平成23年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題3D解説
(16)格関係に変更が生じることがないもの
動詞の形態が変わるのに合わせて格関係も変わる文法現象はヴォイスと言います。能動文の格関係と、選択肢の動詞の形態での格関係が異なるものを探しましょう。適当に例文を作って。
選択肢1
(1)a 私がギターが弾ける <可能表現>
b 私がギターを弾く <能動文>
可能表現では「~が~が」ですが、能動文では「~が~を」で格関係が異なります。
選択肢2
(2)a 窓が開けてある <~てある>
b 私が窓を開ける <能動文>
<~てある>では「~が」型の文型ですが、能動文では「~が~を」で格関係が異なります。
選択肢3
(3)a 私が水が飲みたい <~たい>
b 私が水を飲む <能動文>
<~たい>を使うと「~が~が」の文型ですが、能動文では「~が~を」型で格関係が異なります。「~たい」はいわゆる願望態と呼ばれるヴォイスの一種。
選択肢4
(4)a 私が窓を開けておく <~ておく>
b 私が窓を開ける <辞書形>
<~ておく>でも辞書形でも「~が~を」型の文型をとるので格関係は変わりません。これはヴォイスじゃないやつ。
答えは4です。
(17)間接受身文
間接受身文について簡単に説明すると… 受身文と能動文の補語の数が一致しないタイプの受身文を指します。
(1)a 私が 部下に 仕事を 辞められた。 <間接受身>
b 部下が 仕事を 辞めた。 <能動文>
(2)a 私が 赤ちゃんに 泣かれた。 <間接受身>
b 赤ちゃんが 泣いた。 <能動文>
(1a)の補語は3つですが、(1b)は補語が2つでその数が一致しないから間接受身です。(2)も同様です。間接受身は能動文に存在しない人物をガ格(=主語)にすることができるので、間接受身文では能動文でいなかった存在が増えます。(1b)では「私」がいなかったのに、(1a)で「私」が出てくるのはそういうことです。
で、この問題では、日本語の間接受身では ア をガ格に据えることができるそうです。上記の例文を見れば分かりますが、(1a)(2a)の「私が」はもとの能動文には存在しない要素。
だから答えは3です。
(18)自動詞の受身文
使役動詞、可能動詞、他動詞、自動詞のうち、日本語では直接受身ではできないけど、間接受身ではできるものを探します。
選択肢1
(1)a 母親が 息子に 野菜を 食べさせる <使役>
b 息子が 母親に 野菜を 食べさせられる <使役+受身>
使役動詞「食べさせる」で受身文を作ってみましたが、補語がどちらも3つで一致しているので(1b)は直接受身です。補語が一致しない間接受身には作れなさそう。この選択肢は間違いです。
選択肢2
(2)a 私が 彼を 操れる。 <可能>
b *彼が 私に 操れられる。 <可能+受身>
可能動詞「操れる(ayature-ru)」に受身接辞 -reru- をつけて「操れられる(ayature-rare-ru)」にしてみましたが、(2b)は非文になってしまいました。可能を表す動詞は受身にはできないようです。たぶん、可能を表す動詞は動きを表さないからだと思う。この選択肢は間違い。
選択肢3と4
(3)a 彼が 私を 殴った。 <他動詞>
b 私が 彼に 殴られた。 <他動詞+受身> ※直接受身
(4)a 妹が お菓子を 食べた。 <他動詞>
b 私が 妹に お菓子を 食べられた。 <他動詞+受身> ※間接受身
他動詞を用いた能動文(3a)と受身文(3b)は補語の数が変わらないので直接受身です。同じく他動詞を用いた能動文(4a)と受身文(4b)は補語の数が一致しないので間接受身です。他動詞述語は直接受身にも間接受身にもできます。
(5)a 赤ちゃんが 泣いた。 <自動詞>
b 私が 赤ちゃんに 泣かれた。 <自動詞+受身> ※間接受身
自動詞能動文は補語が一致するような受身文を作ることはできません。だから自動詞で作る受身文は全て間接受身になります。
選択肢3と4の検証をまとめると、直接受身文は他動詞でも自動詞でも作れますが、間接受身文は直接受身文とは異なり、述語が自動詞じゃないと作れません。だから イ に入るのは「自動詞」です。そういう受身は自動詞の受身と言います。
答えは4。
(19)授受表現「くれる」
(1) 私が 親に プレゼントを あげた。 <あげる>
(2) 私が 彼に プレゼントを もらった。 <もらう>
(3) 彼が 私に プレゼントを くれた。 <くれる>
