令和元年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題3解説
問1 様態副詞
この問題における様態副詞の定義は問題文中に「事態の開始とともに発生し、終了とともに消えるさまを表す」とあります。これに該当するものを探しましょう。
選択肢1
「濡れる」という事態の開始とともに「びしょびしょ」になって、「濡れる」という動作の終了とともに「びしょびしょ」ではなくなるわけではないので、この選択肢は間違い。びしょびしょに濡れた後も、びしょびしょという状態が残っています。
選択肢2
「渇く」という事態の開始とともに「からからに」なって、「渇く」という動作の終了とともに「からから」ではなくなるわけではないので、この選択肢は間違い。からからに渇いた後も、からからという状態が残っています。
選択肢3
「太る」という事態の開始とともに「まるまる」になって、「太る」という動作の終了とともに「まるまる」ではなくなるわけではないので、この選択肢は間違い。まるまると太った後も、まるまるという状態が残っています。
選択肢4
「舞う」という事態の開始とともに「ちらちら」になって、「舞う」という動作の終了とともに「ちらちら」ではなくなります。「ちらちら」は下線部Aが言うように、「舞う」という事態が発生している最中のみ生じている状態なのでこれが答え。
したがって答えは4です。
問2 漸次的な変化を表す動詞
問題文によると、程度副詞は感情・感覚を表す動詞と漸次的な変化を表す動詞に結びつくそうです。
ためしに各選択肢に程度副詞「とても」を接続してみます。
1 ◯とても喜ぶ(程度副詞+感情・感覚を表す動詞)
2 ✕とても眠る
3 ✕とても生まれる
4 ◯とても痩せる(程度副詞+漸次的な変化を表す動詞)
選択肢1と4が程度副詞に接続できましたが、選択肢1は感情・感覚を表す動詞であり、漸次的な変化を表す動詞ではありません。
選択肢4「痩せる」は漸次的な変化を表す動詞、つまり徐々に体重が現象していく様を表すのでこれが答え。
答えは4です。
問3 程度副詞が様態副詞と共起する例
程度副詞は主に状態性の語の程度を限定する副詞で「とても」「非常に」「たくさん」などのことです。その副詞が程度副詞かどうか判断するには「きれい」「多い」「深い」などの形容詞を修飾できるかどうかで判断できます。「ある」「いる」などの動詞も状態性の語なので、これらを修飾できる副詞も程度副詞です。
(1) とてもきれい。 (程度副詞)
(2) 非常に多い。 (程度副詞)
(3) たくさんある。 (程度副詞)
様態副詞は動きの様態を表す副詞で、その動きがどのように行われるのか、動きの結果どのようになるのかなどを表すものです。いずれにしても動きを表す動詞を修飾する点で簡易的に判別可能です。
(4) さくっと食べる。 (様態副詞)
(5) ざくざく切る。 (様態副詞)
(6) どんどん減る。 (様態副詞)
各選択肢の下線部の副詞が程度副詞なのか様態副詞なのか、上の基準をもって調べてみましょう。
状態性の語(主に形容詞など)を修飾できる場合は程度副詞と認定し、動きを表す動詞を修飾できる場合は様態副詞と認定します。
選択肢1
「どうか」は「どうかきれい」「どうか食べる」みたいに形容詞も動詞も修飾できないので、程度副詞でも様態副詞でもありません。これは話し手のモダリティを表している陳述副詞に分類されます。
「ゆっくり」は「ゆっくりきれい」と形容詞を修飾できないので程度副詞ではありません。「ゆっくり進む」のように動詞を修飾するので様態副詞です。
この選択肢は陳述副詞が様態副詞と共起している例なので不適当。
選択肢2
「かなり」は「かなりきれい」「かなり食べる」のように形容詞も動詞も修飾できます。この文における「かなり」は動きの様態(状態)である「きっぱりと」を修飾しているので程度副詞として機能しています。
一方「きっぱりと」は「きっぱりと断る」のように動詞を修飾できるので様態副詞。
この選択肢は程度副詞と様態副詞が共起している例なので適当。これが答えです。
選択肢3
「けっこう」は「けっこうきれい」「けっこう食べる」のように形容詞も動詞も修飾できますが、この文における「けっこう」は動きの様態(状態)である「すぐに」を修飾しているので程度副詞として機能しています。
「すぐに」は「すぐに決まる」のように動詞を修飾するので様態副詞。
この選択肢は程度副詞と様態副詞が共起している例です。これも答えでは?
