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令和2年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題1解説

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令和2年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題1解説

問1 動作動詞のル形

 文章中に「動作動詞(非状態動詞)のル形は基本的に未来を表す」とあります。これは重要なヒントです。

 (1) 明日みんなで焼肉を食べ。 (未来時制)

 例文(1)の「食べる」という動きは、この文の発話時を基準として未来に起きる事態です。この文の時制(テンス)は”未来”を表します。「食べる」のように動きを表す動詞は動作動詞を言い、ル形で基本的に未来を表します。その動詞が動きを表す動詞かどうか見極めるには、アスペクト表現をつけてみると良いです。例えば「~し終わる」「~つつある」などをつけられる場合、その動詞は動作動詞と判断できます

 この問題は2通りの解き方があります。一つは述語の事態の時制が未来かどうか見る、もう一つは述語の動詞が動きを表しているかどうかを見る。各選択肢を確認しましょう。

選択肢1

 「いる」は動きを表す動詞ではなく、状態を表す動詞(状態動詞)です。なぜなら「い終わる」みたいにアスペクト表現をつけられないからです。「いる」は存在を表す動詞であり、存在という状態を表しています。
 ちなみに「札幌にいる」という事態は未来である「来週」に実現することなのでこの文は未来時制です。この観点から見てもこの選択肢は間違い。

選択肢2

 「泳げる」は動きを表すように感じられるかもしれませんが、「泳げ終わった」などとアスペクト表現をつけられないので動作動詞ではありません。動詞の可能形はその動作が実現可能である状態を表すのであって、状態動詞の一種です。
 この文も「泳げる」は未来の「夏」に実現することだから未来時制。この選択肢は間違い。

選択肢3

 「さびる」は「さびつつある」「錆び始める」などとアスペクト表現をつけられるので動作動詞としても使えそうですが、「錆びている」というと「錆びる」が表す動きが実現した後の結果の状態を表すので、その面で状態動詞でもあります。文脈によって変わりそうです。
 それはともかく、この文の時制は過去でも現在でも未来でもありません。「水に濡れる」という条件を満たしたときに「鉄が錆びる」という事態が必ず起きることを表していて、特定の時制における事態の実現を述べているものではありません。この世界の普遍的な現象、恒常的条件の話をしている文だからテンスはないとみなします。

選択肢4

 「電話する」は「電話し終わる」「電話しつつある」などとアスペクト表現をつけられるから動作動詞です。この文のテンスは「電話する」という事態が未来の「午後」に実現することを表すので未来時制を表します。よってこれが答え。

 答えは4です。

問2 完了のタ形

 動作動詞が表す動きの局面の観点から、「た」はその動きが完了したことを表すことがっできます。

 (2) もうご飯は食べ。 (完了の局面)

 例文(2)は「食べる」という動作が完了したことを表します。重要なことは、「完了」とはその動きが終了したことを表すので、動きの中にしか存在しない概念です。例えば「綺麗だった」などと形容詞をタ形にしても「綺麗」には動きがありませんから完了の局面もありません。「綺麗が完了した」と言えないことを見ても分かると思います。「いる」などの存在(一種の状態)を表す動詞も「いるのが完了した」などとは言えません。

 この問題を解く方法は2つです。一つは述語が動きを表す動詞かどうかを確認すること。もう一つは「~するのが完了した」などと言い換えられるかどうかを確認すること。

選択肢1

 「面白い」は形容詞で動きを表さないので完了の局面は存在しません。
 だから「面白いのが完了した」と言うこともできません。この選択肢は間違い。

選択肢2

 「会える」は可能を表す動詞です。可能を表す動詞はその動作が実現可能である状態を表す状態動詞の一種です。動きを表さないので完了の局面は存在しません。
 「会えるのが完了した」ということもできません。この選択肢は間違い。

選択肢3

 「読む」は「読み終わる」などとアスペクト表現をつけられるので動作動詞です。「読みました」は「読むのが完了した」と言い換えられるから、この「た」は動作の完了を表します。これが答え。

選択肢4

 「ある」は「あり終わる」とアスペクト表現をつけられないので動作動詞ではありません。「いる」と同じく存在を表す状態動詞です。動きを表さないから完了の局面もありません。その証拠に「あるのが完了した」とは言えません。この選択肢は間違い。

 したがって答えは3です。

問3 ムードの「タ」

 (3) 彼は昔はカッコよかっ。 (過去時制)
 (4) あっ、ここにスマホがあっ。(????)