(1)~(3)の例文は全て”与え手である「彼」が受け手である「私」に「プレゼント」を与える行為”を描写しています。しかし、与え手に視点を置くか、受け手に視点を置くかで異なります。
「あげる」を使っている(1)は、与え手である「私」視点で行為を描写しています。「あげる」のは「私」だからです。
「もらう」を使っている(2)は、受け手である「私」視点で行為を描写しています。「もらう」のは「私」だからです。
この2つは主語がそのまま行為の視点と関係します。
ところが「くれる」はちょっと特別。
(3)の文は「彼」を主語に置いていますが、決して「彼」視点で行為を描写しているのではなく、受け手である「私」に視点を置いています。「くれる」が使われる文は、受け手は必ず「私」ないし「私側の人」でなければいけませんから、それが関係していると思われます。だから「くれる」は与え手の行為を、受け手の側から描写する動詞です。
1 くれる
2 あげる
3 もらう
4 たぶん無い
答えは1です。
(20)存在しない授受表現
「あげる」「もらう」「くれる」のガ格に注目してみます。
(1) 私が 親に プレゼントを あげた。 <あげる>
(2) 私が 彼に プレゼントを もらった。 <もらう>
(3) 彼が 私に プレゼントを くれた。 <くれる>
(1)のガ格は与え手、(2)のガ格は受け手、(3)のガ格は与え手です。とすると、日本語の授受を表す動詞のガ格は与え手でも受け手でも良さそうという結論になりそうですが、与え手か受け手かという観点ではなく、話し手(自分)か聞き手(自分以外)かという観点でも見たほうがいいです。
(1)のガ格は話し手(自分)、(2)のガ格は話し手(自分)、(3)のガ格は聞き手(自分以外)です。
これを単純に数えてみると…
●与え手がガ格になるのは2つ、受け手がガ格になるのは1つ。
●話し手がガ格になるのは2つ、聞き手がガ格になるのは1つ。
どうも日本語の授受動詞は与え手ないし話し手がガ格になりやすい傾向があるようです。
したがって、受け手かつ聞き手をガ格で据えるような授受動詞は存在しにくいよう。それが表dにあたります。
1 これが答え。
2 表中cでは受け手がガ格をとっていますが、動詞では受身表現を用いていません。
3 表中bの「くれる」は話し手の視点から述べていますが、他者をガ格に据えています。
4 表中bの文では話し手も受け手として関わっていますが、ニ格が据えられています。ガ格にすると非文です。
答えは1です。
コメント
コメント一覧 (4件)
いつもありがとうございます。
解き方の基本的ルールを教えて下さい。例えば、23年度試験1問題3(16)ギターを弾くを可能表現にする時、先生→「ギターが弾ける」としておられますが、「これをギターを弾ける」(が→を)同じく「水を飲む」も「水を飲みたい」としては、なぜ駄目かが教えて下さい。
この様な問題が解けなくて困っています。
>マシュマロさん
コメントありがとうございます! お答えします。
(16)は”格関係に変更が生じることがないもの”を選ぶ問題です。
1 「ギターを弾く」はマシュマロさんが言ったように「ギターを弾ける」でも良いんです。でも「ギターが弾ける」とも言えますよね。「弾く」の場合はヲ格を取っていたのに、可能表現になるとヲ格でもガ格でもよくなり、格関係に変更が生じています。「ギターを弾ける」しか思いつかなかった場合はうっかり格関係が変わらないんだと思って選択肢1を選んでしまうかもしれませんので注意が必要です。
3も同様です。「水を飲む」は「水を飲みたい」でも良いんですけど、「水が飲みたい」という言い方もありますね。ヲ格からガ格に変わるケースもありますので、格関係に変更が生じています。
こうして考えると選択肢4だけがどうやっても格関係が変わらなさそうです。
解き方としては… 実は網羅的です。”格関係に変更が生じるかどうか”を調べるために、いろんな格助詞に変えてみて文が作れるかどうかを試しています。そして「格関係が変わらないものもあるけど、変わるものもあるね!」という組み合わせを見つけたら、その選択肢は除外されます。
この問題に限らず、この検定試験ではとにかく例文、例文、例文。例文をたくさん作って検証することが重要です!
(16)
選択肢3は、〜たいとなっています。
たいは、形容詞なので、❲動詞が持っていた格関係〉に変更が生じるとは、関係ないと思いました。どうして、この解き方が間違いか教えてください。
すみません。先程の質問取り消しです。問題文は、ブォイスの問題と捉えないで解くのですね。
問題文を解釈するのが一苦労!!国語力不足!
もし、ブォイスの問題が出たら、たいは、形容詞なので、はじめから、外していいですか。