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ポライトネス理論とは?(Brown & Levinson 1987)

目次

ポライトネス理論(politeness theory)

 ブラウン&レビンソン(Brown & Levinson 1987:以下、B&L)のポライトネス理論(politeness theory)は、社会言語学や語用論におけるポライトネス(politeness)の研究で最も参照されているモデルです。このモデルでは、話し手と聞き手がお互いのフェイスを脅かす可能性に直面したときに、その脅威の程度に応じて5つの異なるストラテジーの中から一つを合理的に選択することがポライトネス(politeness)であるとし、人々がポライトな発話を組み立てる方法を説明をしています。B&Lはこのモデルが世界の諸言語・諸文化に観察されるポライトな言語使用の共通点を説明できると主張しました。

概要

 ポライトネス理論では、人は他者に邪魔されたくないという欲求である「ネガティブ・フェイス」と他者に受け入れられたいという欲求である「ポジティブ・フェイス」の2つのフェイス(欲求)を持っていると仮定します。このフェイスを脅かす可能性のある行為を「フェイスを脅かす行為FTA)」と言い、フェイスに対する脅威の度合いに応じて5つのストラテジーの中から合理的に一つ選択して発話行為を行うと考えます。脅威の度合いが小さいと判断されれば「補償行為をせず、あからさまに」を、脅威を緩和する必要があると感じれば「ポジティブ・ポライトネス」か「ネガティブ・ポライトネス」を、FTAを行っていないように振る舞いたければ自分に逃げ道を残すような発話をする「オフ・レコードで」を、そもそもFTAを行いたくなければ「FTAをするな」を選択します。これらのストラテジーからどれが選択されるかはFTAの重さと関係し、FTAの重さは話し手と聞き手の社会的距離(D)、話し手と聞き手の相対的な力関係(P)、特定の文化においてそのFTAが聞き手に及ぼす負荷度(R)の総和によって決まるとされます。

フェイス(face)

 フェイス(face)とは、全ての人が自分自身のために主張したい公の自己イメージ(‘face’, the public self-image that every member wants to claim for himself)のことです(Brown & Levinson 1987: 61)。人は恥をかかされたり、自尊心を傷つけられたりしてフェイスが脅かされると、自分を守るために他者のフェイスを脅かす行為をとることがあるので、一般には相手のフェイスに配慮して発話をすることが会話参与者の利益となります。ポライトネス理論では、人がフェイスに配慮することが社会的に必要であり、どのような言語・文化でも普遍的なものと考えます。

 フェイスはネガティブ・フェイスとポジティブ・フェイスの2つに分けられます(Brown & Levinson 1987: 62)。

 ネガティブ・フェイス(negative face)
 あらゆる”能力のある成人構成員”が、自分の行動が他人によって妨げられないことを望むこと。
 (the want of every ‘competent adult member’ that his actions be unimpeded by others.)
 
 ポジティブ・フェイス(positive face)
 あらゆる構成員が、自分の欲求が少なくとも他の誰かにとって望ましいものであることを望むこと。
 (the want of every member that his wants be desirable to at least some others.)

 フェイスのうちの一つに、自分の行為が他人によって邪魔されないことを望む欲求、すなわち自分の領域を侵されたくない、邪魔されたくない、距離を取りたいという欲求があり、これはネガティブ・フェイス(negative face)と呼ばれています。もう一つは他人に認められたい、理解されたい、好かれたい、褒められたいなどの欲求で、これはポジティブ・フェイス(positive face)と言います。

フェイスを脅かす行為(FTA: face-threatening act)

 距離を取りたい、近づきたくないというネガティブ・フェイスを持っている聞き手に対して命令をしたりお願いをしたりすると、聞き手のネガティブ・フェイスは話し手によって侵害されることになります。また、他人に認められたい、近づきたいというポジティブ・フェイスを持っている聞き手に対して批判したり反対したりすると、そのポジティブ・フェイスは話し手によって侵害されることになります。ここで挙げた例のように、人は相手のフェイスに反する発話行為をすることがあるわけですが、B&Lはそうしたフェイスを侵害する発話行為フェイスを脅かす行為FTA: face- threatening act)と呼びました。

話し手が聞き手のネガティブ・フェイスを脅かす行為

 話し手が聞き手の自由を妨害することを避けようとしない意図を示すような発話行為を行うと、聞き手のネガティブ・フェイスを脅かす行為となります。例えば「~してください」「~してくれませんか」などの命令・依頼、「~したらどうですか」「~したほうがいい」などのアドバイス、「~しないとダメ」のような脅し等は聞き手にその行為をするように圧力をかけることになるので、聞き手の自由を侵害することになります。

話し手が聞き手のポジティブ・フェイスを脅かす行為

 話し手が聞き手の求めているものを気にしていないことを示すような発話行為を行うと、聞き手のポジティブ・フェイスを侵害することになります。具体的には反対・侮辱・否認などの発話を行うことが挙げられます。

