自分の行為「ご馳走になる」にはなぜ尊敬表現「ご~になる」が使われているの?

日本語Q&A

質問者さん
(中国)

「ご馳走になる」は自分の行為なのに尊敬表現「ご~になる」が使われています。なぜですか?

管理人

「ご馳走になる」は尊敬表現「お/ご~になる」とは関係ないです!
[人]に~になる」という文型があって、これはその人から恩恵を受けることを表します。「世話になる」とか「馳走になる」とかがその例。「お」「ご」はそれを美化して言ってます。

詳細

 【人】に~になる
 (1) 彼にご馳走になる (彼にご馳走してもらう)
 (2) 彼にお世話になる (彼にお世話してもらう)

 この文型はおよそ「【人】に~してもらう」と同じ意味で、用例としては「世話になる」「馳走になる」などがあります。このままだと丁寧さが欠けるので普通は「お」「ご」をつけて「お世話になる」「ご馳走になる」の形で使うことが多いです。

 ついでに尊敬表現の「お/ご~になる」の例も見てみましょう。

 (3) 出席する → ご出席になる
 (4) 作る → お作りになる
 (5) 聞く → お聞きになる

 こちらは形は同じなので確かに紛らわしい。

 参考:【N3文法】お/ご~になる/になります




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