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隠喩(メタファー)とは?

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隠喩(metaphor:メタファー)

 隠喩(metaphor:メタファー)とは、抽象的な概念と具体的な概念との間に成り立つ類似関係、あるいはそのような類似性(similarity)に基づいて言語化された比喩のことです。

 (1) 目玉焼き(sunny side up)
 (2) 如果你的女朋友是个飞机场,你会分手吗?
     (もし彼女が飛行場なら、あなたは別れますか?)
 (3) 親父が蒸発した

 卵をフライパンに落として焼いた料理は、その見た目として周辺に白身、中心に黄身があり、これが人の「目玉」における白目、黒目の配置と類似しています。この類似性を用いて日本語では「目玉焼き」と名付けられています。このように隠喩(メタファー)はある事柄をそれに類似した別の事柄を用いて表現することで、喩えるものと喩えられるものは何らかの類似性によって結ばれています。日本語ではそのような料理を「目玉に似ている」と捉えていますが、英語では「太陽と似ている」と捉えたため、sunny side up と名付けられています。
 (2)における「飛行場」とは、中国のネットスラングで「貧乳」を指す語です。喩えるものである「飛行場」と喩えられるものである「貧乳」に間には起伏がない空間が一面に広がっているという類似性が認められます。これもメタファーです。

 (3) 気分が晴れない
 (4) 情報が漏れた
 (5) 大学は人生の夏休みだ。

 隠喩(メタファー)は、抽象的で捉えにくい概念を、具体的で分かりやすい概念を通して理解しようとする認知過程です。例えば、(3)は「気分」という抽象的な概念を「晴れ」「曇り」「雨」などの「天気」といったより身近で分かりやすい概念を用いて理解しようとしています。(4)は「情報」を液体とみなして「漏れた」と表現することで、情報がどのような動きをしたのか分かりやすくなっています。隠喩(メタファー)の理解は具体的で分かりやすい概念から、それに対応する抽象的で捉えにくい概念へとその一連の構造を移すこと(写像:mapping)によって成り立ちます。このとき、喩えるもの、すなわち具体的で分かりやすい概念領域を起点領域(source domain)、喩えられるもの、すなわち抽象的で捉えにくい概念領域を目標領域(target domain)と呼び、目標領域を起点領域を通して理解するという認知の仕組みのことを概念メタファー(conceptual metaphor)と言います。

 このように隠喩(メタファー)は、異なる概念領域(もしくはカテゴリー)を結ぶ写像による比喩です。

隠喩と文法現象

 抽象的で概念的な<コト>を具体的で物理的な<モノ>として見る隠喩(メタファー)の働きによって、日本語には次のような文法現象が観察されます。

 (6)a.山頂にいたった
    b.死にいたった
    c.合意するにいたった
 (7)a.家から出る。
    b.状況から見ても明らかだ。 (根拠)
    c.疲労から寝込む。     (原因・理由)

 (6a)は物理的な移動の着点が「山頂」であるのに対し、(6b)(6c)の「死」「合意する」は抽象的な移動の着点となっています。つまり、(6a)の物理的な移動を表す「いたる」がその本来の意味を保持したまま、抽象的な<コト>である「死」や「合意する」に写像され、「いたる」が意味的に拡張されています。<モノの移動>が<コトの移動>に拡張された例です。
 (7a)の「から」は物理的な移動の起点を表しますが、(7b)は根拠、(7c)は原因・理由を表します。これも<モノの移動>が<コトの移動>として扱われている例です。

一方通行な隠喩的写像

 異なる2つの概念AとBの類似性を利用したのが隠喩(メタファー)なので、「AはBと似ている」ということができます。これを逆にして「BはAと似ている」と言うこともできますが、その場合の写像の方向性まで逆にすることができるでしょうか。起点領域から目標領域に写像する、つまり分かりやすいことで分かりにくいことを喩えるのはできても、分かりにくいことで分かりやすいことを喩えるのは一般に難しいです。

 (8)  君は薔薇だ。
 (9) ?薔薇は君だ。

 抽象的で捉えにくいものである「君」を具体的で分かりやすい「薔薇」に喩えることで理解をしようとしたのが(8)で、(8)の起点領域である「薔薇」を目標領域に、目標領域である「君」を起点領域に入れ替えたのが(9)です。後者はやっぱり不自然。どういったものであるかを伝えるため、話し手も聞き手もよく知っている「薔薇」を引き合いに出して喩えているわけなので、その順序は変えられません。隠喩的写像は単方向性(unidirectionality)を有しています。

 (10) ? 君はフォルセティだ。(北欧神話の神)
 (11) ? 時は飛車なり。   (将棋の駒)

 また、分かりにくく馴染みのない概念を引き合いに出して喩えようとすると隠喩(メタファー)の効果を発揮しません。(10)は「君」を北欧神話の神「フォルセティ」で喩えていますが、「フォルセティ」がどんなものなのかをはっきり理解している人でなければ理解に苦しみます。(11)も「時」を将棋の「飛車」に喩えていますが、やっぱり「飛車」について知らなければ理解できません。仮に理解していたとしても、万人にあまり知られていないものを引き合いに出すと上手い喩えとは言えなくなってしまいます。起点領域の概念は抽象的で漠然としたものよりも、形のはっきりした具体的なもののほうが分かりやすいし、抽象的な経験よりも、自分の身体をもって経験できることのほうが分かりやすいです。隠喩(メタファー)は常に具体的で分かりやすい概念の知識構造を参照して、抽象的で分かりにくい概念を捉えようとします。

参考文献

 認知言語学なら↑がおススメ! あえて専門用語使わないで平易な言葉でまとめてる感じがすごいあって分かりやすいと思います。

 大堀壽夫(2002)『認知言語学』73-96頁.東京大学出版会
 谷口一美(2006)『学びのエクササイズ 認知言語学』51-81頁.ひつじ書房
 辻幸夫(2003)『認知言語学への招待(シリーズ認知言語学入門(第1巻))』140-142,168-173頁.大修館書店
 籾山洋介(2010)『認知言語学入門』35-43頁.研究社
 森雄一(2018)「第5章 レトリックはなぜ認知言語学の問題になるのだろうか?」『認知言語学とは何か-あの先生に聞いてみよう』89-94頁.くろしお出版
 吉村公宏(2004)『はじめての認知言語学』103-116頁.研究社




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