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推論とは? 橋渡し推論と精緻化推論について

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推論とは?

 推論(inference)とは、文章を理解するときに文章中に明示されていない情報を読み取る操作のことです。文章を理解するためには、文章中に明示されている言語情報を解読するだけでは不十分で、推論によって文章中に明示されていない情報を補って理解する必要があります。推論は橋渡し推論(bridging inference)と精緻化推論(elaborative inference)の二つに分類されるのが一般的で、 推論の研究者間のほぼ共通認識となっています。

橋渡し推論(bridging inference)

 橋渡し推論(bridging inference)とは、「現在処理中の文と先行の文の意味内容の整合性を確立したり、文間の意味内容の統合のためになされる推論」(甲田 2009: 62)です。文章理解に必須です。

 (1) 竹内は昨日新しいスマホを買った。それに満足している。
 (2) 念のために朝早く出発した。道は渋滞していなくて安心した。
 (3) 明日は久しぶりの帰国だ。早寝しなければ。

 (1)における「彼」は誰を指し、「それ」は何を指すでしょう。言わずもがな、先行する文にある「竹内」と「新しいスマホ」を指します。(2)において、書き手はなぜ朝早く出発したのかというと、それは渋滞を回避するためです。(3)においては、書き手はなぜ早寝しなければいけないんでしょう。それは十中八九、明日早い時間に出発する飛行機に乗るために早起きしなければならないからです。これらの推論は先行する文と後続する文の整合性を保つために役立ち、新情報と旧情報を結びつけるために行われる橋渡し推論です。そのように推論しなければ、先行する文と後続する文の意味内容を自然につなげることができなくなってしまいます。例えば、(1)の「彼」は「山田」を指し、「それ」は「人形」を指すと推論してしまった場合は、「竹内は昨日新しいスマホを買った。山田は人形に満足している。」となり、先行する文と後続する文がちぐはぐになってしまいます。一般に読み手はそのような推論を行うことはありえません。橋渡し推論は文同士の意味内容を一貫させるために行われ、推論する内容は誰でも同じ内容になります。

精緻化推論(elaborative inference)

 精緻化推論(elaborative inference)とは、文章に明示されていない情報を補い、「文章をより詳しく理解するための推論」(甲田 2009: 63)です。文章理解に必須ではありませんが、読み手の理解をさらに深める働きをします。

 (4) 竹内は新居を買った。
 (5) 土手沿いを1時間ほど走った。

 (4)からは、竹内が嬉しそうな顔をしながら新居を眺めている様子を思い浮かべたり、竹内が不動産屋で契約書にサインする場面を想像したりと、読み手は様々なイメージ化を行います。そのようなイメージは精緻化推論です。精緻化推論は読解中の文章をよりよく理解するために働きます。橋渡し推論とは違って文同士の整合性を保つために行われるわけではないので、仮に行われなくても文同士の一貫性は失われません。また、精緻化推論の内容は人によって全く異なります。例えば(5)を読んで、苦しそうに走る様子を想像するのか、気持ちよさそうに走る様子を想像するのか、朝日を浴びながらなのか、夜なのか、推論する内容は人によって異なります

まとめ

 橋渡し推論と精緻化推論の違いはこのようにまとめられます。

橋渡し推論 精緻化推論
意味内容の理解に必須
文同士の意味内容の統合に必須
読み手は誰でも同じ内容の推論をする
推論が正しくなければ意味が分からなくなる
意味内容の理解に必須ではない
文同士の意味内容の統合には役立たないが、文のより詳しい理解に役立つ
人によって異なる内容の推論をする
推論の内容は意味内容の理解に影響しない

 例えば、「髪を切った。彼氏に褒められた。」という文章を読むと、全ての人が「満足する髪型になったんだろう」と推論します。このような当たり前な推論が橋渡し推論です。
 一方、新しい髪型をサプライズで彼氏に見せる様子を想像したり、褒められて嬉しそうな顔を想像したり、彼が褒めている様子を想像したりする具体的なイメージが伴うことがあります。人によって似通った推論をする可能性はありますが、全ての人が同じ全くイメージをするわけではありません。このような人によって違う推論が精緻化推論です。

参考文献

 甲田直美(2009)『文章を理解するとは―認知の仕組みから読解教育への応用まで』59-64頁.スリーエーネットワーク
 古賀洋一(2020)『説明的文章の読解方略指導研究 ―条件的知識の育成に着目して』110-112頁.溪水社

 甲田(2009)のほうが詳しく説明があってお勧めです。




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