話し手のネガティブ・フェイスを脅かす行為

 聞き手が謝罪の意図を表明するとき、話し手はそれを受け入れなければならない圧力にさらされ、自分のネガティブ・フェイスが侵害されたと感じるかもしれません。また、話し手が聞き手の謝罪要求を受け入れた場合、話し手は聞き手の過失をなかったことにしなければならない立場に置かれてネガティブ・フェイスを侵害されたと感じる可能性があります。

話し手のポジティブ・フェイスを脅かす行為

 話し手がすでに聞き手に対して行ったFTAを悔いて謝罪を示すとき、聞き手に対して悪い知らせをもたらすことになるので、その謝罪行為が話し手のポジティブ・フェイスを損ねることがあります。

FTAを行うためのストラテジー

 一般にお互いにフェイスを保つことはお互いの利益に資するので、フェイスが傷つく状況においては当該FTAを避けたり、FTAをするにしてもその侵害の度合いを緩和して行ったり、あるいはFTAをしていないように見せかけるような行為をするなどの異なるストラテジーを用いることがあります。B&Lはそのストラテジーを次の図に示すように5つに分類しました。ポライトネス理論では、行為者がフェイスに対する脅威の度合いに応じて5つのストラテジーの中から合理的に一つ選択していると考えます。

 行為者はFTAに直面したとき、そのFTAを行うかどうかの選択を行います。FTAを行わない場合は「5.FTAをするな」のストラテジーを用いることになり、FTAを行う場合は、どんな意図でその行為を行っているかが相手から見て明らかになるように行う(オン・レコードで)か、明らかにならないように行う(オフ・レコードで)かの選択をします。前者を選択すると、相手のフェイスに配慮するかしないか(補償行為を行うかどうか)に迫られますが、相手のフェイスに配慮しなければ「1.補償行為をせず、あからさまに」のストラテジーに、相手のフェイスに配慮するなら配慮するフェイスの種類に応じて「2.ポジティブ・ポライトネス」と「3.ネガティブ・ポライトネス」のいずれかのストラテジーを用いることになります。

1.補償行為をせず、あからさまに(without redressive action, baldly)

 ボールド・オン・レコード(Bald on record)とも呼ばれるこのストラテジーは、オン・レコードで相手のフェイスに配慮せず、直接的にはっきりと行う行為を指します。意図を伝達する効率が最も求められ、かつ話し手も聞き手もそれを求めているようなときには、フェイスに配慮し、フェイスを脅かす度合いを緩和する必要がなくなります。

 (1) 助けて!
 (2) 火事だ、逃げろ!
 (3) 金を出せ。

 通常、緊急時でない場面で命令をすると、聞き手はその行為をしなければならないという圧力を受けてネガティブ・フェイスが侵害されたと感じますが、緊急時においてはフェイスへの配慮よりも意図の伝達を優先して(1)(2)のような発話をすることがあります。話し手と聞き手が緊急性のため、フェイスへの配慮を要求することよりも直接的な言い方をしてもいいと思っている場合にこのストラテジーが選択されます。

 Brown & Levinson(1987: 69)はボールド・オン・レコード・ストラテジーが用いられる状況として次の3つを挙げています。

(a) 話し手と聞き手が、緊急性や効率性のためにフェイスへの配慮を一時的にやめることに暗黙のうちに同意している場合。
S and H both tacitly agree that the relevance of face demands may be suspended in the interests of urgency or efficiency.
(b) 聞き手のフェイスを脅かす危険が非常に小さい場合(例:「入れ」や「座れ」など、聞き手にとって明らかに利益があり、話し手にとって大きな負担を伴わない申し出、要求、提案の場合)
where the danger to H’s face is very small, as in offers, requests, suggestions that are clearly in H’s interest and do not require great sacrifices of S (e.g., ‘Come in’ or ‘Do sit down’)
(c) 話し手が聞き手に対して非常に優位な権力を持っている場合、または観衆の支持により、聞き手のフェイスを損なっても自分のフェイスを失わない場合
where S is vastly superior in power to H, or can enlist audience support to destroy H’s face without losing his own.

2.ポジティブ・ポライトネス(positive politeness)

 ポジティブ・ポライトネス・ストラテジーはオン・レコードで、主として聞き手のポジティブ・フェイスに配慮した行為を指します。聞き手が望んでいることに話し手が寄り添い、話し手もそれを望んでいることを示すことで聞き手の欲求の一部を満たし、聞き手のポジティブ・フェイスを脅かす度合いを緩和しようとするストラテジーです。

 (4) きれいなアクセサリーですね。似合ってます!
 (5) 一緒に遊ぼうよ。
 (6) 私もそう思います。

 聞き手が興味を持っていることや欲求、ニーズ、持ち物や身につけているものなどに注意を向けたり(1)、聞き手を仲間内に迎え入れたり(2)、聞き手に同意する(3)のような行為はポジティブ・ポライトネスに該当します。これらに共通しているのは聞き手に接近する点で、話し手が聞き手に近づきたい、関わりたいという親密な関係を主張するものです。この種のストラテジーを行うことで本来攻撃的で棘のある行為のフェイスを脅かす可能性を低めることができ、褒め言葉にもすることができます。

