令和2年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題3解説

目次

令和2年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題3解説

問1 〇〇的な意味

 発話はある特定の状況において命題的意味とは異なる意味を持つことがあり、その意味は背景的知識によって決まることがあるそう。下線部Aとその前を読み込むとそのように書かれています。

 (1) 寒いですね(窓が開いているとき) → 窓を閉めてください
 (2) 寒いですね(扉が開いているとき) → 扉を閉めてください

 「寒いですね」は辞書的な意味だけを見ると、話し手がただ寒さを感じていることを表す意味を持っています。これを問題文では命題的意味と呼んでいます。しかし、窓が開いているという文脈でこの発話がなされた場合は命題的意味とは異なる「窓を閉めてください」などの意味を持つことがあります。同様に扉が開いているという文脈では「扉を閉めてください」などの意味を持ちます。
 発話は文脈(背景的知識)によって辞書的な意味(命題的な意味)以外の意味を持つことがあります。(1)(2)のように 辞書的な 意味と話し手が意図する意味が異なる発話間接発話行為と呼ばれます。

したがって   ア   に入るのは「辞書的な」。答えは2です。

問2 オースティンによる発話の分類

 選択肢1でもう解説してしまいましたが、下線部Aは間接発話行為です。辞書的な意味と話し手が意図する意味が異なるような発話を指します。

 【「お金を返せ」と言われた場面】
 (1) 返しません。     (直接発話行為)
 (2) 今お金がありません。 (間接発話行為

 (1)は辞書的な意味が「(お金を)返さない」、話し手が意図する意味も「(お金を)返さない」で一致します。辞書的な意味と話し手が意図する意味が一致する発話は直接発話行為と言います。
 一方(2)は一致しません。辞書的な意味は「今お金がない」を表し、話し手の意図は「(お金を)返さない」を表すからです。このような例が間接発話行為。

 ここまで分かるとこの問題は解けます。
 選択肢4「喉が渇いたなあ」の辞書的な意味は「喉が渇いた」で、話し手が意図する意味は「何か飲み物を飲みたい」です。辞書的な意味と話し手が意図する意味が一致しないので間接発話行為。答えは4です。

発話行為理論についてもう一歩

 興味がない方はここは飛ばして大丈夫です。ここでは発話行為理論についてもう一歩解説を加えます。

 発話行為理論を提唱したオースティンは文を事実記述文、遂行文の2つに分類しました。その文の意味が真か偽かで判断できる発話が事実記述文、それを発話した時点で常に真となる発話が遂行文です。

 (3) 雨が降っている。  (事実記述文) ※真偽で判断する
 (4) 懲役8年の刑に処す。(遂行文)   ※常に真

 遂行文は、それを発話する行為自体がその行為を行うことに繋がります。その機能は遂行文に含まれる遂行動詞(performative verb)が担っています。例えば(4)であれば「処す」がそうで、「処す」と発話することで処すことが決定されます。そこに真偽の判定は必要なく、常に真です。
 一方、事実記述文には遂行動詞などを含みません。

 遂行動詞等が含まれている遂行文はそれを発話することがその行為を行うことを表すので直接発話行為であり、間接発話行為ではありません。
 遂行動詞等を含まない事実記述文は、辞書的な意味と話し手が意図する意味が一致する場合と一致しない場合があるので、直接発話行為になることもあれば間接発話行為になることもあります。

選択肢1

 この文は遂行動詞等が含まれない事実記述文ですが、辞書的な意味と話し手が意図する意味はどちらも「水は100度で沸騰する」だから直接発話行為です。

選択肢2

 「呼ぶ」はそれを発話した時点で「命名」という行為を行うことを表す遂行動詞なので、この文は遂行文です。
 遂行文は直接発話行為です。

選択肢3

 「お詫びする」はそれを発話した時点で「謝罪」という行為を行うことを表す遂行動詞なので、この文は遂行文です。
 遂行文は直接発話行為です。

選択肢4

 この文は遂行動詞等が含まれない事実記述文です。辞書的な意味は「喉が渇いた」、話し手が意図する意味「何か飲み物を飲みたい」で2つは一致しません。これは間接発話行為です。

