平成28年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題2解説
問1 主題
下線部Aの「主題になる」とは、主題化を指しています。例えば「祭りがA市で行われた」の格成分「祭り」を主題化したのが(2b)で、「A市」を主題化したのが(1c)です。主題がない(主として「は」がない)文を無題文というのに対し、無題文の要素を主として「は」などで主題化した文を有題文と言います。
(1)a 祭りがA市で行われた。 <無題文>
b 祭りはA市で行われた。 <有題文> 「祭り」を主題化
c A市では祭りが行われた。 <有題文> 「A市」を主題化
有題文にはそれに対応する無題文がある、という考えにしたがって、各選択肢をいったん無題文に直してみましょう。それで、無題文に含まれるどの要素が主題化したものかを考えてみます。
選択肢1
(2)a 誕生日になると母が私にケーキを焼いてくれた。 <無題文>
b 母は誕生日になると私にケーキをやいてくれた。 <有題文>
選択肢の文には「は」が含まれているので、この「は」を「は」以外の形にして無題文にしてみます。すると(2a)の文ができます。(2a)の文のうち、ガ格名詞である「母」は主題化したものが選択肢の文(2b)です。つまり「母」は無題文におけるガ格成分を主題化したものなので、下線部Aの内容に反します。この選択肢は間違い。
選択肢2
(3)a 少し高いが、新しいスマートフォンがよい。 <無題文>
b 少し高いが、スマートフォンは新しいのがよい。 <有題文>
無題文は(3a)だったと思われます。(3a)の「スマートフォン」を主題化したのが選択肢の文(3b)です。
無題文における「スマーフォン」は名詞句「新しいスマートフォン」に含まれる被修飾語「スマートフォン」だから、下線部Aの内容に反します。この選択肢は間違い。
選択肢3
(4)a ??? <無題文>
b あの笑顔は、何かいいことがあったに違いない。 <有題文>
選択肢の文(4b)に対応する無題文が作れそうにありません。つまりこの文は無題文の格成分あるいは名詞句を主題化して作ったわけではないと考えられるので、下線部Aの内容に合致します。この選択肢が答え。いわゆる「破格の主題」と呼ばれるやつ(野田 1996)。
選択肢4
(5)a 明日の会議で私が課長に報告しておきます。 <無題文>
b 課長には、明日の会議で私が報告しておきます。 <有題文>
無題文(5a)のニ格成分「課長」を主題化したのが選択肢の文(5b)です。ニ格成分を主題化しているのでこの選択肢は間違い。
よって答えは3です。
《参考文献》
野田尚史(1996)『「は」と「が」』くろしお出版
問2 「は」と「が」の使い分け
選択肢1
(6) 象は鼻が長い。
(6)みたいないわゆるハガ構文では単文内で「は」と「が」が共起します。この選択肢は間違い。
選択肢2
(7)a 私がケーキを8時に食べた。 <無題文>
b 私はケーキを8時に食べた。 <有題文> ガ格名詞を主題化
c ケーキは私が8時に食べた。 <有題文> ヲ格名詞を主題化
ガ格名詞を主題化するときに「が」の代わりに「は」が現れます。(7a)→(7b)。ヲ格名詞を主題化するときにも「を」の代わりに「は」が現れます(7a)→(7c)。だからこの選択肢がいう内容が間違い。「は」は「が」の代わりになるし、「を」の代わりにもなる。
選択肢3
(8)a 雨が降る。 <無意志動詞>
b 雨は降る。 <無意志動詞>
(9)a 私が寝る。 <意志動詞>
b 私は寝る。 <意志動詞>
(8)と(9)を見れば分かるように、無意志動詞でも意志動詞でも、その主語には「が」も「は」も使えます。この選択肢は間違い。
選択肢4
この選択肢の解説をここには書き切れないんですが、その一部を頑張って書きます。
従属節内で「は」が使えるかどうかは、従属節の主節に対する従属度によって異なります。具体的には、主節に対する従属度が低い引用節はその内部に「は」を持てますが、従属度が高い時間節などはその内部に「は」を持ちにくいです。ここでは引用節と時間節の例だけで「は」について見ます。以下は、下線部が従属節です。
(10) 彼は「私は結婚しない」と言った。 <引用節>
(11) タクシーが到着したら、すぐに家を出よう。 <時間節>
