6月8日(土)から音声学の短期講座がはじまります。

語根創造とは?

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語根創造(root creation)

 それまでになかった新しい事物とか新しい概念に出くわしたとき、私たちはその事物を表す語を造り出して対応しようとします。こうした語の造り方は、2022年新語・流行語大賞の「きつねダンス」「てまえどり」などのように既存の語や形態素を利用する場合と、既存の語や形態素を全く利用しない場合に分けられます。この後者を語根創造(root creation)、あるいは語根創成と言います。大石(1988)は「既存の語のいかなる要素にも依存しないで新しく語が作り出されること」と述べてます。

 語根創造によって造られた語は、人の声や動物の鳴き声、自然界の音、動きの様態や状態などを感覚的に表した表現、いわゆるオノマトペや音象徴語がほとんどを占めます。言語記号である音声と意味の間には通常必然的な結びつきは認められません。例えば、日本語でリンゴのことをなぜ「リンゴ」と呼ぶのかには必然的な理由はないです。その裏付けとして英語では apple 、中国語では 苹果 と呼ぶから。もし必然性があるとすればどんな言語にも共通した音声が見られるはず。でもオノマトペは音声と意味の間にかなりの必然性が見られます。猫の鳴き声を日本語で「ニャー」と言うのはなぜかと言われたら、猫がそんな風に鳴くからとしか言えません。実際、日本語では「ニャー」、英語では mew(ミュー)、あるいは meow(ミャオ)、中国語では喵喵(ミャオミャオ)でかなり共通しています。言語によって多少音声が違うのは、そもそも猫の発声器官と人間の発声器官が違うこともあるし、聞いた音は各言語の音韻規則に基づいて模倣されるからですね。このあたりの多少の違いはしょうがない。「日本語では、今もかなり活発に擬音語・擬態語が生産される」(国立国語研究所 1985)そうです。

 (1) モー    (牛の鳴き声)
 (2) ハクション (くしゃみ)
 (3) ピンポーン (呼び鈴)
 (4) glimmer   (ちらちら光る)

オノマトペ以外の語根創造の例

 オノマトペ以外の語根創造の例はほとんどないようで、商品名、マンガ、流行語、文学作品にはたまに見られるようです。米川(1989)は『Dr.スランプ』のアラレちゃんが使うアラレ語の例を挙げてました。

んちゃ(こんにちは)
ホヨ(あれっ)
ホヨヨ(なんだこれ) …

 国立国語研究所(1985)は小説家 幸田文の作品に出てきたオノマトペを挙げています。

 「黄金は、かぽちゃりかぽちゃりと悠久な音楽をかなでて」 (『こんなこと』)
 「天も地もどぎどぎと光って」 (『夏の小品』)
 「父が又いかに私にぎこぎこ当ろうと」 (『こんなこと』)

 L.J.ブリントン,E.C.トラウゴット(2009)は、架空の存在が現れる空想小説では hobbit(ホビット) のような語根創造がよく見られると述べています。また、現代英語の語根創造の日常的例もいくつか挙げてます。

 quark  (クオーク)
 granola (グラノーラ)
 Kodak  (コダック)
 googol (グーゴル)

 Kodak(コダック)はいくつかの本を見たら共通して書いてました。これはカメラの名前らしく、Kodak で安価なカメラを指すようになったようです。ポケモンじゃなかったんだ。

チョコプラの「聞いたことない」シリーズ

 オノマトペとかを抜きにすると、音を適当に並べるみたいな機械的な操作をしない限り語根創造はそうそうできることじゃないです。例えば、チョコプラの「聞いたことない」シリーズのネタはご存知でしょうか。松尾さんが聞いたことない(存在しない)単語をたくさん言って長田さんが突っ込むお決まりの流れがあります。次の動画、「聞いたことないコンビニ ばかり紹介してくるやつ」を見てみてください。

 この動画の中で松尾さんが言った「聞いたことない」言葉はこのくらいあります。

 WethlyMart(ウェズリーマート)
 QUATTRO STORE(クアトロストア)
 CoolSPAR(クールスパー)
 マンスリーヤマムラ
 Chemical LAWSON(ケミカルローソン) ※ナチュラルローソンのもじり
 TAR(タール) ※タバコがいっぱいあるコンビニとの説明
 らいぶ  ※スーパー「ライフ」のもじり
 はなげや ※スーパー「いなげや」のもじり
 献上石田 ※スーパー「成城石井」のもじり
 サトーゴーカドー ※デパート「イトーヨーカドー」のもじり

 こうやってみると確かに聞いたことがないお店の名前ですが、「マート」「クアトロ」「クール」「マンスリー」などなど既存の語が含まれているし、あるいは既存の語をもじって「らいぶ」「はなげや」なんて言ったりしてるので、全くの無から生み出した語ではありません。これは語根創造の例ではなさそうです。

 新しい語を作るのはできても、語根を創造するのはかなり難しいことがここから分かります。ちなみに、新しい語が既存の語を本当に利用してるかどうかは、語そのものからは実際分からないです。松尾さんに聞いてみて、何かをもじったつもりもなく全く無から生み出したと言えばそれでようやく語根創造だ!と言えるんですけど、多くの場合、新造語は生み出した人が誰か分からないし、生み出した経緯も通常聞くことができないから。

参考文献

 大石強(1988)『現代の英語学シリーズ<第4巻> 形態論』235-240頁.開拓社
 国立国語研究所(1985)『語彙の研究と教育(下)』60-61頁.大蔵省印刷局
 米川明彦(1989)『新語と流行語』93-94頁.南雲堂
 L.J.ブリントン,E.C.トラウゴット(著)・日野資成(訳)(2009)『語彙化と言語変化』54-55頁.九州大学出版会




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