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モノクロニックな時間とポリクロニックな時間について

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モノクロニックな時間とポリクロニックな時間について

 エドワード・T.ホール(Edward T. Hall)は文化を観察した結果、文化によって異なる方法で時間を意識していることを発見し、一度に一つのことを行うようなスケジューリングをするモノクロニックな時間と、一度にいくつかのことを行うような時間の使い方をするポリクロニックな時間の2つに分けました。

モノクロニックな時間

 モノクロニックな時間(monochronic time:Mタイム)とは、一度に一つのことを行うようなスケジュールを組み、それにしたがって時間を区切る方法のことです。モノクロニックな時間についてホールは北ヨーロッパ同じ時間の中で同時にいくつかの事柄を行うということはせずに、一つの事柄をまず処理してから次の事柄を処理するような時間を過ごします。そのためモノクロニックな人は計画をあらかじめ作ることを重視します。
 ホールは著書で日本の時間体系について触れています。ホールは日本で仕事をした際に、当日予定しているスケジュールを移動する時間も正確に計算に含みながら事細かく伝えられ、しっかりとそのスケジュール通りに終了したことを述べています。何時何分に何をする、そのあと何時何分に何をする… というような事柄を一つひとつ処理しようとするモノクロニックな時間は生活に秩序を与えますが、時間からの支配から逃れることはできません。また、モノクロニックな人にとって時間は実体のあるものと捉えられるので、時間に対して「使う」「失う」「節約する」「浪費する」「つぶす」「多い」「少ない」などの比喩的表現が用いられます。

ポリクロニックな時間

 ポリクロニックな時間(polychronic time:Pタイム)とは、一度にいくつかのことを行うような時間の使い方のことです。
 ポリクロニックな時間についてホールは中東の例を挙げています。地中海やアラブ諸国のお店では、たった一人の店員が複数のお客さんを同時に相手をしようとします。時間を区切って今は客A、次は客B… というように一人ひとり客に対応しません。客は店員の注意を引こうとするため、次どの客が対応されるかも分からない状況になるそうです。ポリクロニックな時間では、現在のスケジュールを守るよりも、今目の前で生起した事柄への対応が優先され、人々のかかわり合いに重点を置く傾向が見られます。したがって時間に支配されるような計画や約束などはしばしば破られたりします。
 ポリクロニックな人にとっては時間は実体のないものなので、モノクロニックな人とは違い、時間を失う、時間を浪費するといった感覚はめったに経験するものではありません。

 また、日本についてホール(1983: 77)は「日本では人間関係が重視されているにもかかわらず、ゆっくりと対処できないようなモノクロニックなスケジュールが押し付けられている」とし、日本はモノクロニックな時間でありながら、人々のかかわり合いに重点を置いたポリクロニックな側面もあることを指摘しています。

 モノクロニックな人がポリクロニックな時間に触れると、その時間の使い方の違いから圧迫感を感じたり、無視されたと感じることがあります。

参考文献

 エドワード・T. ホール(著)・岩田慶治(訳)・谷泰(訳)(1993)『文化を超えて』28-36頁.阪急コミュニケーションズ
 エドワード・T.ホール(著)・宇波彰(訳)(1983)『文化としての時間』60-78頁.TBSブリタニカ




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