 (1)のような状態性述語のタ形は基本的に過去を表します。カッコいいという状態は過去のある時点で実現していたことだから過去時制ですね。でも(4)のように状態性述語「ある」を使っていたとしても、この「た」は過去を表すとは言えません。スマホが目の前に存在しているのは今現在だから。「た」は基本的に過去を表しますが、単に過去を表さない特殊なタがあり、これらは話し手の主観を表すのでムードの「タ」と呼びます。

 ムードの「タ」は次の4つあることが指摘されています。

発見 こんなところにあった
想起 そういえば3時から用事があったなあ
反事実 普通の人なら即死だったよ
差し迫った要求 さあ買った買った

選択肢1

 反事実のタ。
 「もっと早く行く」という条件を満たすにはタイムマシンで過去に戻ってやり直さないと実現しないことです。このようにあのときああしてればーみたいな言い方をする条件を反事実条件と言います。半事実条件の主節の述語は「た」になります。
 他にも「あの時告白してればよかっ」など。

選択肢2

 「可愛い」という状態は過去のある時点(子どもの頃)に実現していたことなので「可愛かっ」の「」は過去を表します。ムードのタではありません。これが答え。

選択肢3

 発見のタ。
 例文(4)のように何かを発見したとき、日本語では「」が現れます。発見したのは現在なのに言語形式には「る」が現れず「た」が現れます。過去を表さない「た」の例として適当。

選択肢4

 想起のタ。
 発見のタに近いんですが、何かを思い出したときにも日本語では「」が現れます。思い出すのは過去のことではなく現在のことなのに「た」を使うわけだから、過去を表さない「た」の例として適当。

 選択肢2だけはムードの「タ」ではなく、過去の状態を表すタです。
 したがって答えは2

問4 相対テンス

 相対テンスについての出題です。相対テンスとは…

 (5) 明日パーティに来人には、後で写真を送よ。

 まず問題提起です。(5)の文において、写真を送るのは未来のことだからル形「送る」を使うのは理解できると思います。しかし、パーティがあるのも未来である「明日」に起こることだからル形「来る」を使うべきじゃない? でもなぜかタ形「来た」を使います。これはなんで?

 日本語では、基本的に主節のテンスは発話時を基準にして決められ、従属節のテンスは主節時を基準にして決められるという文法があります。主節のテンスは発話時という絶対的な基準をもとに決められるので絶対テンスと呼ばれ、従属節のテンスは主節時という非絶対的な基準をもとに決められるので相対テンスと呼びます。

 (5)の主節「後で写真を送るよ」の「送る」は、この言葉を言ったとき(発話時)よりも未来の出来事なのでル形を使っています。従属節「明日パーティに来た人」の「来る」は主節「送る」よりも過去のことなので、タ形を用います。
 時系列でいうと、「発話時→来る→送る」です。

選択肢1

 「明日パーティに来た人に写真を送る」は上述の通り「発話時→来る→送る」の順番です。「パーティに来た」は確かに発話時よりも未来に起こることなので、この記述は正しいです!

選択肢2

 「パーティに来た」という事態を発話時よりも過去に起こったことを表すのは可能です。例えば「パーティに来た人に写真を送った」と言えば、時系列は「来る→送る→発話時」になります。
 この選択肢は間違い。

選択肢3

 「パーティに来た人に写真を送る」の時系列は「発話時→来る→送る」なので、パーティに来る前に写真を送るという出来事が実現することはありません。
 この選択肢は間違い。

選択肢4

 「パーティに来た人に写真を送る」の時系列は「発話時→来る→送る」で「送る」は最後の出来事です。発話時と「来る」の間に「送る」という出来事は起きていません。この選択肢は間違い。

 したがって答えは1です。
 この問題は試験Ⅲらしい、めっちゃ良い問題ですね!

