取り立て助詞
文中のある要素をそれと範列的な関係にある要素を背景として際立たせ、それによって話し手の事態に対する見方を示し、特別な意味を加えることを取り立てといい、そのような機能を持つ助詞を取り立て助詞と言います。取立て助詞、とりたて助詞、とりたて詞とも呼ばれています。研究者によって定義は異なりますが、取り立て助詞はおおむねかつて副助詞、係助詞と呼ばれていたものをまとめたものと言えます。
(1)a 10人だけ来た。
b 10人しか来なかった。
c 10人も来た。 (寺村 1981: 53)
(1)の文は全て「10人が来た」という事態を表していますが、話し手の事態に対する見方は異なります。(1a)(1b)は「10人」と関係する要素、例えば「5人」や「15人」などの同類のものを背景として「10人」を際立たせ、「10人以上来ることを期待していたが」という話し手の見方を表しています。その見方によって「10人は人数的に少ない」という特別な意味が加えられます。一方(1c)は「10人より少ない数の人が来ることを期待していたが」という話し手の見方を表し、その見方によって「10人は人数的に多い」という特別な意味を加えています。
(1’)a 10人以上来ることを期待していたが、10人が来た。
b 10人以上来ることを期待していたが、10人が来た。
c 10人より少ない数の人が来ることを期待していたが、10人が来た。
(1)では、取り立てによって表れる話し手の見方は文中に示されていませんが、(1’)のように取り立て助詞を取り除き、話し手の見方を文の要素として明示して(1)と同じ意味を表すこともできます。ここから分かることは、取り立てとは、命題の一部を省略してそれを含みとすること、あるいは文中に現れない命題を暗示することとも言えそうです(この段落は個人的な意見)。
取り立ての機能を持つ主な助詞は「も」「は」「なら」「だけ」「しか」「ばかり」「こそ」「まで」「さえ」「でも」「くらい」「など」等があります。
取り立て助詞の機能
日本語記述文法研究会(2009)によると、取り立て助詞の機能は累加、対比、限定、極限、評価、ぼかしの6つに分類されています。ここではこの分類にしたがって取り立て助詞の機能を扱います。
(2) 彼も学生です。 <累加>
(3) 私は海は行ってみたいです。 <対比>
(4) 右手だけ痺れている。 <限定>
(5) 子供まで徴兵された。 <極限>
(6) 自分の部屋くらい掃除しなさい。 <評価>
(7) お茶でも飲みましょう。 <ぼかし>
(2)は「彼」と同じ人々を背景として、「彼」がそれらと同種の学生であることを述べています。この意味は<累加>と呼ばれます。(3)は海などの様々な訪問先を背景として、「海」とそれらと<対比>しています。対比を表す取り立て助詞は「は」以外に「なら」もあります。(4)の「だけ」は右手を含む全身の身体部位を背景として、「右手」が唯一のものであることを述べる<限定>の取り立て助詞です。「だけ」以外にも「しか」「ばかり」「こそ」も<限定>を表します。(5)は徴兵される可能性のある全ての者の中で、常識的に最も徴兵されない者、徴兵される者として最も下位で極端な例である「子ども」が徴兵されたとする<極限>を表します。「まで」の他に「さえ」「でも」「も」も<極限>を表せます。(6)は「自分の部屋」に対する話し手の<評価>を、(7)は「お茶」と同種のものを暗示する<ぼかし>の意味を表しています。
格成分を取り立てるときの取り立て助詞の位置
格助詞別で見ると、ガ格をヲ格の格成分が取り立てられるときはガ格とヲ格が消え、「名詞+取り立て助詞」の形をとることが多いです。(やや改まった「神をも凌駕する」のような言い方もありますが)
(8)a *彼がも佐藤さんです。
b 彼も佐藤さんです。
(9)a *ケーキをまで食べ切った。
b ケーキまで食べ切った。
ガ格とヲ格以外の格成分を取り立てるときは、それらの格助詞は普通消えず、格助詞の後ろに取り立て助詞を置いて「名詞+格助詞+取り立て助詞」になることが多いです。
(9) 親にもぶたれたことないのに。
(10) 悪い方へばかり考えてしまう。
(11) 東大でさえ留学生だらけ。
(12) 自分たちの視点からしか物が見えてない。
(13) 10時までなら遊べるよ。
(14) 彼女とばかり遊んで、友達を失った。
ただし、「だけ」「ばかり」「なんか」などの取り立て助詞は格助詞の前について「名詞+取り立て助詞+格助詞」の形をとることもあります。
(15) 男だけで飲みに行こう。
(16) 雑談ばかりで意味のない会議だ。
(17) 私なんかが病気になるわけない。
取り立ての範囲
(18) 私も日本人です。 (直前の要素を取り立てる)
(19) 風邪で頭が重いし、熱も出てきた。 (直前の要素以外の要素も取り立てる)
(20) 叱られた上に反省文まで書かされた。 (直前の要素以外の要素も取り立てる)
取り立て助詞が文中に現れるとき、基本的にはその直前の要素を取り立てます。例えば(18)では、取り立て助詞「も」が直前の要素「私」を取り立てることで、私と同種の人物を背景とし、それらに「私」を<累加>する機能を担っています。しかし文脈によっては直前の要素だけでなくより広い範囲を取り立てることがあります。例えば(19)では、「熱」を取り立てているのではなく、「熱が出ている」という事態全体を取り立てています。累加の「も」によって直前の要素「熱」だけが取り立てられていると考える場合、「熱」以外に出るものが存在しなければいけませんが、そのようなものは通常想定されません。「頭が重い」「熱が出る」「鼻水が止まらない」「関節が痛い」などの各種風邪の症状を背景として、それらに「熱が出る」という事態を<累加>しているわけです。したがって(19)(20)は次の文と同じ意味になります。
(19’) 風邪で頭が重いし、熱が出てきもした。
(20’) 叱られたうえに反省文を書かされまでした。
このように言い換えられるのは、取り立て助詞「も」「まで」が直前の要素「熱が出てくる」「反省文を書かされる」を取り立てているからです。
参考文献
寺村秀夫(1981)「ムードの形式と意味(3)-取立て助詞について-」『文藝言語研究 言語篇』6 筑波大学文芸・言語学系
日本語記述文法研究会(2009)『現代日本語文法5 とりたて・主題』くろしお出版
沼田善子(2009)『現代日本語とりたて詞の研究 ひつじ研究叢書〈言語編〉第68巻』ひつじ書房
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