受身文は必ず迷惑や被害の意味が出る?

日本語Q&A

質問者さん
(中国)

日本語の受身文は必ず迷惑や被害の意味が出ますか?

管理人

典型的には迷惑や被害を受けた解釈もできますが、そうでないときもあります。つまり文脈によります
例えば「先生に褒められた」といっても、その後に「嬉しかった」があれば嬉しいだろうし、「恥ずかしくなって困った」があれば迷惑や被害の意味が出ます。

受身文は、迷惑や被害を受けたという解釈ができる

 受身文は動作を受けた人に視点を置いて事態を述べるので、典型的には動作を受けたことによって迷惑や被害を受けたことも表しやすいです。ただし、必ず迷惑や受身を表すとは限りません

 (4) 先生に褒められて、嬉しかった。
 (5) 先生に褒められて、恥ずかしかった。
 (6) 先生に褒められて、困った。

 例えば(4)のように、後件に「嬉しかった」と述べている場合は迷惑や被害を感じてないでしょうけど、(5)(6)のように悪い意味の表現が来た場合は迷惑や被害を受けたことが表現されます。「褒める」という良い意味の語で受身文を作ったとしても、必ず良い意味になるとは限らないし、悪い意味になるとも限りません。典型的には迷惑や被害を表しますが、結局のところは文脈によります。

「によって」の受身文は迷惑の意味が出ない

 ちなみに、生産系の動詞や「行う」で作った受身文は迷惑や被害の意味が出ません。

 (1) 新種の虫が研究チームによって発見された。
 (2) 『最後の晩餐』はレオナルド・ダ・ヴィンチによって描かれた。
 (3) 「寛政の改革」は松平定信によって行われた。

 このタイプの受身文はただ何かを発見したり、作ったり、行ったりしたことを客観的に述べる受身文だからです。

参考文献

 なし




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