令和6年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題1解説

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令和6年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題1解説

問1 ミニマルペア

 ミニマルペアとは、ある一つの音声で対立的分布を成す2語のことです。たとえば「得」と「毒」([tokɯ] と [dokɯ])は [t] と [d] が違うだけでそれ以外の音声は同じです。このように一つの音声だけで対立している2つの語がミニマルペアです。各選択肢をみて、たった一つの音声だけ異なるペアを見つけましょう。

 1 [ɑkɑ] と [ɑsɑ] は [k] と [s] で対立してるのでミニマルペア
 2 [hɑɕi] と [hɑtɑ] は [ɕi] と [ta] の2つの音声で対立してるからミニマルペアじゃない
 3 [tɑmɑgo] と [tɑŋgo] はもう全然違うからミニマルペアじゃない
 4 [kɑgɑmi] と [kɑgɑkɯ] は [mi] と [kɯ] の2つの音声で対立してるからミニマルペアじゃない

 答えは1です。

問2 自由異音

 自由異音を説明するのはめっちゃむずいんですが… 簡単にいうと、同じ音素に属するんですが、それぞれが現れる条件がなくて自由に入れ替えられる異音のこと。次の例を見てください。

 (1) 鼻毛 [hɑnɑge]
 (2) 鼻毛 [hɑnɑŋe] ※鼻音化したガ行音

 (1)は普通のガ行子音の軟口蓋破裂音 [g] を使って「はなげ」と言ってますが、(2)は軟口蓋鼻音 [ŋ] を使って「はなげ」と言ってます。この [g] と [ŋ] だけが違うのでミニマルペアと呼べますけど、[g] と [ŋ] が交替しても意味は変わらず「鼻毛」を表せます。つまり [g] と [ŋ] は同じ音素 /g/ に含まれる異音であり、[g] と [ŋ] はどっちを使ってもいいのでこの2つは 音素 /g/ の自由異音という扱いになります。

 ちょっと難しいと思うので、各選択肢をちゃんと解説して見ていきますね。

選択肢1


 日本語の「ざじずぜぞ」に現れるザ行子音は実は4つあります。「ざずぜぞ」のときは 有声歯茎破擦音[dz] と 有声歯茎摩擦音[z] の2種類。「じ」のときは 有声歯茎硬口蓋破擦音[dʑ] と 有声歯茎硬口蓋摩擦音[ʑ] の2種類です。つまり上図のようにザ行子音の音素 /z/ にはこれら4つの異音が含まれるわけです。
 しかし、「ざずぜぞ」を言うときの子音は [dz] と [z] のどっちでも自由に現れるわけではなくて、実は語頭のときは [dz] が、語頭以外のときは [z] が現れるという特徴があります。このほかにも撥音、促音の後なら [dz] が、撥音、促音の後以外なら [z] が現れるというように条件が決まっています。「じ」を言うときの子音も [dʑ] と [ʑ] がどっちも自由に現れるわけではなく、やっぱり語頭のときと撥音、促音の後なら [dʑ] が、語頭以外と撥音、促音以外の後なら [ʑ] が現れます。このようにそれぞれ現れる条件が決まっている異音条件異音と言います。この選択肢は自由異音の例じゃないので間違い。

選択肢2


 有声歯茎弾き音[ɾ] は東京方言のラ行子音で、有声歯茎側面接近音[l] は英語の light [lάɪt] の語頭子音などの音で東京方言にはない音です。しかし、例えば日本語の「カラス」を [ɾ] を使って [kɑɾɑsɯ] といっても [l] をつかって [kɑlɑsɯ] と言っても、私たち日本語母語話者の耳にはどちらも「カラス」と聞こえるはずです。それはつまり、[ɾ] も [l] も同じラ行子音の音素 /r/ に含まれるということであり、しかもどっちを使ってもいいのでこれらは自由異音となります。この選択肢が答え。

選択肢3

 撥音「ん」を発音するとき、実は音声環境によって「ん」の発音が異なっています。

 (3) さんま [sɑmmɑ]
 (4) おんな [onnɑ]

 例えば、「さんま」と発音してみて「ん」のときにどんな口の形をしているか確認してください。「ん」のときは唇を閉じているはずです。しかし「おんな」と発音するときの「ん」は唇を閉じていないですよね。同じ「ん」と表記するのに、実はこの2つの「ん」はそれぞれ発音が違うわけです。で、どのように違うかと言うと、実は「ん」は後ろの音の影響を受けて発音が変わります。後ろの音が 両唇音[m] のとき、「ん」も両唇鼻音[m] になります。後ろの音が歯茎音[n] のとき、「ん」も歯茎鼻音[n] になります。「ん」は後ろの音を真似するんですね。これについて詳しくは「撥音の異音」をご覧ください。

 ということは、撥音「ん」の音素/N/ には少なくとも [m] と [n] が含まれていて、[m]が現れるときは後ろの音が[m]のとき、[n]が現れるときは後ろの音が[n]のとき、とそれぞれの異音が現れる条件がしっかり決まってます。このような異音の現れ方は条件異音なので、この選択肢は間違いです。

選択肢4

 促音「っ」も実は音声環境によって発音が変わります。

 (5) 一体 いったい [ittɑi]
 (6) 一杯 いっぱい [ippɑi]