問5 破れました

    〔試着しようとしたとき〕
 (6) 破れていました     (誰かが破いた状態が残存している)
 (7) すみません、破れました (今破れてその状態が残存している)

 試着しようとした服が既に破れていたときは普通「破れていました」などと言います。そうすると過去に「破れる」という事態が発生して、その結果の状態が残存していることを表します。これによって自分はその事態を目撃したわけではなく、誰かが破ったのだという意味を含意させることが可能です。
 でもこの学習者は「破れました」と言っちゃいました。このように言うと「破れる」という事態が今起きてそれを目にしたことを表し、すなわち自分が「破る」という動作を起こしたように感じられます。

 既に破れていたのであれば「ている」を使って「破れています」と言わなければいけません

選択肢1

 自動詞「破れる」を使って「破れました」と言ったら、意図的に目的をもって破ったという意味は表しませんが、他動詞「破る」を使って「破りました」と言ったら意図的に目的をもって破ったという意味を表します。
 目的をもってある動作を完了したことを表すのは、他動詞「破る」を使った場合です。この選択肢は間違い。

選択肢2

 「破れました」というと自分が見た感じがします。「破れていました」だと自分は見てなくて、以前誰かが破った感じがします。つまり、「破れていました」は目の前で破れた瞬間を見ていなくても使えて、「破れました」は目の前で破れた瞬間を見ていなければ使えません。
 「破れました」は直接その場面を確認しないと使えないので、この選択肢は正しいです。

選択肢3

 残念な気持ちを表すのは「破れてしまいました」みたいに「~てしまう」を用いた場合では? この言い方をすると自分が破いたことになってしまうので避けたほうがいい。
 この選択肢は間違い。

選択肢4

 この選択肢は何を言ってるか分からない。

 よって答えは2です。

 むずいねこの問題。




コメント

コメント一覧 (5件)

  • 問3は私は選択肢2を選びました。
    「想起」という言葉自体はもちろん過去の思い出しも含みますが、日本語文法で想起の「タ」
    といった時は、「そういえば~だった」という使い方を言うような気がします。
    「彼も子どもの頃は可愛かった」というのは単なる過去、事実であって、ここでムードを表しているのは
    「可愛かったな」の「な」ではないかと思います。
    「可愛かった」をムードとすれば、過去形の文は、すべて思い出し ということになってしまいます。
    「可愛かった」の「た」は過去の「た」と判断しました。

    • >町川さん
      コメントありがとうございます。
      ちなみにその想起のタについてはどちらの書籍、論文、参考書などを参考にされましたか。

      • 私の通っている専門学校のレジュメの例文が「あ、試験は明日だった」
        そして、「日本語文法整理読本」の想起の「タ」の例文が「しまった、あしたは試験だった」
        アルクの合格するための問題集は想起のタを「過去に聞いたりしたことを思いだ」すとあり、
        「誕生日、1月だったっけ?」「違うよ、8月だよ」
        「日本語教育能力検定試験合格問題集」の例文が「そういえば、明日はお弁当を持っていく日だった」 
        わずかですが、私が触れた例文がすべて、「そういえば」というニュアンスを含むものだったので、そのように考えました。はっきりと書いてあったわけではないのに、いい加減なことを書いて申し訳ないです。
        ただやはりこの問題は1,3,4は明らかに過去のことではないので、選択肢2を過去の「タ」
        と捉えるしかないと思いました。「彼は子どもの頃は可愛かったな」は可愛かったことを「思い出した」というよりも、「感慨にふけっている」という感じでしょうか。

        ちなみにアルクさんと東京明星日本語学院さんの解答速報では4、アルファ国際学院さんが2、ヒューマンさんが1と、割れています。

        • たびたび失礼します。
          「中上級を学ぶ人のための日本語文法ハンドブック」では「想起のタ」を「再認識のタ」
          と分類しています。例文が「お名前は何とおっしゃいましたっけ」「会議は明日だった」
          「明日吉田さんと会うんだった」

          「想起」を「再認識」ととらえれば、彼が今も可愛ければ、再認識になりますが、
          彼が可愛かったのは子供のときだけなので、「再認識」には当てはまらないような気がします。

  • 本日、今年度の日本語教育能力検定試験を
    初めて受験してきました。
    約1年前、家事の合間に独学でチャレンジしようと
    決心し、先生の過去問解答を励みに自分なりにやってこられたと、嬉しく思っています。
    終わってみての感想ですが、『記述〜!!やっぱり君を初挑戦するのは無謀だったー!T^T』論文というものを書いた事がない者が独学で何とかしようとするのはやはり難しいですね。。。ですが、先生の解説はとても心地よくて、たまにボヤきのようなコメントが入っていると、『その通りですよー!』と気持ちが軽くなりました。
    今は終わってただただホッとしております。
    先生、ホントにありがとうございました!
    先生の解説は私にとって、とても励みになるものでした!

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