テンス(tense)
文によって描かれる事態が発話時(基準時)における事態であるか、発話時より前か、発話時より後かということを、動詞の形態変化(あるいは述語の形態変化)に規則的に反映されることをテンス(tense:時制)と言います。テンスは普通、文が表す事態を発話時と関連付けて時を定める直示の一種です。
全ての言語がテンスを持っているとは限りません。日本語、英語などはテンスを持つ言語ですが、中国語やビルマ語などはテンスを持たない言語です。ここではいくつかの言語のテンスについて簡単にまとめます。日本語のテンスについては「日本語のテンスについて」にまとめます。
日本語のテンス
日本語のテンスの一般則を単文に絞って考えると、文が表す事態が発話時を基準として<過去>に生起したことを表すときには述語に /-ta/ が現れ、発話時<現在>において生起したことを表すときと、発話時を基準として<未来>に生起したことを表すときには述語に /-ru/ が現れます。
(1) 昨日、コンサートがあった。 <過去>
(2) 机の上にりんごがある。 <現在>
(3) 明日、コンサートがある。 <未来>
日本語は時を形態的に /-ta/ と /-ru/ の2つに区別します。前者は<過去>を表す形式として過去形やタ形と呼ばれ、後者は<現在>と<未来>を表す形式として非過去形やル形と呼ばれます。日本語では<現在>と<未来>を形態上区別しないので、/-ru/ を現在形や未来形と呼ぶことは普通ありません。
英語のテンス
英語のテンスは、<現在><未来>を表す場合に無標の形式(次の例文では work)が用いられ、<過去>を表す場合は有標の形式(work-ed)が用いられます。この形態的特徴から、英語はテンスを非過去(non-past)と過去(past)の二つに分けていることが分かります。時を過去と非過去に区別する点は日本語と同じ。
(4) I worked. <過去>
(5) I work. <現在>
(6) I will work. <未来>
<未来>を表す場合に用いる will はテンス形式と考えることができそうですが、will はその他の用法から見てもモダリティ的な意味を持っているために<未来>を表す形態素としては捉えず、<現在>と<未来>は同一の形態で表されるとして非過去と扱います(安藤 2005: 68-69)。
中国語のテンス
次の例文は(7)が<過去>、(8)が<現在>、(9)が<未来>を表していますが、いずれも動詞は「有」で同一の形態が用いられています。中国語は時を動詞の形態変化によって表し分けないので、テンスを持たない言語です。
(7) 昨天有音乐会。 (昨日、コンサートがあった) <過去>
(8) 现在有音乐会。 (現在、コンサートがある) <現在>
(9) 明天有音乐会。 (明日、コンサートがある) <未来>
ただし、テンスを持たないとはいっても<過去><現在><未来>の時を動詞の形態変化によって表さないだけであって、それらは時を表す副詞による語彙的な手段によって表されます。(7)では「昨天(昨日)」を用いて「有音乐会」という事態が発話時よりも<過去>に生起したことを表し、(8)では「现在(現在)」を用いてそれが<現在>に生起したことを表しています。
参考文献
安藤貞雄(2005)『現代英文法講義』68-111頁.開拓社
寺村秀夫(1984)『日本語のシンタクスと意味Ⅱ』75-113頁.くろしお出版
日本語記述文法研究会(2007)「テンス」『現代日本語文法3 アスペクト・テンス・肯否』115-205頁.くろしお出版
三宅登之(2014)「テンスとアスペクト」『日本語ライブラリー 中国語と日本語』45-62頁.朝倉書店
リンゼイ J. ウェイリー(著)・大堀壽夫(訳)・古賀裕章(訳)・山泉実(訳) (2017)『言語類型論入門-言語の普遍性と多様性』206-211頁.岩波書店
コメント