平成25年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題3解説
問1 日本語のテンス
日本語のテンスの基本について簡単に説明します。詳しくはリンク先をご覧ください。
(1) さっきご飯を食べた。 <過去>
(2) ここにりんごがある。 <現在>
(3) あとでご飯を食べる。 <未来>
日本語は<過去>を表すときに「た」が現れ、<現在>と<未来>を表すときに「る」が現れます。この形式面に注目し、原則として日本語のテンスは<過去>を「た」で表し、<非過去>を「る」で表すと説明されます。<過去>を表す形式はタ形、<非過去>を表す形式はル形とも呼ばれます。
選択肢1
ある文が表す事態が生起する時を発話時基準で<過去><現在><未来>のどれかに定める述語の形式をテンスと呼びます。<過去>はテンスですが、[完了]はテンスではなくアスペクトです。テンスの説明をしているのにアスペクトの話が出てきているのでこの選択肢はその時点で変です。
(4) さっきご飯を食べた。 (動的述語「食べる」のタ形<過去>)
(5) ここにりんごがあった。 (静的述語「ある」のタ形<過去>)
テンスについて見るなら、「食べる」などの動的述語のタ形はテンス<過去>を表し、「ある」などの静的述語のタ形も同じくテンス<過去>を表します。テンスについて聞いているのに、やっぱり[完了]という語が出てくるのがおかしい。この選択肢は間違いです。
選択肢2
(6) あとでご飯を食べる。 (動作動詞「食べる」のル形<未来>)
(7) ここにりんごがある。 (存在動詞「ある」のル形<現在>)
「食べる」などの動作動詞はル形で<未来>を表します。(6)の文において、「ご飯を食べる」という事態が生起するのは発話時よりも<未来>のできごとだからです。一方、「ある」などの存在動詞はル形で<現在>を表します。(7)の文において「ここにりんごがある」という事態が生起しているのが発話時<現在>のできごとだからです。この選択肢は正しいです。
選択肢3
絶対テンスと相対テンスの話をしています。これをここで説明するには書ききれないので… 詳しくはリンク先をご覧ください。
結論を言うと、基本的に従属節のテンスは主節時を基準とした相対テンスで、主節のテンスは発話時を基準とした絶対テンスです。だからこの選択肢は逆。
選択肢4
選択肢3で述べたように、主節のテンスは発話時を基準とする絶対テンス、従属節のテンスは主節時を基準とする相対テンスです。この選択肢は間違い。
答えは2です。
問2 一般的な文法にのっとって説明しにくい「から」
格助詞「から」の用法はいくつもあるんですが、いずれにも共通するのは<起点>を表すという点です。次に挙げるのは「から」のいくつかの用法なんですが、(1)は最も典型的な「から」の使い方で、物理的な移動の起点を表すものです。(2)~(4)は移動とは関係ありませんが、より抽象的な意味の<起点>として使われています。だから「から」の意味を抽象すると<起点>が取り出せるわけです。
(1) 会社から家まで1時間かかる。 <物理的な移動の起点>
(2) 醤油は大豆から作る。 <材料という起点>
(3) 一瞬の迷いから失点した。 <原因という起点>
(4) 状況から見ても明らかだ。 <根拠という起点>
この観点から各選択肢を見ると…
選択肢1
レジで店員さんが「1000円からお預かりします」と言うのはいわゆるマニュアル敬語、バイト敬語と呼ばれるものです。一般的な文法にのっとってこの文を解釈すると、“お預かりする<起点>が1000円” となります。これでは意味が分からなくなってしまいました。本来、1000円は預かる対象なので「を」を使い、「1000円をお預かりします」と言うべきだと思いますが、マニュアル敬語ではここで「から」を使うというのが特徴です。この選択肢が答え。
選択肢2
予約の受付について話をしています。予約開始日は<起点>であり、予約終了日は<終点>と考えられます。そしてここでいう「1か月前」はまさに予約開始日を表していて、格助詞「から」で据えられています。つまりこの「から」は「承る」の<起点>を表すもので、一般的な文法にのっとって説明できます。この選択肢は間違い。
選択肢3
「メニューのこのページの中」は選ぶときの<起点>として捉えられます。これも一般的な文法にのっとって説明できるのでこの選択肢は間違い。
選択肢4
