令和元年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題12解説
問1 関係の公理
グライス(H.P.Grice)は、話し手は当該会話の目的に適合するように発話していると考え、そのような発話を支える原理及び会話的推意(言外の意味)を生み出す基盤として協調の原理(cooperative principle)を提唱しました。
協調の原理は次の4つの公理からなります。
量の公理 | 必要とされる量の情報を与えろ。少なくても多くてもダメ。 |
---|---|
質の公理 | 嘘とか根拠が乏しいことを言うな。 |
関係の公理 | 相手の発話と関係あることを言え。 |
様態の公理 | 明瞭に、簡潔に言え。 |
これらの公理を破ることで会話的推意(言外の意味)が生まれると考えます。
選択肢1
好きか嫌いか曖昧なので様態の公理に反しています。
公理に反したことで「答えたくない」などの言外の意味を生み出しています。
選択肢2
必要な情報を提供していないので量の公理に反しています。
公理に反したことで「答えたくない」などの言外の意味を生み出しています。
選択肢3
不明瞭で不必要な冗長性がありますので様態の公理に反しています。
公理に反したことでからかったりするような言外の意味を生み出しています。
選択肢4
話題が変わっているので関係の公理に反しています。
公理に反したことで「運転は全くできない」などの言外の意味を生み出しています。
関係の公理に違反しているのは4でした。答えは4。
問2 間接発話行為
【「映画に行かない?」に対する返答として】
(1) 忙しいから行けない。 (直接発話行為)
(2) 明日試験がある。 (間接発話行為)
「映画に行かない?」という誘いに対する返答を(1)(2)に示しました。この2つは全く異なる返答ですが、話し手が意図する意味はどちらも「映画には行けない」という点で共通しています。
「行かない?」という誘いに対して「行けない」とはっきり答えるような(1)の発話行為を直接発話行為と言います。直接発話行為は字義通りに解釈でき、文脈から独立した状態でも話し手が伝えたい意図を伝えることができます。つまり「映画に行かない?」と聞かれたという文脈に依存しなくても、「忙しいから行けない」という発話行為からは字義通りに「行かない」という意味を伝えることができます。
しかし、(2)のように文脈から独立した状態では話し手の意図が分からない発話行為もあり、これを間接発話行為(indirect speech act)と言います。「映画に行かない?」という誘いがあったという文脈があるので「映画には行けない」という話し手の意図を表せますが、別の文脈、たとえば「いつ試験があるの?」と聞かれた文脈においては「映画には行けない」という意味を表すことはありません。間接発話行為は字義通りに理解できず推意を汲み取ることが必要な発話で、文脈から独立した状態で話し手がどのような意図を持っているのかの解釈を一つの絞ることができません。その場の状況によって一つに定まります。
字義通りの意味と発話意図が一致していれば直接発話行為、一致していなければ間接発話行為です。
選択肢1
「大丈夫です」を字義通りに解釈すると「可能です」「問題ありません」などの意で、Yさんの発話も「可能です」「問題ありません」という意味を表しています。
字義通りの意味と発話意図が一致しているので直接発話行為。
選択肢2
「時計、持ってますか」を字義通りに解釈すると、「時計を持っていますか?」と時計の有無を聞いています。しかし、Xさんは「今何時か教えてほしい」という発話意図を持っています。
字義通りの意味と発話意図が一致していないので間接発話行為です。これが答え。
選択肢3
Xさんは「この席、空いてますか」と聞きました。疑似通りの意味は「この席は空いてますか」です。これに対してYさんは「空いています」と、Xさんの字義通りの意味に対して返答しています。字義通りの意味のみの発話行為が続いているので直接発話行為です。
選択肢4
Xさんの字義通りの意味は「この件を考えていただけますか」で、考えられるかどうかの可否を問うています。これに対してYさんは「分かりました」と答え、Xさんの疑似通りの意味に対する返答をしています。字義通りの意味のみの発話行為が続いているので直接発話行為です。
したがって答えは2です。
問3 FTA (Face Threatening Acts)
ポライトネス理論においては、当該発話行為が聞き手のフェイスを脅かすことをFTA(Face Threatening Acts)といい、FTAの度合いは次の公式で表されています。
Wx=D(S,H)+P(S,H)+Rx
Wxはある行為が相手のフェイスを脅かす度合い、D(S,H)は話し手と聞き手の社会的距離、P(S,H)は話し手と聞き手の相対的権力、Rxはある行為の特定文化における押しつけがましさの程度を表します。
話し手と聞き手の社会的距離(D)や相対的権力(P)が離れているとWxは高まります。近ければ低くなります。例えば友人であれば社会的距離や相対的権力もほとんど同じなので一般にどんな発話行為をしても聞き手のフェイスを脅かす可能性が低いですが、社会的距離や相対的権力に差がある初対面の人や目上の人は友人などに比べフェイスを脅かす可能性が高いです。
また、発話行為は文化によって押しつけがましさが異なるので、その押しつけがましさの度合いをRxとしています。
選択肢1
