平成23年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題1解説

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平成23年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題1解説

問1 3母音体系

 「アラビア語のような3母音体系」って言われても… と思うかもしれませんが、「舌の位置の前後・高低が最大限に離れるよう配置された組み合わせ」というヒントがあります。この情報は有用。『国際音声記号(改訂 2020)』には母音一覧が載ってるので、これで考えてみましょう。

 上の画像はその母音の一覧です。この図は口腔内の舌の高さと前後位置を表していて、例えば左上にある [i] は前舌の狭母音で発音することを意味します。で、「舌の位置の前後・高低が最大限に離れるよう配置された組み合わせ」というヒントを考えてみると… 舌の前後位置が最大に離れるのは左上と右上で、舌の高さが最大限に離れるのは一番上と一番下の音ということになります。そうすると赤い丸は3つ。それぞれ /i/,/a/,/u/ の3つということになります。

 だから答えは1です。

問2 自由変異の関係にある異音

 異音とは、その言語において同じ音素に属する異なる音のことです。例えば、子音[s] を使って [sɑkɯɾɑ] といっても、子音[θ] を使って [θɑkɯɾɑ] と言っても、日本語母語話者の耳にはどちらも「さくら」と聞こえます。音声学的には [s] と [θ] は異なる子音ですが、日本語においては意味を弁別する違いとして機能しないので、これら二つの子音は音素/s/に含まれるものとみなされます。このとき子音 [s] と [θ] は音素/s/の異音です。

 さらに、異音は自由異音条件異音に分けられます。自由異音はそれらの異音を同じ音声環境で入れ替えても意味が変わらないもの、条件異音はそれらの異音のうち、どれが現れるかに一定の条件が関わるものを指します。具体的には各選択肢で解説します。

選択肢1

 有声歯茎摩擦音[z]を使って [pizɑ] というのと、有声歯摩擦音[ð]を使って [piðɑ] というのはどちらも日本語母語話者には「ピザ」に聞こえます。なのでこれらの子音は音素/z/に含まれる異音。さらにこれらの異音は、仮に入れ替えてもどちらも「ピザ」の意味になるので意味を弁別しません。したがってこの2つの子音はザ行子音における自由異音です。

選択肢2

 タ行の子音は、後続する母音が /a,e,o/ の場合は [t] が現れ、母音が /i/ の場合は [tɕ] が現れ、母音が /u/ の場合は [ts] が現れます。すなわち「たちつてと」は [tɑ, tɕi, tsɯ, te, to] となります。つまりタ行子音の音素/t/には [t] [tɕ] [ts] の3つの異音が含まれるということです。この3つの子音は上述の通り、後続する母音によってどれが現れるか決まります。これは条件異音です。

選択肢3

 ナ行の子音は、後続する母音が /a,u,e,o/ の場合に [n] が現れ、母音が /i/ の場合は [ɲ] が現れます。つまり「なにぬねの」は [nɑ, ɲi, nɯ, ne, no] です。ナ行子音の音素/n/には [n] と [ɲ] の2つの異音が含まれます。これらは後続する母音によってどれが現れるか決まっているので条件異音です。

選択肢4

 ハ行子音は、後続する母音が /a,e,o/ の場合に [h] が現れ、/i/ の場合に [ç] が現れ、/u/ の場合に [ɸ] が現れます。つまり「はひふへほ」は [hɑ, çi, ɸɯ, he, ho] です。ハ行子音の音素/h/には [h] と [ç] と [ɸ] の3つの異音が含まれます。これらは後続する母音によってどれが現れるか決まっているので条件異音です。

 答えは1です。

問3 韓国語のアクセント

 李ら(2004: 301)にはこのように書かれています。

 中世韓国語は声調を音素として持っていた言語であった。音節が高調なのか低調なのかによって単語の意味が分化する言語だった。しかし今日の標準語ではそのような声調の音素、すなわち韻素(prosodeme)としての機能は消滅してしまった。

 これが述べていることは、現代韓国語(ソウル方言)には声調、すなわちアクセントが存在しないということです。いわゆる無アクセント言語と呼ばれるもの。日本でも茨城・福島の方言は無アクセント言語として知られています。

 1 韓国語はアクセントがないので、「強弱アクセントである」という部分が嘘。
 2 アクセントがないので、この文は全く間違い。
 3 これが答えです
 4 これも間違い。1音節の中で高低がある声調言語といえば中国語。