列に並ぶ場面だと思います。これから列に並ぶ人たちは、列の最後尾を<起点>として並び始めます。したがって述語「並ぶ」の<起点>が「こちら」です。これも一般的な文法にのっとって説明できるのでこの選択肢は間違い。
答えは1です。
問3 接客時に頻繁に用いられる表現
「ほう」は空間や方向を表すときに用いるものですが、接客時には「お箸のほう、お付けしますか」などと使われることがあります。すると「お箸がある空間、方向」を指す意になってしまいます。また、「になります」は「秋になる」のように変化を表す文型ですが、接客時には「こちらがご注文の◯◯になります」のように変化を表さない使われ方をすることがあります。この「になります」も従来の文法での説明が難しい。
答えは2です。
問4 日本語の敬語体系
選択肢1
敬語は文化庁(2007)の『敬語の指針』によると、尊敬語、謙譲語Ⅰ、謙譲語Ⅱ、丁寧語、美化語の5つに分けられます。
(1) 社長は来られましたか? (「社長」に対する尊敬語「来られる」)
(2) 私がご案内します。 (「私」に対する謙譲語Ⅰ「ご~する」)
(3) 私は佐藤と申します。 (聞いている人に丁重に述べる謙譲語Ⅱ「申す」)
(4) そちらは田中さんです。 (聞いている人に丁寧に述べる丁寧語「です」)
(5) お空がきれいですね。 (聞いている人に綺麗に述べる美化語「お」)
「文中に登場する人物に用いる敬語」とは、素材敬語を指します。素材敬語は尊敬語と謙譲語Ⅰのことで、(1)(2)はそれぞれ文中の「社長」「私」に対して敬語が用いられています。「聞き手に対して用いる敬語」とは、対者敬語を指します。これは謙譲語Ⅱ、丁寧語、美化語を指します。(3)~(5)は聞き手に丁重に、丁寧に、綺麗に述べるタイプの敬語です。
敬語はこの観点から素材敬語と対者敬語に分ける見方がありますので、この選択肢は適当です。
選択肢2
(6) 先生は来週海外へいらっしゃるんでしたね。 <行く>
(7) 社長がいらっしゃいました。 <来る>
(8) 部長は既に会議室にいらっしゃいます。 <いる>
「行く」「来る」「いる」の尊敬語は「いらっしゃる」で共通しているので、確かに「いらっしゃる」それだけでは意味の判別が難しいです。意味が分かるには文脈が必要です。この選択肢は適当。
選択肢3
現代日本語の敬語は状況や場面によって敬語の使用不使用が選択される相対敬語です。絶対敬語なのは現代韓国語。
この選択肢は間違いです。
選択肢4
敬語は文化庁(2007)の『敬語の指針』21ページには、美化語は立てるべき人物を立てているわけでもなく、向かう先を立てているわけでもなく、また相手に丁重に述べているわけでもなく、丁寧に述べているわけでもないと書かれています。つまり尊敬語でもなく、謙譲語Ⅰでもなく、謙譲語Ⅱでもなく、丁寧語でもないという位置付けです。ただ「ものごとを、美化して述べている」とされているものです。だからこの選択肢は適当。
答えは3です。
問5 「お値段、サービスさせていただきます」を誤用とする立場の根拠
「させていただきます」を「させて」と「いただく」に分けて意味を見ていきましょう。
(1) ちょっと食べさせて。 (相手の許可が必要な自分の行為)
(2) りんごをいただきました。 (自分の利益がある)
「させて」は依頼表現の一種で、自分の行為を相手に許可をとるという意味を持ちます。
「いただく」は相手から何か恩恵を受けることで自分が利益を得ることを表します。
これら2つを合わせた「~させていただく」は、規範的には①相手の許可が必要な自分の行為である、②自分の利益がある、という状況において使われるものです。
(3) ちょっと見学させていただけませんか? (①も②も満たす)
(4) お値段、サービスさせていただきます。 (①も②も満たさない)
①も②も満たす例としては(3)が挙げられます。自分が見学するためには相手に許可が必要だし、見学することで自分に利益があるからです。このようなときの「~させていただく」は規範的には正用とみなされます。しかし(4)の言い方はそうではありません。サービスする、つまり値下げするのに相手の許可は要らないし、サービスすることによって利益を得るのは自分ではなく相手です。①も②も満たしていません。このようなときは規範的に誤用とみなされます。
だから答えは1です。
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