学生にとって私は友達か、それとも先生か・・・

 中国人は、友達という関係をとても大切にします。友達のためなら何でもするし、手伝う。例えば、一人で買い物している中国人はほぼ見ません。髪を切るのにも必ず同伴します。ご飯はもちろん、一人で食べているのはかなり少数派。何をするにも絶対複数人でいるのです。「先生は中国に友達がいないのに、一人で来たんですか?」とたくさん質問されました。そうですと答えると、「寂しくないですか?」「勇気がありますね」の2択です。彼らにとって友達とは、心強く、寂しさを消してくれる存在なのでしょう。中国人の”ウチ”に入ると友達に扱われ、”ソト”の他人は厳しくあしらわれます。私は日本語教師という立場で彼らの”ウチ”に入ったので、彼らにとって私は友達なのでしょう。事実、彼らの口から「先生は友達」と何度も何度も聞きました。

 私と学生の関係が友達なら、気兼ねなく私と接することができ、いつでも私に電話をかけられ、分からないことがあったらすぐ質問できる。それは言葉を勉強するにあたって良い影響をもたらすはずです。しかし、良い面ばかりあるとは限りません。今日はその悪い面が現れた日でした。

 先日の授業で拍の感覚をいまいち掴みきれていない1年生に対し、今日は個別指導をしました。彼女は拍を最も苦手としており、誰よりも先に指導するべきだと思っていた学生です。初めは悪戦苦闘しつつもコツを掴んできて好感触だったのですが、30分ほど進んだところで突然つまづき、「難しいからやりたくない」と言い出したのです。その瞬間、彼女の私に対する扱いを理解しました。もし彼女の中で「私は先生だ」という考えが少しでもあるならそんなことを言わないはずです。つまり彼女は心底私を「友達」と思っていたのです。「これは勉強したくないんですか?」と最後の確認の意味で質問をしました。すると、そうだと答えたため、私は広げていた教材を片付けて「あなたにはもう教えません」と言いました。それ以外の部分でも、彼女の行動は悪い意味で馴れ馴れしいと思っていたところ、この発言が怒りの引き金となったわけです。

 その後、彼女は私の変化に気づき、急に謝り出しました。手のひら返しは食わぬと、しばらくは彼女の言動や態度を注視していたのですが、本当に困り果てていたのでその場は私が妥協することにしました。「勉強したいですか?」と聞くと「したい」と答えたので、最終的には再開することになったわけです。

 個別指導が終わったら、私は彼女に注意をしました。
 「私とあなたは友達ではない。私はあなたの先生です。勘違いしてはいけません。」
 これを聞いた彼女は、「私は友達だと思ってる。それは一番良いことだから」と言いました。
 「私はあなたの友達ではありません。」
 「しかし・・・」
 「しかし、ではありません。あなたは間違っている。」
 この一連の会話は、彼女にとって辛かったはずです。友達ではないと言われたわけですから、簡単に想像できます。しかし彼女のためを思ってのこと。あえて突き放さなければ、彼女は私を先生だと認識しないでしょうから。

 相手は一年生。難しい文法や単語を使えば理解不能になりますから、こういった大切な場面では、端的かつストレートに、難しくない言葉を選んで伝えるようにします。そのため、今回の注意はかなりキツいものになってしまいました。その点は反省しなければいけません・・・。この真意は「私を友達だと思っても全く構わないし、友達と同じように接してきてもいいですが、同時に先生であるということを絶対に忘れてはいけない。」ということです。彼女と別れたあとにフォローの微信を送りました。文字で見れば多少難しくても解読できるでしょう。

 話を戻しますが、一部の学生は「友達」という言葉を多用します。初めは感心していたんですが、あからさまに友達、友達とたくさん言われると、逆にうっとおしくなってきて、何か裏があるのではないか?と考えてしまいます。日本ではいちいち「あなたは友達」なんて絶対言いません。友達とは知らないうちに友達になっていて、言わなくてもお互いに認識している。確認なんて必要ないのです。うっとおしさを感じるのは私が日本人だからでしょうが、いったい本人はどういう気持ちで発言するんでしょうか・・・。ここからは推測ですが、「あなたは友達」と言うことによって相手の様子を伺い、相手がどう思っているかを本人も知らないうちに確認しているんじゃないかと思ってます。不安なんでしょう。なぜなら彼らにとって友達とは、心強く、寂しさを消してくれる存在ですから。

 さて、この仕事を始めてまだ1ヶ月。この学校の日本語教師は私だけですから、先輩という模範の存在を知りません。全て私の力量で捌いていくしかないわけですが・・・ 正直今日の私の行動にはあまり自信がありません。振り返るとどうするのが正しかったのか、分からないのです。これもまた経験でしょうね・・・。じっくり考えてみることにします。




コメント

コメント一覧 (1件)

  • 彼女はただ甘えていたと思います。
    難しいだから、先生から彼女を激励されたくて、「難しいからやりたくない」と言われた。
    本当に悪意味がないだと思います。
    これは中国人と日本人との考え方の違いで、語言の難しいところだと思います。
    私はいつも日本人の考え方が合えなくて、「悪い」言葉使て、悩んでいます。
    先生、何かいい方法で日本人らしい日本語を勉強したいです。
    もし、先生の文章を読むはいい方法でしょう。
    先生の気持ち、考えるもの、きつけるところ、私に大変助けると思いまして、誠にありがとうございます!
    そして、先生の記事は面白くて、読むことはとてもたのしいです~~ありがとう!!

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