令和5年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題1解説
問1 アクセント
まずアクセントの基本から。
音の相対的な強弱や高低の位置のことをアクセントと言います。日本語標準語(東京方言)のアクセントは音の相対的な高低で表されます。例えば「かえる」について言うと、1拍目の「か」が低く、それ以降が高く発音されれば「蛙」の意味になり、1拍目が高く、それ以降が低く発音されれば「帰る」になります。
(1) かえるが (蛙)
(2) かえるが (帰る)
選択肢1
正しい記述です。
アクセントはある言語において各語ごとに社会的に決まっていることです。「ねこ」は「高低」と発音するのは決まっていることだから、個人の自由意志に基づいて「低高」と言ったりして変えることはできません。
選択肢2
名詞のアクセント型について聞いています。簡単に言いますと、①名詞のアクセント型を調べるときは後ろに助詞「が」などをつける、②アクセント核の位置によって頭高型、中高型、尾高型、平板型の4種類ある、③1拍目と2拍目は高低が必ず違う、④1つの語にアクセントの頂点は一つしかない(一度下がったら上がらない)ってことを知ってるのがこの問題を解くための前提知識になります。
それで1拍名詞から4拍名詞で現れる全てのアクセント型を網羅した次の表をご覧ください。
平板型(核なし) | 頭高型(語頭の拍に核) | 中高型(語中の拍に核) | 尾高型(語尾の拍に核) | |
---|---|---|---|---|
1拍名詞 | かが蚊が | めが目が | - | - |
2拍名詞 | むしが虫が | かたが肩が | - | ちちが父が |
3拍名詞 | むかでが百足が | まゆげが眉毛が | おこぜが虎魚が | むすめが娘が |
4拍名詞 | ごきぶりがゴキブリが | しんけいが神経が | いせえびが伊勢海老が | いもうとが妹が |
1拍語は平板型と頭高型の2通り、2拍語は平板型、頭高型、尾高型の3通り、3拍語以降は平板型、頭高型、中高型、尾高型の4通り存在します。名詞の拍数と同じ数だけアクセント型が存在するのではなく、1拍語、2拍語は拍数+1のアクセント型の数が、3拍語以上は4通りのアクセント型があるのでこの選択肢は間違いです。(アクセント核の位置で見ればn拍語の高低の組み合わせはn+1通りになります)
選択肢3
日本語のアクセントは音の相対的な高低です。音の相対的な強弱がアクセントとなるのは英語などの言語。この選択肢は間違いです。
選択肢4
声調言語と呼ばれるのは例えば中国語が有名です。これは日本語標準語の説明じゃないので間違い。
よって答えは1です。
問2 フォーカス
フォーカスとは、「文の中で特に否定されたり推量されたりする部分」(日本語記述文法研究会 2007: 238)です。例えば次の例文を見てください。
(1) 忙しくて、行かなかった。
(2) 忙しくて、行かなかったのではない。
(1)の文は特に「行く」を否定して「行かない」ということを特に強く言いたいときに用います。一方(2)は理由である「忙しい」を否定しているのでここにフォーカスが置かれています。フォーカスとは簡単に言えば強調して言ってるところ、くらいの理解で結構です。
選択肢1
「ちょっとお聞きしますが。」の後にその人が一番話したい内容が来そうなのは誰にでも分かります。だから「ちょっとお聞きしますが。」そのものにフォーカスがあるんではなく、その後ろにくる発話にフォーカスが置かれます。
この選択肢は間違いです。
選択肢2
疑問詞疑問文における疑問詞、例えば「今何時ですか」「どこに行きますか」「いつ来ますか」「どうやってやりますか」などは疑問詞が指す事物が明らかでないことを表すので、当然その疑問詞にフォーカスが当たります。「いつ来ますか?」においては「いつ」にフォーカスがあたるので、この選択肢は正しいです。
選択肢3
アクセント核がないものはフォーカスが置かれないと言っていますが、じゃあアクセント核がある頭高型、中高型、尾高型は常にそこにフォーカスが置かれるかというとそんなわけない。
(3) かれは あたまが いたい ようだ。
例えば↑の例文だと、「かれ」も「あたま」も「いたい」も「ようだ」もアクセント核があり、選択肢3の言い方だとこのすべてにフォーカスが当たることになります。アクセント核によってフォーカスの有無が決まるなんてことはありません。この選択肢は間違い。
選択肢4
この文は「海には行きました」にフォーカスが置かれています。なぜなら対比の「は」を用いているからです。
この選択肢は間違い。
答えは2です。
参考:日本語記述文法研究会(2007)『現代日本語文法3 アスペクト・テンス・肯否』237-249頁.くろしお出版
問3 文末を直前の拍より一段高く平らに言うタイプ
文末の上昇イントネーションの話をしてます。問題文には2つのタイプが示されています。