 答えは3です。

 《参考文献》
 李翊燮(著)・李相億(著)・蔡琬(著)・梅田博之(監)・前田真彦(訳)(2004)『韓国語概説』300-304頁.大修館書店

問4 各国語の形容詞に関する記述

 下線部Cの内容はにわかには信じられないかもしれませんが… 世界の諸言語を見ると、どんな言語でも名詞と動詞は存在しますが、形容詞と呼ばれるものが形態統語的に明確に存在しない場合もあることを述べたものとして Wetzer(1996)の研究があります。ここで具体的に解説すると大変なので簡単にまとめますが、その言語で形容詞と呼ばれているものは、部分的に名詞と同じ扱いを受けたり、動詞と同じ扱いを受けたりすることがあります。例えば日本語のナ形容詞「静か」は名詞「学生」等と同じく「~だ」をつけて述語に置けるので名詞に近い形容詞です。イ形容詞「美しい」は動詞「寝る」等と同じく時制接辞 /-ta/ などをつけて「美しかった」ということができるので動詞に近い形容詞です。

 これは continuum hypothesis(連続相仮説)と呼ばれています。上述の通り、例えば日本語では名詞のような扱いを受けるイ形容詞と、動詞のような扱いを受けるナ形容詞が存在します。イ形容詞とナ形容詞は形態統語的に名詞と動詞とは完全に異なる扱いを受けていないので、Wetzer(1996)は”形容詞という明確な品詞を持たない言語もある”と言ってるわけですね。これについてはこちらをご覧ください。

選択肢1

 タイ語の例は探し中…

 この選択肢が間違いです。

選択肢2

 韓国語の動詞と形容詞の語尾変化をする方式や文における機能は、大変似通っている。(李ら 2004: 108)

 参考文献にはこのように書かれています。具体的な例は省略しますが、選択肢の内容は正しいようです。ただし、動詞と形容詞はいくつか違う点があって、その代表例として形容詞には命令形と勧誘形の活用がないことも書かれています。これが「一部を除いて」の「一部」にあたるみたいですね。この選択肢は適当です。

選択肢3

 (5) 他高。  (彼は身長が高い)
 (6) 他高了。 (彼は身長が高くなった)

 例えば中国語の「高」は、(5)のように用いると形容詞ですが、(6)のように用いると動詞となります。なぜなら動きを表す動詞は通常アスペクトを持つので、完了を表す「了」をつけることができるからです。(6)の「高」は「高くなる」という意味の動詞であり、その後ろに完了の「了」がつくことで「高くなる」という動きが完了したことを表します。選択肢の内容に戻りますが、中国語では「高」のような語は後ろに「了」がつかない場合に形容詞になり、「了」がつくと動詞になります。統語的な位置によって形容詞にも動詞にもなります。この選択肢は適当です。

選択肢4

 (7) She is a student. (名詞述語)
 (8) She is beautiful. (形容詞述語)

 英語の名詞述語は be動詞、上記の例だと is を伴って述語になります。この規則は形容詞述語にも現れます。例えば形容詞 beautiful が She を形容する場合、名詞述語と同様に is を伴って述語になります。これだけを見ると、英語の形容詞は名詞に近い性質を持っているようです。この選択肢は適当。

 答えは1です。

 《参考文献》
 李翊燮(著)・李相億(著)・蔡琬(著)・梅田博之(監)・前田真彦(訳)(2004)『韓国語概説』300-304頁.大修館書店
 Wetzer, H. (1996) The Typology of Adjectival Predication. Mouton de Gruyter

問5 日本語の特徴

選択肢1

 中国語には敬称はありますが、日本語のような敬語の体系は存在しません。この選択肢は間違い。

選択肢2

 日本語は他動詞文でSOV型の文型をとります。山本(2021: 131)によると、SOV型の言語は世界に44.78%を占め、最も多いタイプの語順です。珍しくないのでこの選択肢は間違い。

選択肢3

 「学生」に対する「学生たち」は複数の学生を指すので複数形ですが、「学生」は単数を表すとは限りません。例えば「あそこに学生がいる」というとき、その学生は一人かもしれませんし、複数かもしれません。一見して単数形を思われる「学生」は複数を指すこともあるわけです。この選択肢は正しい。

選択肢4

 日本語は方言含めて高低アクセントです。強弱アクセントの方言があることは聞いたことないけど…

 答えは3です。

 《参考文献》
 山本秀樹(2021)「日本語の語順と言語類型論」『日本語研究と言語理論から見た言語類型論』131頁.開拓社




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