平成26年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題9解説

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平成26年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題9解説

問1 グローバルエラー

 グローバルエラーとは、コミュニケーションに大きな支障が出る程度のエラーを指します。話し手が伝えたいと思っている意味が聞き手に伝わらなかったとき、それはだいたいグローバルエラー。

 1 意味は分かるのでローカルエラー
 2 意味不明だからグローバルエラー
 3 意味は分かるのでローカルエラー
 4 意味は分かるのでローカルエラー

 選択肢2は「私が教えた」のか「私が教わった」のかよく分からなくなってます。
 答えは2です。

問2 過剰般化

 過剰般化とは、ある文法規則をそれが適用できない部分にも適用することで起きる言語内エラーの一種です。例えば「食べる」のナイ形「食べない」を教わったあとに、「話す」のナイ形を「はなない」と言ってしまうようなエラーが過剰般化です。

選択肢1

 教室ではなく、実際のコミュニケーション場面でことばを学ぶ自然習得の場合、母語話者から聞いたことばをそのまま覚えて、自分なりの文法規則を構築して、それにもとづいてことばを運用するような学び方をします。一方、構造シラバスにもとづいた授業では、教室では教師が易しいものから順番に文型を教えていきます。
 文型を明示的に教わる教室習得のほうが教わった文型を使えるようになるので、本来それが使えない領域にも適用して過剰般化を起こす可能性が高くなります。この選択肢は逆。

選択肢2

 第一言語(母語)でも起きます。例えば日本語母語話者の子どもが「きれくない(綺麗じゃない)」というとか。この選択肢は間違い。

選択肢3

 過剰般化は目標言語の知識不足によって生じる言語内エラーの一種なので、母語の知識は関係ありません。この選択肢は間違い。

選択肢4

 これが答え。

 答えは4です。

問3 母語の転移

 母語の転移とは、母語の規則を学習言語に適用することを指します。

例えば、中国語で動詞が名詞を修飾するときは動詞と名詞の間に日本語の「の」にあたる「的」を介在させて「吃饭人(ご飯を食べる人)」と言います。なので中国語を母語とする日本語学習者は、この中国語の規則を日本語にも適用して「ご飯を食べる人」ということがあります。これは中国語の規則を日本語に適用した負の転移といえます。

選択肢1

 文法よりも語彙のほうが転移が起きやすいといわれています。語彙は膨大な量があり、語彙1つ1つが目標言語のそれと意味的に対応するとは限りません。専門用語などの定義された語でない限り、ニュアンスや比喩まで含めた意味が完全に一致する語彙はほとんどないのではないかと思います。だから転移が起きやすい。
 この選択肢は間違い。

選択肢2

 教師の教え方も学習者の転移の起き方に影響します。これは訓練上の転移と言います。 

選択肢3

 間違いとかどうでもよくて伝わればいいやって思っている学習者はがんがん母語を翻訳してコミュニケーションをとったりする結果、転移がたくさん起きるかもしれません。逆に誤用に慎重な学習者は一つひとつの言語形式を確認しながら話し、そこで転移が抑えられるかもしれません。母語は同じであっても、転移の数は人によって違います。この選択肢が答え。

選択肢4

 上達すればするほど理想的な目標言語が使えるようになっていくので、転移は起きにくくなります。この選択肢は間違い。

 答えは3です。

問4 語用論的転移

 語用論的転移とは、母語の語用論的知識を目標言語に適用することです。
 例えば、英語母語話者が友人を夕食に誘う際に、英語の「Would you like to go to dinner?」をそのまま直訳して「夕食行きたいですか?」という表現を用いることなどが語用論的転移です。言語形式には誤りが見られませんが、場面に応じて使うべき表現が使えていないことで不自然、不適切と感じてしまうわけです。特定の場面でどんな語や表現を用いるべきかはその言語を使用するコミュニティの社会的な習慣として決められいますが、そうした習慣を母語から転移させると語用論的転移になります。

選択肢1

 主節「上海に住んでいます」はル形なので発話時<現在>において上海に住んでいることを表しますが、従属節「日本に来る前は」発話時よりも<過去>のある時点を指しています。つまり、従属節を見ると中国にいたのは<過去>なのに、主節を見ると<現在>上海にいるという解釈がなされるので、テンスが一致せずに非文になっています。
 日本語では述語の形態変化によってテンスを厳密に表しますが、中国語では述語の形態変化によってテンスを表しません。実際中国語では「在来日本之前,我住在上海。」と言い、従属節で「~之前(~の前)」という<過去>の時を表す形式があるだけで主節にはありません。つまりこの学習者の発話にはテンスに関する転移が見られます。語用論的転移ではありません。この選択肢は間違い。

