日本語Q&A
質問者さん(日本)
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「敗北」はなぜ「北」なの?

古代中国において戦で負けることを「敗北」と言いました。漢字「北」の構成要素は右辺と左辺に分けることができますが、どちらも人を真横から見た様子を表した象形文字です。その象形文字を組み合わせて、まるで二人が背中を合わせているように配置したのが会意文字「北」となります。
ここで「背中」というキーワードが出てきていますが、実は中国の辞書『说文解字』にもこのように書かれています。
《说文解字》 “北,背也,二人相背。” -「北」とは、背中、または二人背中を合わせること。
戦いのときはお互い真正面で向かい合いますが、ひとたび劣勢になると相手に背を向けて逃げていきます。言い換えると負けたほうは勝ったほうに対して背中を向けて逃げるわけで、ここから「北」が失敗という意味を持つようになりました。失敗はすなわち「負け」を意味し、現代においてもゲームや競争、試合や選挙などで望まない結果を指します。原義が「背中」を表していた「北」は次第に「逃げる」「負ける」を表すようになりました。(「背」はそもそも「北」に肉付きをつけたものであり、「北」から派生したものです。中国語で「北」も「背」も同じ発音なので、こうしてみるとその成り立ちは偶然じゃないことが分かります。)
「北」は負けて逃げることを表す

「逃げる」や「負ける」の意で初めて「北」が使われたのは紀元前500年ごろ、中国春秋時代の孫武が著した兵法書『孫子』という説があります。この兵法書の中には次のような記述が見られます。
《孫子》 “佯北勿从,锐卒勿攻。” -負けたふりをしている人を追いかけるな。敵の士気が高いときは攻めるな。 -失敗したふりをしている人を追いかけるな。敵の士気が高いときは攻めるな。
兵法書なので戦い方に関する心得が書かれています。この「北」は「負ける」や「負けて逃げる」に相当する使い方がされており、そのようなふりをしている人はむやみに追いかけるな。何か罠があるかもしれないというような心得、教訓を示している文です。
じゃあ方角の「北」はなぜ「北」なの?

古代中国では南を非常に良いものとみなし、その時代に建てられた家屋は入り口が南向きになるように建てられていました。南向きに建てることで日中長い時間日光が差し込むようになります。また日光によって屋内が暖かくなったり、日光に当たることで健康にもよかったりと、南向きはこれだけ理にかなったメリットがあります。これは一般の家屋のみならず、その地の君主が住まう宮殿もそうして南向きに作られていました。その習わしから君主が座る玉座も北を背にして南を向くように置かれています。
君主に忠誠を誓った者たちは君主が描く未来の実現を同じように望んでいます。まるで君主と同じほうを見ているような。しかし君主を裏切ろうとしたりその意向に反対したりする人は、君主とは全く違う方向を見ているような感じがします。戦だってそう。敵同士お互い意向が合わないから対立しているわけです。ここに「北」が方角を指すようになった由来があります。

君主が見ている方向(君主の玉座が向いている方向)は常に南であり、その仲間は君主と同じ方向を見ています。そうではない裏切者や敵勢力は君主とは全く違う方向を見ていて、まるで背中を合わせているようなイメージできます。その時見ている方向は君主とは逆方向の「北」。玉座の向く方向という物理的な状態を敵勢力との対立関係に写し換えて捉えています。だから「背く」には「背」という字が含まれてるし、当然中国語にも背く、裏切るという意味を持つ語「背叛」もあります。
これが方角を表す「北」と、背中合わせを表す「北」の繋がりです。こうしてみると、方角としての「北」は”南に対して反対側”というような、南ありきで生まれた概念だったと考えられます。
参考文献
北_百度百科
打败仗为什么叫“败北”,而不叫“败东”或“败西”呢?_百科TA说
坐北朝南_百度百科

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