FTAの度合いは3つの総和によって決まります。選択肢の「特定の行為の負荷の度合い」はRx、「相手との社会的距離」はDを指しています。FTAはこれに加えて話し手と聞き手の相対的権力P(S,H)も関係しています。この選択肢は間違い。
選択肢2
例えば、火事に気付いていない人に気づかせるような場面では「逃げろ」などと命令形を使うことがあります。聞き手が見知らぬ人であっても。
命令形は本来親しい人や目下の人に使う表現ですが、このような緊急事態においては意味伝達の効率性が最優先された結果、フェイスを脅かすこと(FTA)が無視され、直接的な表現(命令表現など)が選ばれます。
この選択肢は「FTAの度合いが大きいと判断される場合」が間違い。非常事態においては伝達の効率性が最優先され、直接的な表現が選ばれる傾向があります。その際、FTAの度合いは無視されます。
選択肢3
正しいです! ポライトネス理論では、自分のフェイスを保持しようとする行為、相手のフェイスに配慮する行為はポライトネス・ストラテジーで説明されます。
選択肢4
ある行為の特定文化における押しつけがましさの程度(Rx)は文化によって異なります。
例えば、日本語においては友人であっても「給料いくら?」と聞くのは聞き手のフェイスを侵害する度合いが高いですが、中国語では日本語よりもフェイスを侵害する度合いは低いです。Rxはその発話のその文化におけるフェイスを侵害する度合いを表し、文化によって変動します。言語権や文化に関係なく共通しているとは言えません。
したがって答えは3です。
問4 ポジティブ・ポライトネス・ストラテジー
この問題は問題文の第二段落にある「ポライトネス理論」からの出題です。この理論では、全ての人は共感・理解・好かれたいことを望む欲求(ポジティブ・フェイス)と、邪魔されたくない、干渉されたくないという自由を望む欲求(ネガティブ・フェイス)を持っていると仮定し、話し手は聞き手のいずれかのフェイスに配慮する形で言語行動をすると考えます。簡単にいうと、人はお互いのフェイスを傷つけないように配慮を行いながらコミュニケーションを行っているということです。そして、聞き手のポジティブ・フェイスに配慮する言語行動をポジティブ・ポライトネス・ストラテジー、聞き手のネガティブ・フェイスに配慮する言語行動をネガティブ・ポライトネス・ストラテジーと言います。
選択肢1
聞き手の”話し手と距離を取りたい”というネガティブ・フェイスに配慮して、話し手は「本当に申し訳ありません」などと距離をとる言い方を選択しています。聞き手のネガティブ・フェイスに配慮するネガティブ・ポライトネス・ストラテジーの例です。
選択肢2
聞き手の”話し手と距離を取りたい”というネガティブ・フェイスに配慮して、話し手は「お持ちしてよろしければ」などと距離をとるような言い方を選択しています。聞き手のネガティブ・フェイスに配慮するネガティブ・ポライトネス・ストラテジーの例です。
選択肢3
聞き手の”話し手と共感したい”というポジティブ・フェイスに配慮して、話し手は「おいしいから食べてみて」のような距離を縮める言い方を選択しています。聞き手のポジティブ・フェイスを確保しようとするポジティブ・ポライトネス・ストラテジーの例です。
選択肢4
聞き手の”話し手と距離を取りたい”というネガティブ・フェイスに配慮して、話し手は「無理っぽいかな」などと距離をとるような言い方を選択しています。聞き手のネガティブ・フェイスに配慮するネガティブ・ポライトネス・ストラテジーの例です。
したがって答えは3です。
問5 待遇表現
何かを見せてほしいときには「それ見せて」ということもありますし、「ちょっと見せてください」「見せていただけませんか?」などと改まって言うこともあります。いろんな言い方のバリエーションはありますが、誰に対してもどれを使ってもいいというわけではなく、一般には友達にはくだけた表現を、改まった場面では敬語を選択して使い分けます。このように同じ事態を述べるのに対人関係や場面に配慮して使い分ける表現を待遇表現と言います。
選択肢1
正しいです。敬語などの相手を高く位置づける表現もありますし、「お前」「貴様」のように低く位置づける表現もあります。前者はいわゆる敬語、後者はマイナス敬語と呼ばれたりします。
選択肢2
天皇が自分に対して用いていた自称詞は「朕」で、これは現代では用いられません。
この選択肢は間違い。
選択肢3
逆です。聞き手に丁寧な気持ちや態度を表すものは対者敬語で、話題の人物への敬意を表すものは素材敬語です。
選択肢4
日本語はかつて上下関係に基づいた敬語の使用がなされていましたが、現代では上下関係に加え、ウチ・ソトの関係も敬語使用に関係しています。例えば、年下の人であっても初対面であれば敬語を使うことはあると思います。これは上下関係ではなっく、ウチ・ソトに基づいた敬語使用です。この選択肢は間違い。
よって答えは1です。
コメント
コメント一覧 (2件)
日本国内で日本語教師をしている者です。
今年、どうしても教育能力検定に合格したく勉強しているところに、こちらのサイトに辿り着きました。
過去問を解説しているサイトは数多くありますが、こちらのサイトの、いい意味で淡々とした説明に助けられて、試験直前、必死で過去問を解きました。
その結果、合格することができました。
以前受験した時は合格できなかったので、今回の合格は本当に嬉しいです。
一言、お礼を申し上げたくてコメントさせて頂きました。
ありがとうございました。
>匿名さん
こんにちは、コメントありがとうございます。
お役に立てたようで私も嬉しいです。今回の合格本当におめでとうございます!