きます。(「買い物に」を主題化)

 (3)のように主題の「は」などがない文を無題文と言います。無題文に含まれる成分のうち、「私が」を主題化して「は」をつけたのが(3a)、「8時に」を主題化したのが(3b)、「買い物に」を主題化したのが(3c)です。これらは主題を表す形式「は」があるので有題文と言います。有題文はその内部に主題を含みます。その主題は”今話していることはこれだよ”という標識になっていて、たとえば(3a)の文は「私」について話していて、(3b)は「8時に」について話しています。

 ここでは主題を表す代表的な形式として「は」を挙げていますが、「について」も主題を表す形式です。

主題化する前は何だったかを考える

 主題がある有題文には、それに対応する主題がない無題文が存在します。(3a)(3b)(3c)に対する無題文は(3)です。このとき、(3a)の「私は」は元々「私が」だったこと、(3b)の「8時には」は元々「8時に」だったこと、(3c)の「買い物には」は元々「買い物に」だったことに注意してくだささい。つまり主題を表す形式は元々別の何かだった、ということです。

 各選択肢を見てみて、主題を表す「については」がもともと何だったかを考えてみましょう。

 1 この案件、恐らく問題ありません。
 2 講演会の会場、まだ設営が終わっていません。
 3 この度の納品、(皆様に)ご迷惑をお掛けいたしました。
 4 その容疑者の身辺、現在調べを進めています。
 5 こちらの商品、皆様にご好評いただいております。

 選択肢1、2、3、5は「が」で、選択肢4は「を」にできました。これらの文は主題を表す形式がない無題文です。「について」がもともと何だったかを考えても選択肢4だけ違うことが分かります。

まとめると…

 選択肢1は「この案件、恐らく問題ありません。」の「この案件」を主題化して「この案件については、恐らく問題ありません。」となっています。

 選択肢2は「講演会の会場、まだ設営が終わっていません。」の「演会の会場」を主題化して「講演会の会場については、まだ設営が終わっていません。」となっています。

 選択肢3は「この度の納品、(皆様に)ご迷惑をお掛けいたしました。」の「この度の納品」を主題化して「この度の納品については、ご迷惑をお掛けいたしました。」になっています。

 選択肢4は「その容疑者の身辺、現在調べを進めています。」の対象を表す「」を、同じく対象を表す「について」に変えて「その容疑者の身辺について、現在調べを進めています。」とし、さらに「その容疑者の身辺について」を主題化して「その容疑者の身辺については、現在調べを進めています。」としています。

 選択肢5は「こちらの商品、皆様にご好評いただいております。」の「こちらの商品」を主題化して「こちらの商品については、皆様にご好評いただいております。」になっています。

 1 ガ格名詞句を「については」で主題化
 2 ガ格名詞句を「については」で主題化
 3 ガ格名詞句を「については」で主題化
 4 「を」を「について」に変えて、「について」名詞句を主題化
 5 ガ格名詞句を「については」で主題化

 したがって答えは4です。




コメント

コメント一覧 (10件)

  • 「ついては」の「は」をとっても文が不自然にならない、ということで4番を選びました。文法上どうなのか、という説明はできませんが・・。

    • >玉井真理子さん
      ありがとうございます! 4ですか。貴重なご意見です。3だと思って推測したり、4だと思って推測したりしてるうちに分かるかもしれないので…

  • こんばんは
    1・案件
    2・会場
    4・容疑者の身辺
    5・商品
    具体的に存在するものを指しています
    3・納品
    これは「活動」なので、答えは3ではないでしょうか

  • 私は、2の『象(について)は、鼻が長い』型を直感で選びました。
    (他は『象の鼻(について)は、長い』型)
    実はかなり自信があったんですが、これは「ーについては」の性質とは関係ありませんね…

    「性質」については、

    3のみ「理由」(謝罪などの意思表示)で、他は「限定叙述」と捉えるほうがいい様です。
    『中上級)日本語文法ハンドブック』p.26,『(くろしお)日本語文型辞典』p.446等です。
    例文はどちらも「改装中につき、休ませていただきます」(のような文章)でした。

    • >キキさん
      参考文献までありがとうございます。こちらで確認してみますね!
      ご協力ありがとうございました。

  • 「N については」の用法を文献に基づいてまとめました:

    A)典型例:Nが限定的な叙述そのものである場合
      
      「費用の点については心配ない。だが、そのほかの点で不安がある。」
          『現代日本語文法5』p.232

    B) 非典型:Nが単なる主題であるが、後件で限定している場合

      「新製品については、田中部長が説明します。」
          『現代日本語文法5』p.232

    C) 不適格:Nが単なる主題で、後件で限定せずNの性質、出来事を述べる場合

      「この新製品については、かなり高価だ。」
          『現代日本語文法5』p.233

    D) 例外文:Nが理由となり、後件で謝罪、意思表示をする場合

      「改装中につき、しばらくお休みさせていただきます。」
          『日本語文型辞典』p.446

    選択肢3がタイプD(例外文)として、もっとも性質の異なる用法です。
    が、
    選択肢4は最も適格な例文であり、
    2も立派な非典型文として他と性質が異なります。
    さらに、選択肢1,5は不適格文であり、他と性質を異にします。
    (しかも1,5はどう考えても非文とは思えない…)

    どう考えたらいいのか途方に暮れております…

  • 確かに選択肢4は「純粋提題」で、「ついて」をはずすと非文になります。
    つまり「主題(≒主語)」として「述語(他動詞)」と相対してしまいます:
    他の選択肢は「単なる主題」で、すべて問題なく「ついて」を外せます。
        
     その容疑者の身辺{については 〇 / は X}、現在調べを進めています。
     この案件{について 〇 / は 〇}、恐らく問題ありません。

    しかし、これはあくまで後件述語の性格(動詞他動性の高さ)によるもので、
    「については」の性格ではないと思います。

        講演会の会場{については / ?は}、現在調べを進めています。

    それなら『日本語誤用辞典』p.559に従って「に関して」との対比をして、
    単なる主題ではなく、内容そのものに係るかどうかを考えてみると、

        この度の納品{については / に関しては ✕}、ご迷惑をお掛けいたしました。

    と、3のみが「納品に関連して謝罪」ではなく「納品それ自体の謝罪」ですので、
    もっとも「について」の特異性を表していると思います。

     

  • 1、2、4、5は、「については」→「は」と言い換え可能。
    3は、「この度の納品は、ご迷惑を・・」と言えないと思い、解きました。
    ただし、4は「その容疑者の身辺は・・」と言えるというと、微妙。

    また、3のみ、過去のことについて言っているでしょうか。
    いずれにしましても、感覚で解いて、3としました。

  • 視点を変えて、選択肢の5つの文章について日中韓英語による翻訳・反訳テストをしてみました。すると、選択肢3にのみノイズが出ました!もちろん文法的な知見はなく、あくまで運用上の傾向でしかありませんが…ご参考までに報告いたしますので、中国語・韓国語について是非ご意見を伺いたいと存じます:

    結論
    現実の日本語運用を膨大な機械学習データ(一日当たり5億件、1000語)から検証すると、選択肢3の用法は明らかに他の選択肢と異なり、形態素にない「理由」の含意を含み得る。

    試行結果
    『日语句型辞典』(p.579「について」項)によれば、「について」の用法は「ーについて 关于」と「ーの理由で 因」に大別される。そこでgoogle翻訳に全選択肢を翻訳させ、検証したところ「選択肢3」にのみ、日本語原文にない(超形態素的な)、「理由標識”对于”」が現れた。
       日 この度の納品については、ご迷惑をお掛けいたしました。
       中 ”对于”此次送货给您带来的任何不便,我们深表歉意。
       日 ->この納品「により」ご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げます。

    さらに当該日本語原文を英訳で確認した。
       英 We apologize for any inconvenience caused regarding this delivery.

    しかし韓国語訳については選択肢3を翻訳・反訳しても原文同様、理由含意のない出力を得た。
       韓 이번 납품에 대해서는, 불편을 끼쳐 드렸습니다.
       日 ->今回の納品については、ご迷惑をおかけしました。

    そこでさらに韓国語について難度レベルを上げ、すべての選択肢から「ついては」を外し、「に」のみ残して翻訳したところ、選択肢3のみ原文と違う文章を返した。
       日 この度の納品に、ご迷惑をお掛けいたしました。
       韓 ->이번 납품에 폐를 끼쳤습니다.
       日  ->この納品に、迷惑を掛けました。

    もちろん日本語文「この度の納品に、ご迷惑をお掛けいたしました。」は「この納品に対して、ご迷惑をお掛けしました。」と同義であり、韓国語訳と驚くほど一致している。以上より、選択肢3のみ「については」が理由の含意を含むことが中英翻訳文より推測され得る。また、韓国語の「について」運用は日本語と酷似しているように思われる。

    ところで、
    「この度の納品については、ご迷惑をお掛けいたしました」がなぜ「理由」なのでしょうか…私はこの3日間ずっとこの文章を見続けてきたからか、どうしても「理由」だとは思えなくなってしまいました!これは、「この納品に対して、ご迷惑をお掛けしました。」と言っていないでしょうか???

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