3.ネガティブ・ポライトネス(negative politeness)

 ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーはオン・レコードで、主として聞き手のネガティブ・フェイスに配慮した行為を指します。聞き手の邪魔されたくないという欲求を補償してその一部分を満たすことで、聞き手のネガティブ・フェイスを脅かす度合いを緩和しようとするストラテジーです。

 (7) 忙しかったら後回しでもいいよ。
 (8) ちょっと手伝ってもらえませんか?
 (9) 申し訳ありません。

 依頼をすると依頼内容を遂行しなければならないという圧力を与えることになるので、聞き手のネガティブ・フェイスを脅かす可能性があります。そのときに(7)のような発話をすると、聞き手に条件によっては依頼内容を遂行しなくてもいいという言い訳を与えることができ、結果としてネガティブ・フェイスに対して配慮できます。このように聞き手に言い訳を用意したり(7)、質問やヘッジを用いて間接的に述べたり(8)、謝罪をするなどの行為はネガティブ・ポライトネスに当たります。この種のストラテジーは相手のフェイスに配慮し、相手に敬意を示すことでその後生じるであろう不利益を避けたり、低減したりすることができます。また、ポジティブ・ポライトネスとは逆に聞き手に対して距離を取ろうとする意図を持つので、相手と親密になることによる脅威を避けることもできます。

4.オフ・レコードで(off record)

 どんな意図でその行為を行っているかが相手から見て明らかにならないようにFTAを行うストラテジーを「オフ・レコード」と言います。例えば(10)は伝えたい意図である「エアコンをつけてほしい」と関連する事柄「この部屋暑いね」を間接的に述べ、聞き手にヒントを与えています。聞き手は話し手の伝えたい意図を正確に捉えることが難しくなり、どう解釈するかが聞き手に委ねられます。したがって話し手は特定の意図を伝えていない立場を取ることができ、自らを守ることができる逃げ道を用意できます。

 (10) この部屋暑いね。 (エアコンつけてほしい)
 (11) あの人の仕事のやり方、どう思う?
 (12) 彼は風に乗った風船だ。

 この種のストラテジーは(10)のようにヒントを与えたり、控えめに言ったり(11)、メタファーを用いたりする(12)ことで実現されます。本来の意図が隠されていくつかの解釈ができることから、その行為がフェイスを侵害するような解釈をされたとしてもその責任を逃れることができます。

5.FTAをするな(Don’t do the FTA)

 FTAに直面したときに、そのFTAを避ける選択をとるときのこの種のストラテジーになります。そのFTAによって聞き手のフェイスを侵害することそのものを避けるため、特段の目立ったコミュニケーションが行われるわけではありません。

FTAの重さ(The weightiness of an FTA)

 B&Lによると、上記の5つのストラテジーからどれが選択されるかはFTAの重さ(フェイスを侵害する度合い)が関係し、FTAの重さの算定には次の3つの変数がかかわるとされています。

(ⅰ) 話し手と聞き手の「社会的距離」(D)(対称的な関係)
the ‘social distance’ (D) of S and H (a symmetric relation)
(ⅱ) 話し手と聞き手の相対的な「権力」(P)(非対称的な関係)
the relative ‘power’ (P) of S and H (an asymmetric relation)
(ⅲ) 特定の文化における絶対的な「負荷度」(R)
the absolute ranking (R) of impositions in the particular culture.

 そしてこれら3つの変数の総和がFTAの重さとされ、したがってFTAの重さを算定する式は次のようになります。

 Wx = D(S,H) + P(H,S) + Rx

 Wx はFTAの重さを表し、D(S,H) は話し手(S)と聞き手(H)の社会的距離(D)を表す値、P(H,S) は話し手が聞き手に与える力(P)の値、Rx は行為が行われるX文化において、その行為がどのくらい負荷を与えるかを表す値です。
 例えば、話し手と聞き手が初対面で年齢が離れていれば社会的距離が離れているとみることができるので、D(S,H) の値は大きくなると考えられます。また、話し手が聞き手の処遇の一切を決定することができる権力を有していれば P(H,S) の値は大きくなります。また、行為者がその行為を行う権利や義務、理由を有しているかどうかなどは諸文化によって異なるので、そうした文化によって異なる変数は Rx にまとめられています。

参考文献

 Brown, P., & Levinson, S. C. (1987). Politeness: Some universals in language usage. Cambridge: Cambridge University Press.
 田中典子(監訳)・斉藤早智子(訳)・津留﨑毅(訳)・鶴田庸子(訳)・日野壽憲(訳)(2011)『ポライトネス 言語使用における、ある普遍現象』研究社




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