選択肢4
「だんだん」は「だんだんきれい」と形容詞は修飾できず、「だんだんきれいになる」などと動詞を修飾することができます。このことから様態副詞だと分かります。
「ぽかぽか」も「ぽかぽかときれい」みたいに形容詞は修飾できません。「ぽかぽか」は「ぽかぽかする」と動詞を修飾できるので様態副詞。
この文は様態副詞が別の様態副詞と共起する例なので不適当。
公式の答えは2ですが、選択肢3も程度副詞と様態副詞に見えます。
問題不成立です。
問4 他の品詞から転成した副詞
選択肢1
「図る」には「真意を図る」のように、予測する、推し量るという意味があります。否定形「図らず」に「も」がついて「図らずも」となり、もともとの意味を引き継いで「予想していなかったさま」を表しています。動詞が転成して副詞になっているのでこれが答え。
選択肢2
「さん然」は「さん然と輝く」のように動詞を修飾する副詞です。この「と」は修飾するときに必要になる「と」で特に意味はありません。並列の意味も当然ありません。また、「と」は接続で現れる形式なのでこれをつけることを転成とは呼びません。品詞も変わるわけでもありません。この選択肢は全くの間違い。
選択肢3
「ある」の連用形は「あり」または「あっ」です。「あれ」ではありません。その点からして間違い。
基本形 | 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 | 命令形 |
---|---|---|---|---|---|---|
ある | あらあろ | ありあっ | ある | ある | あれ | あれ |
選択肢4
イ形容詞「やすい」に「た」が前接してイ形容詞「たやすい」となり、これの連用形が「たやすく」。
この形は「たやすく話しかけるな」みたいに動詞を修飾できることから見ても副詞として機能しますが、「たやすく」はもともとイ形容詞の活用形の一つなので品詞としてはイ形容詞。イ形容詞が副詞として働いているこの例は副詞ではなく、”イ形容詞の副詞的用法”と呼ばれます。純粋な副詞じゃないのでこうして区別します。この選択肢が錯乱肢。
したがって答えは1です。
問5 「急遽」
選択肢1
「急遽デートが決まった」や「急遽出張に行かなければならなくなった」のように、「急遽」はプラスでもマイナスでも使うことができます。
この選択肢は間違い。
選択肢2
口語で「急遽社長に呼ばれて行くことになりました」とか言えるし、もちろん文語でも使えます。
この選択肢は間違い。
選択肢3
正しいです。急遽は「予定外の事態や突然の出来事にただちに対処する」ことを表します。だから「急遽専務に呼ばれました」のように、何か急いで対処すべき用事があるような文脈でしか使えません。「急遽スマホを落としました」のように急ぎの用事がない場面では使えません。この選択肢Eにおいても、雨が降ったことは何か別に急いで対処することを表すわけではないので誤用。
「急遽」はこのような意味がありますよと先生は教えないと、学生は学ばないと選択肢Eのような誤用を産出してしまいます。これが答え。
選択肢4
「急遽」は漸次的ではなく、突発的、急激に事態が変化することを表します。
したがって答えは3です。
コメント
コメント一覧 (10件)
問3ですが、問題文に「様態副詞は~事態の開始とともに発生し、終了とともに消えるさまを表す」という定義が示されているので、それに合うのは2の「きっぱりと(断る)」の方であり、3の「すぐに(決まる)」は「(決まるという)事象が発生するタイミングを表す」のでこの定義に合わず脱落と考えました。
で、この根拠となる情報がないか探してみたのですが、「副詞的表現の諸相」(仁田義雄)という本[1]がヒントになりそうです。本当は買って読まないといけないのですが、すぐに見られる書評論文[2]と、本書を参考文献とする別の論文[3]から推察するに、本書は副詞を5種類(結果/様態/程度量/時間関係/頻度)に分類し、「様態の副詞」が問題文にあるような狭い定義となっており、それとは別に「時間関係の副詞」(事態がその中で存在するところの外枠である時間的なあり方という外在・外延的なものへの言及)という分類があるようです。日本語教育能力検定試験がこの立場に立っているとするならば、「すぐに」は「様態の副詞」ではなく「時間関係の副詞」に分類されると考えられます。
ちなみに、問1の選択肢「びしょびしょに」「からからに」「まるまると」も、この立場に立つと「結果の副詞」に分類されるはずで、「ちらちらと」だけが「様態の副詞」となり、明確に解答が決まるようになります。
[1] https://www.amazon.co.jp/dp/4874242545
[2] https://nitech.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1552&item_no=1&page_id=13&block_id=21
[3] https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=34869&item_no=1&attribute_id=17&file_no=1
(そんなこと知らねえよ!と言いたくなるところですが、自分の知識は一旦棚に上げて、純粋に本文の定義に従って考えればまあ解ける問題ではありますね。)