①文末を連続的に上昇させるタイプ
②文末を直前の拍より一段高く平らに言うタイプ
①のタイプは、主に疑問文で現れるやつです。例えば疑問の「知ってますか⤴」は、文末の「か」が低い音からどんどん高い音に変化していって、右肩上がりのように発音します。これを「連続的に上昇」と表現しています。②のタイプは後述します。
選択肢1
「そろそろ帰らない⤴」
これは疑問なので①文末を連続的に上昇させるタイプ。
選択肢2
「雨やんだ⤴」
これは疑問なので①文末を連続的に上昇させるタイプ。
選択肢3
反発の気持ちを込めたときの「わかってる」は、「雨やんだ⤴」みたいに右肩上がりの上昇調イントネーションで言いません。
通常は「わかってる」みたいに「る」が直前の拍「て」よりも高くなってそれが平らに発音されます。これが②文末を直前の拍より一段高く平らに言うタイプ。
選択肢4
「そう⤴」
これは疑問なので①文末を連続的に上昇させるタイプ。
答えは3です。
問4 イントネーションを視覚化する
イントネーションは聴覚で捉えるものなので学習者の中にはなかなかその感覚がつかめない人がいます。そんな人には視覚化して教えてあげるって指導をとるのは一般によく行われる指導です。「視覚化」ということですから、学習者に視覚情報(目で見る情報)を与えているかどうかの観点で各選択肢を見てみましょう。
選択肢1
これは中国語を学んだことがある人は知ってるはず! 有気音と無気音の違いを視覚的に指導するときのやつです。例えば中国語の /p/ は有気音といって肺からの呼気を強めに出して発音します。口の前のティッシュペーパーが強く揺れるように /p/ を発音できればおk。一方 /b/ は無気音なので口から呼気が漏れません。ティッシュペーパーが揺れないように /b/ を発音します。
この選択肢は間違いです。
選択肢2
1拍ごとに1歩歩く、あるいは足踏みするのは、拍リズムを視覚化し、体を動かして覚えようとする指導です。これはイントネーションの指導ではありません。
選択肢3
これがイントネーションを視覚化した指導です。例えば「そろそろ帰らない⤴」の文末「い」のときに、先生が腕を低いところから高いところに移動させて音の高さがこのようになってますってことを示したりします。別に腕じゃなくても、頭とか体全体とかでもいいです。
これが正しい選択肢。
選択肢4
音声の周波数がどうなってるか分析して視覚化したものをスペクトログラムと言います。スペクトログラムには周波数が帯のような形で現れ、それをフォルマントと呼んでいます。フォルマントは周波数が周囲よりも高いところのことなので、イントネーションの上がり下がりを示すものではない。
このあたりは音声学の専門領域ですので日本語教師は立ち入らなくて大丈夫なところ。これまで試験で答えになったこともありません。
答えは3です。
問5 不自然なイントネーション
先生は一生懸命指導するあまり発音が実際の発音と違ってくることがあります。
選択肢1
例えば格助詞「を」を指導するときに「壁を殴ります」「水を飲みます」「料理を作ります」みたいにいくつか「を」が含まれる例文を提示してみんなに読ませることがあります。そのとき先生が「壁を殴ります」「水を飲みます」「料理を作ります」みたいに「を」を意識的ないし無意識的に強く言ったり、上昇調のイントネーションにしてしまうことがあるんですよね。実際の言語使用の場面でそうなることはほぼありません。学習者は先生が発音を正しいと思っちゃうから、それをそのまま真似して習得してしまうかも。そうなったらいわゆる訓練上の転移ってやつで良くないことが起きています。
この選択肢は適当。
選択肢2
これも選択肢1と同様に、例えばナイ形を勉強するときに「食べません」「起きません」「寝ません」みたいに否定の部分を不自然に発音しちゃうことがあります。この選択肢は適当。
選択肢3
「試験のために/頑張ります」みたいな文で、意味的な切れ目となりうる「/」の部分をはっきり示そうとするあまり、ここに不自然なほど長いポーズを挿入したり、上昇調のイントネーションで発音したりすることがあります。この選択肢は適当。
選択肢4
これは間違いです。有声音と無声音、つまり声帯振動しているかしていないかを示すには、喉を触りながら発音させたりするのが一般的です。有声音のときに上昇調のイントネーションにする? もしそんな指導をするなら、そもそも母音は全部有声音なのでほとんどの拍で上昇調のイントネーションを入れ込むことになります。例えば「がんばります」なら「が⤴ん⤴ば⤴り⤴ま⤴す⤴」になっちゃう。意味わからない。
答えは4です。
コメント
コメント一覧 (2件)
多分書き間違えなのではなイカと思いますが、問3は先生の解説通りですと、3が正解ではないでしょうか?
>李明熙さん
ご指摘ありがとうございます!
確かに、答えは3でした。私の入力ミスです。 修正いたしました。