選択肢2

 日本語において学生が教師に「~てほしいですか」を使うのは不適切です。おそらく英語の “Would you like me to write kanji, teacher?” を直訳したことによるのではないかと思います。
 ここには語用論的転移が見られます。これが答え。

選択肢3

 フランス語では「手伝う」を「aider(助ける)」というそうです。だとすればこれは語彙に関する転移であって語用論的転移ではありません。

選択肢4

 「(私は)日本語の先生になりたいです」を韓国語でいうと「저는 일본어 선생님이 되고 싶습니다」です。「일본어」が「日本語」、「선생님」が「先生」を表し、直訳すると「日本語先生」となります。しかし日本語では「の」を介在させて「日本語の先生」と言わなければいけません。韓国語での文法規則を日本語にも適用したことによる誤り。これは語用の領域に見られる転移ではなく、文法に関する転移だからこの選択肢は間違い。

 答えは2です。

問5 生活言語能力 (BICS)と学習言語能力 (CALP)

 BICSとCALPはよく出題されるんで覚えておきたい用語です!

 BICS (basic interpersonal communication skills)/生活言語能力
 日常生活で最も必要とされる言語能力のこと。主に話したり聞いたりする能力が中心。日常生活の対人場面ではジェスチャーや表情、状況などの非言語情報が豊富にあるため、コンテクストに支えられているBICSの習得は認知的な負担が少なく、2年ほどで習得可能とされている。

 CALP (cognitive academic language proficiency)/学習言語能力
 教科学習などで用いられる抽象的な思考や高度な思考技能のこと。学習の場面では聞いたり話したりする能力も必要だが、BICSよりも読んだり書いたりする能力が特に必要になる。非言語情報があまりない低コンテクストの状態になりやすく認知的な負担が大きいため、習得には5~7年必要だとされている。

選択肢1

 日常生活に必要な言語能力(BICS)は年齢が低いほど習得に有利だと思いますが、学習に必要な言語能力(CALP)は年齢が低いほど有利とはいえません。CALPは高度な思考が必要なので、ある程度年齢が高くないとできない能力です。

選択肢2

 BICSは習得までに2年、CALPは5~7年と言われています。教育を受けてすぐ年齢相応のレベルになるわけじゃないです。

選択肢3

 カミンズ (Cummins)が提唱した発達相互依存仮説と関係してます。この仮説は第一言語能力と第二言語能力の転移の可能性についてのもので、第一言語が発達していれば第二言語も発達しやすくなり、第一言語が未発達だと第二言語も発達しにくくなるという考え方です。2つの言語を氷山にたとえ、2つの氷山の深層は共有基底言語能力を有していると唱えました。そして共有されている部分はCALPだと主張してます。
 要するに、2つの言語の共有部分であるCALPが発達していれば、2つの言語も発達しやすくなります。この選択肢は正しいことを言っています。

選択肢4

 日常生活で用いる言語(BICS)は非言語情報が多いので言葉そのものが分からなくても、周囲の状況や文脈から理解できたりします。つまり高コンテクストな状態で場面依存的で、認知的負荷はCALPよりも小さいです。学習場面で用いる言語(CALP)は低コンテクストであることが多いので、認知的負荷はBICSよりも大きいです。
 この選択肢は逆です。

 したがって答えは3です。




コメント

コメント一覧 (4件)

  • いつも参考にさせていただいております。

    問4についてですが、フランス語では「手伝う」を「助ける(aider)」という単語を用いて表すことがあるので、選択肢3はそのことを言っているのだと思います!
    (大学でフランス語を履修しています)

    • >たきもとさん
      非常に助かりました!フランス語なのでもう諦めてましたこの問題…
      コメントお借りして解説を更新いたします。試験まで頑張ってください!

  • いつも勉強時にお世話になっています。
    問4に関してたのですが、語用論的転移かそうでないかのちがいがよくわかりません。問4の選択肢1などは中国語時の習慣が日本語に影響が出てしまっている。。なら語用論的転移なのでは?と考えてしまうのですが。。。ご教示の程よろしくお願いします。

    • >Luckyさん
      コメントありがとうございます。
      転移は語彙に表れる場合もありますし、音声面に表れる場合もありますし、語用論的領域に表れる場合もあります。
      母語の影響を受けて「日本語先生」という場合は母語の語彙が影響した転移です。
      母語に/r/がないので全て/l/で言うような日本人によくある現象は音声面の転移です。
      「先生、これ欲しいですか」のような母語で適切な表現をそのまま他の言語にすることで不適切になってしまうような、社会言語学的な領域に表れる転移は語用論的転移です。
      転移しているからといって、全て語用論的転移とは限りませんので注意してください!

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