令和6年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題8解説
問1 カルチャー・ショック
カルチャー・ショックとは、馴染みのない文化圏に生活を移した時に、それまでの文化にない衣食住、言語、習慣などが異なることに起因して生じる身体的・精神的ストレスのことです。池田ら(2000: 150)は、カルチャー・ショックの症状として次のものを挙げています。いろんな症状があるんですね。
①衛生面や健康面を過度に気にかける。
②無力である、見捨てられたと感じる。
③いらいらする。
④騙されているのではないか、略奪されるのではないか、傷つけられるのではないかとおびえる。
⑤ぼんやりと遠くを眺めるような目つきをする。
⑥常にそして強く自国および旧友を懐かしがる
⑦頭痛や胃の痛み、吐き気といったストレスによる生理的諸症状が頻繁に起こる。
⑧憂鬱、離人感、不眠に悩まされる。
⑨慢性的不安、欲求不満、パラノイア状態になる。
⑩どうしたらいいのか方向性を失う。
⑩過度に自己防衛的な態度を取る。
1 自国内でも地元を離れた異文化圏に行くとカルチャー・ショックが起きることもあります。これは間違い。
2 これが答えです。
3 上述の通り、身体面の症状もカルチャー・ショックに含まれます。この選択肢は間違い。
4 短期旅行だとハネムーン期だけでカルチャー・ショック期を経ないことが多いですが、かといって全くカルチャー・ショックを受けないわけでもありません。現地の食べ物が合わなかったりするとそれだけでカルチャー・ショック。この選択肢は言い過ぎ。
答えは2です。
《参考文献》
池田理知子・エリック・M.クレーマー(2000)『異文化コミュニケーション・入門』150頁.有斐閣
問2 リエントリー・ショック
リエントリー・ショックは、それまで生活していた異文化から母文化に戻ったときに起こる身体的・精神的ストレスのことです。異文化の経験が馴染み過ぎて、かえって母文化に対してカルチャー・ショックを受ける場合にリエントリー・ショックと言います。
選択肢1
私も中国から帰る時、それまでお世話になった先生方とか学生とかと別れなければいけなくて、いつも言ってたお店にももう行けなくなるのかーとか思ったりして名残惜しさがありました。一方で日本に帰れるという安堵感も混在してて、よくわからない感情です。でもこの症状は帰国前に起きるもの。リエントリー・ショックは帰国後に起こる症状を指します。この選択肢は間違い。
選択肢2
閉鎖的な社会、開放的な社会というのがいまいちつかめてないんですけど、例えば母語が自由に使えて誰にでも通じるような母文化(開放的な社会)に帰れば安心すると思います。困難を感じやすいのは開放的な社会から閉鎖的な社会に移動したとき。この選択肢は間違い。
選択肢3
異文化圏に訪れると、自分だけが異質な存在でそれ以外はその文化圏の人です。孤立しやすいのでこっちのほうがストレスを感じやすい。訪問者を受け入れるだけなら自文化を保ったまま相手を受け入れられるのでストレスは異文化圏に訪れるよりも低いです。この選択肢は逆。
選択肢4
石井ら(1997: 288)にはリエントリー・ショックについて「カルチャーショックよりもインパクトが大きい場合さえある」とあります。つまりカルチャー・ショックとリエントリー・ショックのどちらが大きいかは個人によるということです。この選択肢は正しいです。
答えは4です。
《参考文献》
石井敏・久米昭元・遠山淳・平井一弘・松本茂・御堂岡潔(1997)『異文化コミュニケーション・ハンドブック』288頁.有斐閣
問3 文化受容の態度
問題文にあるベリーの四つのタイプとは、文化変容ストラテジー(Berry 1997)のことです。
ある人が異文化に行ったとき、自分の文化を保つか保たないか、相手文化を受け入れるか受け入れないかという問題が生じます。その問題に対するときの個人がとりうるストラテジーをベリー(Berry 1997)は4つに分類しています。自文化を保って相手文化も受け入れる場合のストラテジーが統合、自文化を保たず相手文化を受け入れるストラテジーが同化、自文化を保って相手文化を受け入れないストラテジーが分離(離脱)、自文化を保たず相手文化も受け入れないストラテジーが周辺化(境界化)です。
このうち来日した留学生に見られる「同化」の態度の例とは…
1 自文化(母語)を捨てて相手文化(日本語)を受け入れているので同化
2 どちらの文化(母語も日本語)も保持しているので統合
3 自文化(母語)をより保持しようとしているので分離(離脱)
4 どちらの文化も維持できていないので周辺化(境界化)
答えは1です。
問4 文化的アイデンティティ
文化的アイデンティティとは、人種、階級、ジェンダー、言語、生活習慣、常識範疇などのカテゴリーの中で自覚される、他者との関係性における自己認識のことです(張 2000)。
選択肢1
文化的アイデンティティは他者との関係性において確立されるものなので、この選択肢は間違い。
選択肢2
「アイデンティティが強くなる」というのが謎。異文化を取り込むことで、新しい文化的アイデンティティをもつ自己が確立されるわけなので、既存のアイデンティティが強くなるということはないのでは。この選択肢は間違い。
選択肢3
同じ文化集団に属していても、それぞれの人は同じ文化的アイデンティティを持つとは限りません。固定化されたものでもないし、普遍的にあるものでもありません。この選択肢は間違い。
選択肢4
これが答えです。文化的アイデンティティが他者と異なることで、その違いに戸惑いを感じたりして葛藤が生じます。
答えは4です。
《参考文献》
張競(2000)「文化越境のオフサイド トランスカルチュラルな批判はいかにして可能か」『異文化理解の倫理にむけて』115-132頁.名古屋大学出版会
問5 異文化におけるストレスへの対処法
選択肢1
異文化適応の際に受けるストレスの程度は年齢によって一定ということはありません。(たしか年齢が高いほど適応が難しくなるのでカルチャー・ショックを受けやすいとどこかで見たことがありますが、ちょっとその部分を探せてません) なので同じような支援ではダメ。この選択肢は間違い。
選択肢2
強いストレスを感じているときは、それをより理解できる可能性がある同国出身者によるサポートのほうが適当です。現地のホストは言語も違ったり考え方も違ったりするので、核心的なサポートはできないかもしれません。この選択肢は逆。
選択肢3
正しい記述です。異文化に移動する前にカルチャー・ショックとかUカーブ仮説とか異文化適応に関連することを学んでおくと、自分の身にどんなことが起きるかが予測でき、またカルチャー・ショックが起きたときも自分の身に起きていることを客観的に見ることができたりしてプラスに働きます。この選択肢が答え。
選択肢4
非言語コミュニケーションも相手に意図を伝える手段の一つではありますが、言語コミュニケーション能力のほうがより重要です。ことばの問題は異文化でとても大きいので、非言語よりも言語能力を高めたほうがいい。この選択肢は間違い。
答えは3です。
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