 これも実際に発音してみてください。「一体」と発音するときの「っ」は舌が歯茎のあたりくっついてるはず。でも「一杯」と発音するときの「っ」は唇がくっついてるはずです。同じ「っ」なのに口の形が違うので、実は違う発音をする「っ」です。では「っ」はどのように発音が決まっているかというと、これも撥音の異音と同じく後ろの音に影響を受けます。後ろの音が歯茎音[t] のとき、「っ」も歯茎で閉鎖します。後ろの音が両唇音[p] のときは「っ」も両唇で閉鎖します。これもここでは説明しきれないので、詳しくは「促音の異音」をご覧ください。

 というわけで、促音「っ」の音素/Q/ には少なくとも [t] と [p] の異音が含まれていて、これらの異音は、促音の後ろの音が[t] のときに促音も [t] になり、後ろの音が [p] のときに促音も [p] になるという、条件に応じた異音の現れ方をします。これは条件異音です。

 答えは2です。

問3 学習者の母語別の誤用

選択肢1

 英語母語話者への指導経験があまりに少ないので「月」を「スキ」と発音する傾向があるかどうか分からないです…
 ご協力ください。

選択肢2

 韓国語母語話者への指導経験もほとんどないので分かんないです…
 ご協力ください。

選択肢3

 中国語母語話者が「元旦」を「カンダン」と発音するのは聞いたことがないし、ありえないです。「ガンダン」というならありえそうだけど。中国語にも [g] はあるし [t] もあるので、「元旦」を発音できない理屈はないです。この選択肢が不適当。

選択肢4

 ベトナム語母語話者は「ざじずぜぞ」は発音できない傾向は経験則としてあって、「ぞうか」を「じょうか」と硬口蓋化して言ったりします。これは適当です。

 答えは3です。

問4 訓令式とヘボン式

 訓令式ローマ字とヘボン式ローマ字の最も分かりやすい違いは「し/ち/つ/ふ/じ/しゃ行/ちゃ行/じゃ行」に現れます。例えば「し」は訓令式で si と表記しますが、ヘボン式では shi と表記します。

 訓令式  si/ti/tu/hu/zi/sya/tya/zya
 ヘボン式 shi/chi/tsu/fu/ji/sha/cha/ja

選択肢1

 訓令式で「だぢづでど」は「da zi zu de do」と表記します。「ぢづ」だけ「d」ではなく「z」を使います。だからこの選択肢は間違いです。ちなみに音声学的には「だでど」は [d] であり、「ぢ」は [dʑ] か [ʑ]、「づ」は [dz] か [z] です。「音声学的に同じ子音」というのも間違いで、ダ行子音は5つあります。

選択肢2

 訓令式で「ふ」は「hu」です。「f」ではないのでこの選択肢は間違い。
 音声学的には「はへほ」が [h] 、「ひ」は [ç]、「ふ」は [ɸ] です。「ふ」は「はひへほ」と異なるという記述も間違いで、正しくは「ひ」も「ふ」も「はへほ」と異なる、です。

選択肢3

 ヘボン式では「たちつてと」を「ta chi tsu te to」と表記します。「t」で表記されているのは「たてと」で、「つ」は「ts」で表現されてます。「タツテトの子音が「t」で表記される」という記述は間違い。
 音声学的には「たてと」の子音は [t]、「ち」の子音は [tɕ]、「つ」の子音は [ts] です。「タツテトは音声学的に同じ子音である」という記述も間違い。正しくは「タテトは音声学的に同じ子音」です。

選択肢4

 ヘボン式では「し」を「shi」と表記します。
 また音声学的には「さしすせそ」は [sɑ, ɕi, sɯ, se, so] です。「さすせそ」のときは子音[s] が現れ、「し」のときだけ子音[ɕ] が現れます。「シは音声学的にサスセソと異なる子音である」という記述も正しいです。この選択肢が答え。

 答えは4です。

問5 ローマ字は発音を正確に表せるとは限らない

選択肢1

 「切手」は実は国際音声記号でも [kitte] と表記します。これはローマ字表記「kitte」と一致してます。
 音声記号の場合は [t] で促音を表し、ローマ字表記の場合も [t] で促音を表せてます。
 この選択肢は間違いです。

選択肢2

 「再現」のローマ字表記は「saigen」で、音声記号では [sɑigeɴ] です。
 表記こそ違いますが、ローマ字表記では撥音を「n」で表し、音声記号では [ɴ] で表せてます。
 この選択肢は間違いです。

選択肢3

 「数字」のローマ字表記「suji」はそのまま読むと「すじ」になっちゃいそうです。長音は示せてません。
 一方音声記号では [sɯːʑi] で、[ː] で長音を表せます。
 この選択肢は正しいです。

選択肢4

 「魅力」のローマ字表記「miryoku」は、「y」で拗音、つまり硬口蓋化することを表せます。
 音声記号では [miɾʲokɯ] と表記し、拗音(硬口蓋化した音)は [ʲ] で表します。
 この選択肢は間違いです。

 答えは3です。




コメント

コメント一覧 (1件)

  • 令和6年度試験Ⅲ問題1問3について
    1の解答は、確か、過去問に同じ問題がありましたよね。
    英語話者は語頭に破擦音がくるものがないからではないのでしょうか。

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