平成26年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題8解説
問1 伝達能力(コミュニカティブ・コンピテンス)
コミュニケーション能力と言えば、ハイムズとカナルのコミュニカティブ・コンピテンス(伝達能力)です。
カナルは伝達能力が文法能力、社会言語能力、方略能力、談話能力から成り立っていると主張しました。
談話能力 | 言語を理解し、構成する能力。会話の始め方、その順序、終わり方などのこと。 |
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方略能力(ストラテジー能力) | コミュニケーションを円滑に行うための能力。相手の言ったことが分からなかったとき、自分の言ったことがうまく伝わらなかったときの対応の仕方のことで、ジェスチャー、言い換えなどがあてはまる。 |
社会言語能力(社会言語学的能力) | 場面や状況に応じて適切な表現を使用できる能力。 |
文法能力 | 語、文法、音声、表記などを正確に使用できる能力。 |
選択肢1
直接答えるのであれば「行きません」「行けません」ですが、日本語ではこれだと直接的過ぎて相手が嫌な思いをするかもしれません。そこで表現を言い換える必要があります。「今日はちょっと…」のような言い方ができれば100点ですが、それができていません。否定的な意見を述べるときに相手に配慮した表現が使えないということは、その状況にふさわしい言葉が使えないということなので社会言語能力の欠如です。
選択肢2
トイレの位置を聞いているのに、「事務室」という新しい単語を出しています。じゃあ「事務室はどこですか?」と聞きたくなるような返し方です。
返答で先行文脈とは関係のない新出の語を出すと、話のまとまり(結束性)が弱まります。これが談話能力の欠如の例です。
選択肢3
先生相手に「行く」を使うのは社会言語能力の欠如です。適切な場面で適切な表現が使えていません。
選択肢4
「洗剤」を知らないので別の言葉に言い換えたいんですがそれができません。
コミュニケーション上の問題に対応できていないので、方略能力が欠如しています。
したがって答えは2です。
問2 インプットとインテイク
インテイクとは、インプットのうち意味理解がなされたもののことです。中間言語に取り入れられて、中間言語の再構築を促します。
選択肢3に「意味を理解する」とあります。これがインテイクになる条件です。
したがって答えは3です。
問3 インターアクション仮説
インターアクション仮説とは、学習者が目標言語を使って母語話者とやり取り(インターアクション)する場面で生じる意味交渉が言語習得をより促進させるという仮説です。ロング (Long)が提唱しました。
選択肢4の「インプットが理解可能になることが習得につながる」というのが正しいです。インターアクション仮説ではクラッシェンのインプット仮説の「i+1」を認めたうえで、更に意味交渉あればもっといいよと言ってます。
したがって答えは4です。
選択肢1の「聞き手に分かるように話すことで習得が起こる」は、相手が理解可能なアウトプットをすることでさらに言語習得が促されるとするアウトプット仮説の記述だと思われます。
問4 意味交渉の種類
インターアクション仮説でよく言われる「意味交渉」はインターアクションの中で生じる意思疎通の問題を取り除くために使われるストラテジーのことで、次の3つが有名です。
明確化要求 | 相手の発話が不明確で理解できないときに、明確にするよう求めること。 |
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確認チェック | 相手の発話を自分が正しく理解しているかどうか確認すること。 |
理解チェック | 自分の発話を相手が正しく理解しているかどうか確認すること。 |
1 相手の内容が分からないのでもう1回言ってもらう。つまり明確化要求です。
2 相手の内容が分からないので説明を求める。つまり明確化要求です。
3 言われたことについてはとりあえず理解していて、その上でさらに詳細な情報を求めてます。これは意味交渉ではありません。意味交渉は分からないインプットを理解可能にするために行うストラテジーなので、理解している状態で意味交渉は生じません。
4 自分の理解が正しいかどうかを確認してるので、確認チェックです。
したがって答えは3です。
問5 訂正フィードバック
訂正フィードバックとは、学習者が産出した言語形式が文法的でないことを示すタイプのフィードバックです。
この問題には肯定証拠、否定証拠という用語が出てきているので、まずは簡単に説明します。
肯定証拠 | 学習者が目標言語の学習において「その言い方は正しい」「その言い方は学習してもいい」ということを示す情報。 |
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否定証拠 | 学習者が目標言語の学習において「その言い方は間違っている」「その言い方は学習してはいけない」ということを示す情報。 |
例として学習者が「きれくないです」と言って教師が「『きれくないです』は間違いです。『きれいじゃないです』です」と訂正フィードバックを行う場面を考えます。「『きれくないです』は間違いです」という訂正フィードバックから学習者は「きれくない」は間違った言い方であるという否定証拠を得ることができます。そして「『きれいじゃないです』です」という訂正フィードバックから学習者は「きれいじゃないです」が正しい言い方であるという肯定証拠を得ることができます。否定証拠を与えるほうがいいのか、肯定証拠を与えるほうがいいのか、それと学習者の性向との関係は第二言語習得論の研究対象です。
選択肢1
幼児が言った「きれくない」に対し、親が「『きれくない』じゃないよ」と言ったときは否定証拠を与えることになります。こうした否定証拠から「きれくない」は非文法的であることが分かり、規範的な形式に関する母語習得に役立ちます。全く同じ内容で学習者と教師がこのやりとりをした場合でも第二言語習得に役立つので、この選択肢は間違いです。
選択肢2
自分で教科書で勉強したりして得られるインプットの内容は、基本的に肯定証拠がほとんどです。なぜなら教科書には普通正しい言語形式しか書かれていないからです。でも教師から訂正フィードバックを受けることで、インプットだけではなかなか得られない否定証拠を得ることができるようになります。この選択肢が答え。
選択肢3
上述の通り、「『きれくないです』は間違いです。『きれいじゃないです』です」という訂正フィードバックからは肯定証拠も否定証拠も得られます。この選択肢は間違い。
選択肢4
「『きれくないです』は間違いです。」と否定証拠だけ得たとしても、この言い方はダメなのだと理解でき、中間言語を再構築できます。
「『きれいじゃないです』です」と肯定証拠を得た場合も、当該言語形式を正しいものとして中間言語に組み込み、その体系を再構築できます。この選択肢は間違い。
答えは2です。
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