引用節(10)の従属節内には「私は」があり、「は」が使えています。引用節は主節に対する従属度が低いので、主節とは別の主題を持つことが可能です。一方、時間節(11)では主節内部に「は」がありません。仮に「タクシーは到着したら、すぐに家を出よう。」として従属節内部に「は」を置くと非文になってしまいます。この種の従属節は主節に対する従属度が高いので、主節とは別の主題を持つことができません。
従属節内で「は」が使えるかどうかは、確かに従属節の種類によります。もっというと、従属節の主節に対する従属度によります。
したがって答えは4です。
問3 主題を表す形式
選択肢1
(12) ケーキはどこ? ケーキなら冷蔵庫に入れておいたよ。
先行文脈の一部を引き継いで使う「なら」も「は」と同じく主題を表す標識です。その証拠に、(12)の「なら」は「は」に置き換えることができます。この選択肢が答え。
選択肢2
(13) うちの会社は年末なんかは特に忙しくなる。
(14) あいつなんかに負けてたまるか。
列挙用法(13)、軽蔑・軽視・謙遜の様相(14)はいずれも取り立てた名詞「年末」「あいつ」に対する主観的な評価を表しているとも言えます。この選択肢は主観と客観が逆です。この選択肢間違い。
選択肢3
(15) 私としては、賛成できません。
(16) 時間節とは、主節の事態が実現する時間を限定する従属節のことです。
(15)の「としては」は身分や立場を表すときに使う主題の形式です。言葉を定義する文の主題には使えません。言葉を定義する文の主題には(16)のように「とは」を用います。この選択肢は間違い。
選択肢4
(17) 彼ったらお金持ちなの。
「ったら」も主題を表す形式ですが、(17)の文には条件節が含まれていません。条件節でなくとも「ったら」を用いることができるのでこの選択肢は間違い。
答えは1です。
問4 無助詞化できるものとできないもの
適当に例文を作って、無助詞化できるかどうか見ます。
格助詞 | 例文 | 助詞なし |
---|---|---|
ト格 | ◯彼女と結婚する。 | ✕彼女結婚する。 |
ニ格 | ◯友達にあげる。 | ✕友達あげる。 |
ガ格 | ◯私が佐藤です。 | ◯私佐藤です。 |
ヲ格 | ◯アイスを食べる。 | ◯アイス食べる。 |
デ格 | ◯棒で殴る。 | ✕棒殴る。 |
カラ格 | ◯家から出発する。 | ✕家出発する。 |
これらの例文から「が」「を」「に」は省略できることが分かりました。ちなみに「に」は「先生に殴られた」のように省略できない「に」のときもあります。原則として、口語において省略できるのは「が」と「を」です。
だから答えは3。
問5 各言語における主題の表示手段とその用法
選択肢1
英語は確かに強弱アクセントだけど、英語に格成分を主題化する主題はないのでは?
選択肢2
その通りです。日本語も韓国語も語形変化する膠着語でどちらも助詞があり、また主題を表す助詞もあります。
選択肢3
スペイン語には助詞がないので間違い。
選択肢4
(18) 行李在哪儿?
A:行李在车里。
B:车里有行李。
中国語において主題を表す主題は語順です。例えば「行李在哪儿?(スーツケースはどこですか?)」と聞いた時の主題は文頭にある「行李(スーツケース)」なので、それに対する受け答えも「行李」を主語にして(18A)のように言わなければいけません。主題を引き継がずに(18B)のように言うのは語用論的に不適切です。このような文法現象は日本語でも見られます。「荷物はどこですか?」に対して「荷物は車の中です」というのは正しいですが、「車の中に荷物があります」と答えるのは不自然です。
中国語の声調は意味を弁別する機能を持つもの、いわゆるアクセントなので主題を表す手段ではありません。イントネーションは主題を表せる可能性がありますが、私は中国語学に詳しくないのでここは分からないです…
よって答えは2です。
コメント
コメント一覧 (9件)
独学で勉強していますので、先生の解説が、本当に助かっています。丁寧なわかりやすい解説を提示していただき、ありがとうございます。平成28年度の試験Ⅲ問題2問1の解説が、私には、よく理解できないので、もう少し詳しく教えていただけたらと思います。よろしくお願いいたします。
>kaoru Seikeさん
ご返信が遅れて申し訳ありませんでした。
この問題は、まずは各選択肢の主題を見つける必要があります。主題はその文で話し手が最も伝えたいことを表し、「~について言えば」と言い換えても意味が変わらないのが特徴です。
1 「母について言えば」と言い換えられるので、「母」が主題