>Tomatoさん
25年度 試験Ⅰ 問題3Bの文章では副詞の分類についての記述があります。そこでは様態副詞、程度副詞、陳述副詞の3つが挙げられ、”これらとは別に、動きの量や人の量などを表す副詞を「量副詞」と位置づける場合もある”と書かれています。様態、程度、陳述は過去にも多く出題されていますので、この3つに大別されるという立場から出題しているのは間違いないと思います。量副詞については「これらとは別に」という表記があるので微妙ではありますが…。
ただし『日本語副詞の構造的多義』(児玉望)(http://lg.let.kumamoto-u.ac.jp/ariake/08-a-01.pdf)によると、これら3つの分類方法は”意味による分類”だそうです。そして仁田義雄の分類は”構文論的視点を取り入れた包括的な副詞分類研究”だそうで、Tomatoさんにコメント頂いたように、頻度の副詞、時間関係の副詞、様態の副詞、結果の副詞、程度量の副詞に分類されると書かれています。問題3の文章冒頭にある「意味的」が前者の分類、「形態論的」が後者の分類を指していると思われます。
ちなみに、過去には頻度副詞、結果副詞、時間副詞、文副詞という単語も選択肢として出題されています。頻度副詞、結果副詞、時間副詞とはそれぞれ仁田義雄の分類そのものなので、今回調べていた時に驚きました。検定試験はもしかしたらこの2つの立場から出題しているのだろうと考えています。なお、文副詞という単語はいくつかの論文で見られますが、どういうものかは私もよく分かっていません。
いずれにしても仁田義雄の分類がこの問題を解くヒントになりそうではありますね! 私の方でも精査してみたいと思います。貴重なご指摘ありがとうございました!
リプライありがとうございます!ほほう、なるほど、確かに問題文冒頭に「意味的、形態論的に~」とありますね!全然気づきませんでした。仮に、このように複数の観点があることを提示し、敢えて(馴染みの深い意味的な観点ではなく)形態論的な観点の方の話を展開していると考えると、2つの立場から出題している(過去の出題からそのように見える)ことが矛盾なく理解できます。そうだとすると、「形態論的な分類によると、様態副詞は~」のようにフォーカスを一言明示してくれればいいのに、そうしないのは意地悪だなぁと思います。(まぁそう書かれていたところで私には試験会場でそのココロを読み取れたとは思えないのですが、少なくともこのように答え合わせするときにまぎれがなくなり助かりますね。)
こちらも大変勉強になりました。ありがとうございました!
問題3に関して。過去の問題や児玉や仁田がどうということではなくて、
この問題の作者は、「様態副詞は、(中略)事態の開始とともに発生し、終了とともに消えるさまを表わす」と言い切っているわけですから、その考えにしたがうべきです。
つまり、選択肢3の「すぐに」は、事態の開始とともに発生し、終了とともに消えるさまを表わすものではないので、様態副詞ではないと判断すべきです。
>TAKATOEさん
コメントありがとうございます。
新試験になってからの過去8年間で副詞に関する出題は多くありましたが、いずれも様態副詞、陳述副詞、程度副詞の3分類から出題されたものでした。これは児玉望の意味による分類です。しかし今回はこの3分類からの出題ではないということが分かっています。問題文によると、「すぐに」は確かに様態副詞ではありません。では何の副詞に分類されるかということについては、どうやら仁田義雄の包括的な副詞分類がもとになっていると思われます。
過去に出題されたことのない分類方法から出題されていますので、この問題は今年度の試験問題の中では極めて異質です。今後の試験でも出題される可能性がありますので、解説をしている以上、このお二方の研究についても詳しくまとめなければいけないと思っております。
たびたびすみません。
問4に関して。「たやすく」は形容詞「たやすい」の活用形なのではないでしょうか。
>TAKATOEさん
返信遅れました。
解説は修正しました。問4選択肢4の説明はTAKATOEさんの内容を使わせていただきました。ありがとうございました!
選択肢3
「けっこう」は「けっこう多い」などと後ろに形容詞が来る程度副詞の用法もありますが、「けっこう食べた」などの動きの量を表す様態副詞(量副詞)の用法もあります。ここでの「けっこう」も「すぐに」を修飾しているので程度副詞です。
「すぐに」は「すぐに行く」などと後ろに動詞が来るので様態副詞です。
程度+様態だったら〇?
いつも参考にさせていただいています。ありがとうございます。
問4の根拠ですが、
2は『並列のと』、3は『あるの連用形に』が違うのではないかと考えましたが、いかがでしょうか?
あるの連用形は『あり、あっ』ではないかと思いますが…とは何なのかは私には分からないのですが、並列ではないような気がしました。
間違えていましたらすみません。
>noliさん
コメントありがとうございます。
ご指摘の内容からもう一度考えてみたのですが、noliさんの考え方が正しいと思います! 納得できたので、内容を拝借して解説とさせていただきました。
冷静に考えるとそうですよね… 並列の「と」なわけがないことにずっと気づきませんでした。本当にありがとうございました!