中国と日本の女性の貞操観念の違い

 先週より4年生から新しいの予約が続々入り、月曜日と木曜日は超が付くくらい忙しくなりました。
 月曜日の今日は授業2コマ(4時間)、学生との会話が5時間でほとんど教室にいました。
 その間一年生の発音の宿題の提出も止まらず携帯も鳴り止みません。

 仕事に追われていますが、裏を返せば毎日充実していると言えますね。
 学生との会話はこれといって気を張る必要もないので疲れを忘れて楽しいです。

 今日も10時から4年生との会話。恋愛の話が主な中心でした。

 話題は「中国と日本の女性の貞操観念の違いについて」。
 ある日本の番組を見たところ、日本人女性の貞操観念は中国人女性と全く違うと言われました。

 その番組内のインタビューで、経験人数が多いことを自慢げに話す道行く女性がたくさん。
 その4年生によると、中国人女性は経験人数が多いことを通常自慢せず、むしろそれはほとんどがマイナスに働くと言ってました。言われてみますとそういう感じがします。
 一方で男性の経験はあまり問われないそうです。

 会話の中で、この原因は何かについて話をしました。
 私が咄嗟に思い浮かんだのは、中国の小中高の教育課程では学生間の恋愛が硬く禁止されている点。
 それは結局その4年生によって否定されたのですが、彼女たちは女性としてそうするべきだと言っていました。
 もちろんそうではない人もいるでしょうが、少なくとも不特定多数の男性と遊ぶ女性は日本よりもかなり少ないように感じます。
 貞操観念は人によって異なります。いずれかが悪いと言っているわけではありません。

 また学生に両国の違いを気付かせられました。
 だんだん会話の内容が深くなって行ってるのでこれからが楽しみです。




コメント

コメント一覧 (2件)

  • はめまして、北京在住の日本へ留学したことがある中国人です。
    中国の女性の貞操観について、少々話せることがあると思って、コメットさせていただきます。

    ご存知の通り、中国は非常に長い歴史を持っています。長い歴史の中で、中国の女性の貞操観も一貫のままであるはずがありません。宋(中国の朝代、960年—1279年)までは、中国の女性の貞操観は比較的にオーペンでした。しかし宋に入ると、特に「南宋」(1127年-1279年)の間で、思想家の朱熹(シュキ)が「理学」を提唱することと共に、女性の貞操観は保守にならざるを得なくなりました。理学の思想を基づいて、女性にとって一番大事なのは自分の命ではなく、夫への忠誠、つまり「節」です。もし女性が結婚の前に処女を失えば、結婚後夫は無条件で婚姻関係を破棄することが可能。女性が結婚後、強姦される場合を含め、いかなる理由で他の男性と性行為をしたら、夫は婚姻関係を破棄することが可能。しかし女性はいかなる場合でも自ら離婚することはできません。さらに、夫は死んでも「妻」で居続けることは社会的に強要されます(中国では「未亡人」の呼び方こそないが、事実上同じです)。生活のために夫に死なれる女性は他の男性と結婚することもあるが、周囲に白い眼で見られることになります。生涯ひとりの夫に尽き、夫以外の男性と性行為をしたことのないことは「守節」といい、夫以外の男性の性的暴行を受けないために自ら命を絶った女性を「貞節烈女」と呼び、美談になり、「牌坊」(記念碑に相当)も立てられることがあります。このような状況は結構近代まで流れ続いてきました。
    現代では女性がレイプに遭うと自殺を図るようなことはほぼないが、男性でも女性でも、ある女性の性経験でその女性を判断することもあります。多くの中国人の意識や無意識では、女性の場合、性経験が多い=ふしだら、ロクでもない。もちろん伝統的思考や女性は社会的弱者などさまざまな理由があります。
    それほどきちんとした日本語ではないが、概ねは伝わると思います。少なくとも参考になれば嬉しいです。

  • 大変、人間関係、夫婦関係が、良く理解できました、ありがとうございました。

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