 したがって答えは4です。

問3 遂行動詞の分類

 オースティンは発語内行為を分類するために、発語内行為を担う遂行動詞の分類を行いました。各分類は最終的に弟子のサール(J.R.Searle)によって以下の5つに分類されています。ここには簡単にまとめるだけにしておきます。
 分類名の日本語訳は参考書によっても様々な呼び方がなされています。混乱しちゃうので以下には英語で書いておきます。

 assertives … 提案する、主張する、断言する
 directives … 依頼する、要求する、命令する
 commisives … 契約する、約束する、提案する
 expressives … 謝罪する、悔やむ、感謝する
 declaratives … 指名する、命名する、宣言する

 1 「断言する」は assertives なので間違い
 2 「命ずる」は directives なので間違い
 3 「約束する」は commisives なので間違い
 4 「感謝する」は expressives なのでこれが答え

 したがって答えは4です。

問4 比較文化の知識

選択肢1

 ベトナムは漢字を完全に廃止、韓国は制限していますが、元々漢字を使っていた漢字圏です。

選択肢2

 【友達に部屋を片付けてあげた場面で】
 (1) 部屋がきれいになったよ。
 (2) I cleaned your room. (私があなたの部屋を綺麗にした)

 友達に部屋を片付けてあげた場面においては、日本語では(1)のように自動詞的(なる的)に述べますが、英語では(2)のように他動詞的(する的)に述べます。同じ事態を描写しようとしても日本語は動作主を明示せず、英語は明示する傾向があります
 これが答え! 詳しくは参考文献をご覧ください。

 参考文献:徳永美暁(2006)「日本語におけるスル的・ナル的表現の語用」『学苑』793号.pp.14-25.昭和女子大学近代文化研究所
 参考文献:池上嘉彦(1981)『「する」と「なる」の言語学―言語と文化のタイポロジーへの試論』大修館書店

選択肢3

 人類学者ルース・ベネディクトの著書『菊と刀』では、西洋文化と日本文化を対比させ、日本を「恥の文化」、西洋を「罪の文化」と類型しています。
 この選択肢は間違い。

選択肢4

 これに関する本を知らないので良く分からないです。
 後回し。

 したがって答えは2です。

問5 指導上の留意点

選択肢1

 熟知している相手には「この問題は公式を使って解くよね?」と「よね」を使って確認します。「この問題は公式を使って解くよ」というと熟知していない相手に情報提供することになってしまいます。この選択肢は間違い。

選択肢2

 「ほんとにそうだ」みたいに「」を使うと情報共有を表します。この選択肢は正しいです。

選択肢3

 「ご苦労さま」は一般に目上から目下に使うものです。目上の労をねぎらうなら「お疲れ様でした」だからこの選択肢は正しいです。

選択肢4

 目上に対して「コンビニ行ってきますけど、何か飲み物を飲みたいですか」などと言うと失礼になってしまいます。「~たいですか」は目上には避けたほうがいいのでこの選択肢は正しいです。

 よって答えは1

 




コメント

コメント一覧 (2件)

  • 問4は選択肢2が適当なのではないでしょうか?
    「タテ社会の人間関係」は読んだことはありませんが、
    中根千絵は日本を「タテ社会」と見ているのでしたよね。
    でも日本は「場」の認識が強いです。
    「資格」「認識」というキーワードを使ってますが、選択肢4は中根千絵の言ってることとは少し違う気がします。
    http://watashinohondana.hatenablog.com/entry/2014/08/06/031312

    • 初めてコメントを送ります。先生のおかげで日本語の勉強を続けることができております。ありがとうございます。試験では、私も手拍子で選択肢4が正解と思いマークしました。しかし、後日、中根氏著書の解説等を読むと、日本はタテ社会で場を強く意識し、英米はヨコ社会で資格を重要視しているとあります。悔しいのですが、選択肢4は正しくないように思います。しかしもしそうなら、試験中のわずかな時間でこれに気づいた人は、普段から相当深く勉強しているんだなと感心いたしました。意地悪な問題ですね。

コメントする

目次