2 「スマートフォンについて言えば」と言い換えられるので、「スマートフォン」が主題
3 「あの笑顔について言えば」と言い換えられるので、「あの笑顔」が主題
4 「課長について言えば」と言い換えられるので、「課長」が主題
そして下線部Aでは、格成分や名詞句は主題になると言っています。「母」「スマートフォン」「課長」は格成分、つまり体言(名詞)で間違いありません。「あの笑顔」も一見すると名詞句に見えます。しかし名詞句は「これ」「それ」「あれ」などの指示詞に置き換えても文の意味が変わらないという特徴があり、選択肢3を「これは、何か良いことがあったに違いない」とすると意味が変わってしまいます。正しくは「あの笑顔を見た感じでは、何か良いことがあったに違いない」などとなります。「あの笑顔を見た感じで(は)」は名詞句ではないので、つまり「あの笑顔」も実は名詞句ではありません。
このように、名詞句ではない「あの笑顔」も主題になることができるというのが下線部Aが示す内容になります。
ご多忙の中、早々にご返信いただきありがとうございます。丁寧なご回答をいただいたのですが、私の理解が良くないのか、下記の部分の理解が、まだ覚束無い状態です。
***名詞句は「これ」「それ」「あれ」などの指示詞に置き換えても文の意味が変わらないという特徴があり、選択肢3を「これは、何か良いことがあったに違いない」とすると意味が変わってしまいます。***
選択肢1,2,4に「これ」を導入してみると、「1 これは誕生日になると私にケーキを焼いてくれた。2 少し高いが、これは新しいのがよい。4 これには、明日の会議で私が報告しておきます。」になりますので、1,4も少し変な感じになります。そこで、有生無生を考えて、「こちら」に差し替えると、「1 こちらは誕生日になると私にケーキを焼いてくれた。2 少し高いが、これは新しいのがよい。3 こちらは、何か良いことがあったに違いない。4 こちらには、明日の会議で私が報告しておきます。」このように考えると、差異が無いように思います。
***「あの笑顔を見た感じでは、何か良いことがあったに違いない」などとなります。「あの笑顔を見た感じで(は)」は名詞句ではないので、つまり「あの笑顔」も実は名詞句ではありません。***
この部分も少ししっくりこないので、1,2,4は、完全名詞句で、3は、指示詞+名詞句だと考えると、差異が見られるように思うのですが、考え方が諄いでしょうか?誠に稚拙な質問をして申し訳ありません。お手すきの時にご回答をいただけたら、ありがたく思います。よろしくお願いします。
問3の選択肢2について
話し言葉と書いてあるので、
(友達と買い物に行き)
『あ、これなんか良さそう!』
という場合に使う『なんか』ではないでしょうか。
『これ』という主題に対する評価を表していると思いますが、”客観的”ではなく、”主観的”なので適当ではないと解釈しました。
>たけさん
コメントありがとうございます! 問題確認しました。
確かに「なんか」は列挙と意外性を表す用法で主観性を持ってます。主題への評価というのも頷けます…
ご指摘の内容が正しいと思いますので、内容を修正しておきます。ありがとうございました!
問1は本当に難しいですね。
赤本p54を読んでいてひらめきました。
主題(〜はの前に来るもの)は元々の文から取り立てられたものとして見たとき、
1、2、4は元の文が作れます。
「誕生日になると母が私にケーキを焼いてくれた(母は格成分からの取り立て)」
「新しいのは少し高いスマートフォンがよい(少し高いスマートフォンという名詞句に含まれる要素の取り立て)」
「私が明日の会議で課長に報告しておきます(課長は格成分からの取り立て)」
3は元の文が作れませんので格成分や名詞句からの取り立てではない!
1日考えて個人的にはやっと少しすっきりできました!笑
>はしさん
本当にありがとうございました! 主題化のことを言っていたんですね。
解き方が分かりましたので、解説を更新しておきます。ご協力ありがとうございました。
いつも有難うございます。
とても参考になり助かります。
ところで、28年度試験Ⅲ2-5スペイン語ですが、スペイン語には助詞はありませんので、ここで不適当なのが分かります。例の一つとしては、スペイン語では主語である人称代名詞を省略出来るので、省略出来る人称代名詞をあえて表現すれば、それが主題を表しています。
良かったら参考にしてくださいませ。
>ハットリさん
ありがとうございます!
解説をコメント参照で更新しておきます!